第二章 皇居占領

第二章 ① ようそこ皇居一般参観へ

「はーい、皆様。皇居一般参観へ、ようこそ!」

 元気の良い声とともに、《宮内庁くないちょう》と書かれた小ぶりの旗が左右に振られる。


「これから、ツアー形式で皇居の一部をご案内いたします。自由行動は許されませんので、案内役の私にしっかりと付いてきてくださいね!」


 旗につられるようにして、人々がゆっくりと行進を始めた。

 ここは皇居こうきょ東御苑ひがしぎょえん


「皇居はとても広大です。おほりに囲まれたその面積は二百四十万平方メートルもあると言われ、東京ドーム五十個分、東京ディズニーランドなら、なんと五個分が中に収まっちゃいます!!」


 そんな宮内庁職員の声は、私語を楽しむツアー客の雑踏ざっとうき消され、彼らの最前列にしか届いていない。


 めげずに声を張り上げる職員の女性を心の中で応援しつつ、儀礼服に身を包んだレイは案内役の彼女に統率とうそつなく付いていくツアー団体の横を歩いていた。


 通常、皇居内の中央部は一般人の立入が禁止である。

 しかし、このように宮内庁主催の見学会に参加すれば、ツアー形式で立入禁止区域の一部に足を運ぶことが可能だ。


 ただし、民間人を数十名単位で皇居内に入れるのだから、当然に監視がつけられる。本日、レイは宮内庁の手伝いでその監視役をおおせつかっていた。


 監視といってもツアー客と共に皇居内を見て回るだけの仕事で、実態は案内役がさばき切れない質問に受け答えをするためのガイドボランティアだった。


 職員の説明は続く。


「皇居は、五つの区画から構成されています。一般開放されている『北の丸』と『こうきょがいえん』には日本武道館などがあり、皆さんも一度はおとずれた経験があるでしょう。

 曜日限定で一部が開放されている『ひがしぎょえん』は、江戸城が建っていた場所で有名な歴史スポットですね。私たちが今向かっているのは、中央に位置する『西の丸』。

 そして皇居最大の面積を誇り、天皇陛下の御所がある『吹上御苑ふきあげぎょえん』は、武蔵野の原生林が息づき、新種の生物もいまだに発見され続けている都会のオアシスです」


 皇居一般参観と呼ばれるこのツアーは、東御苑・桔梗門ききょうもんから城内じょうないに入り、宮内庁庁舎や皇居宮殿などを見て回る二時間ほどのコースだ。

 宮内庁によって定期的に開催されており、一般人が皇居内を見学できる貴重な機会として人気が高い。


「ようこそ、旧『西にしまる』区画へ! 目の前にそびえているのが、私の勤務先である宮内庁庁舎です。あ、記念撮影するときは車に気をつけてくださーい!」


 ツアーが東御苑から西の丸へと進んだ時、レイは横を歩いていた小学生らしき女の子に声をかけられた。


「お巡りさんも宮内庁の人なの?」


「いいえ、お嬢ちゃん」

 レイは笑顔で丁寧ていねいに答える。


「私は皇宮警察本部っていう国家警察の職員で、実は宮内庁関係者でも警察官でもないんだよ」


 世間一般にまったく認知されていないおのれの仕事について、すっかり板に付いてしまった定型文を暗唱する。

 次に飛んでくる質問は、レイの左腰に女の子の目線が注がれていることから容易に予想がついた。


「その日本刀、ホンモノ?」


「一応、本物だよ。正確には日本刀じゃなくて儀仗用ぎじょうようサーベルだけど」


「刀で皇居を守れるの?」

 悪戯イタズラをするときのような笑みをたずさえて、女の子は言った。


「それが絶対の使命だからね」


 反射的にそう答え、少し驚いた。

 今の台詞はレイが自分で考えた言葉ではなく、昔に聞いた言葉を口が自然とつむいだものだった。


 しば呆然ぼうぜんとした後、突然に笑みを浮かべる護衛官に不安を感じたのか、女の子はそれ以上の質問をやめて親のもとへ駆けていった。

 そうして一人になったレイに、小さな声がかかる。


「そう、それは頼もしいわね」


 体が、れた。

 ただただ目の前の光景が信じられなかった。これが夢であってほしいとさえ思う。


 何故なら、レイの前に現れた人物は──。


「鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてどうしたの、レイ? このわたしの側付き護衛官ともあろう者が、民衆の前で口をパクパクさせるものじゃないわよ」


 司子だった。


 身代わりのヨリではなく、正真正銘の皇孫ファースト殿下プリンセス








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