#07 例えばラブコメの絶対的ヒロインが翻って親友を勧めてきたらどうする?


 例えばクラスの絶対的ヒロインとその親友がキッチンで肩を並べていたとする。

 その二人の背中から漂うただならぬオーラに、モブ・オブ・一般人の男はなにを思うだろうか。

 グデ氏ちゃんという配信者の過去配信がひたすら流れているテレビを眺めて、なにか感じるだろうか。



 否、なにも思わないし、感じない。

 頭が真っ白なのだ。

 


 ただでさえ女の子の家にお呼ばれすること自体がはじめてなのに、白鷺聖里花さんとルナさんが料理を共同で作っているなんておこがましすぎて、消滅したい気分に駆られる。

 


「あぶなっ」

「ごめん。包丁って意外と難しいわね」

「セリカ訊いていい?」

「なにかしら?」

「きのこの下のこれって、食べられると思う?」

「さあ?」

「んー。まあいいっしょ。煮れば大丈夫ってことで」



 なにやら物騒な声が聞こえてきた。

 きのこの下の部分というのは、まさか石づきのことなんじゃ?

 それがなにか分からないということは、おそらく料理をあまりしないということ。



「あの、ルナさん、白鷺さん」

「お腹空いちゃった? ごめ〜〜〜ん。もう少し待っててね」

「天雲くんはお客さんなんだから、ソファで寝ていても良いのよ」

「そうじゃなくて、もしよければ俺にも作らせていただけませんか?」



 俺はともかく、二人がお腹でも壊したら大変だからな。


 

「えっ?」

「天雲くんが?」

「はい。お二人の料理もすごく楽しみなんですが、俺、こういうときにジッとしていられない性格なので」

「でも、今日はあたしがおもてなししようって」

「なら、ルナさんの料理手伝わせてください」

「ルナ。天雲くんと二人で作ったらいいじゃん。チャンスかもよ」



 チャンス?

 なんのチャンスなのだろう。



「じゃあ、わたしはソファでくつろがせてもらうから」

「はいっ!」



 ルナさんの隣に立ち、手を洗ってから包丁を持つ。



「この材料からすると豚汁を作るんですね」

「うん。よく分かったね」

「まず、根菜類から切っていきますね。ルナさんはお肉をこのハサミで切って、鍋に入れて下さい」

「入れちゃっていいの?」

「はい。油を引いて、このコマ肉は少し大きめなので一口大に切ったほうが食べやすいと思います」

「わかった」

「あの……ルナさんは実質一人暮らしですよね?」

「そうだよ?」

「いつもはなにを作っているんですか?」

「あー……訊いちゃう?」



 ルナさんがスマホを見せてくれた。

 そこには切っていないままの肉をソースで絡めて焼いたなにかの料理や、ウィンナーと卵を混ぜて焼いた料理などの写真がずらりと並んでいた。



「一応料理はするんだけどね。得意ってほどじゃなくてごめん」

「いえ。ルナさんは偉いです」

「え?」

「バイトもしていて疲れているのに、料理をちゃんと作って」

「あー、あたしね、料理上手くなりたいからさ」

「なるほど。俺も料理上手になりたいので、一緒に作って勉強しましょう!」

「一緒に?」

「はいっ!! 俺も上手ではないですけど、豚汁は作れるので大丈夫です」



 にんじんと大根をそれぞれイチョウ切りにして、次にゴボウを洗う。

 包丁の刃の反対側、いわゆる峰という部分で擦って皮を剥き、ささがきにして水に浸す。

 次に里芋だ。

 これの皮を剥くのは骨が折れるために一度水に浸してからレンチンする。



「ナギ君ってもしかして神?」

「なんでです?」

「手際良すぎじゃん」

「たまたま豚汁が作れるだけですよ」



 里芋が柔らかくなったところで皮を剥いていく。



「肉が切れたら中火にして焼いて下さい」

「焼いちゃっていいの?」

「はい。赤いところがなくなったら教えて下さいね」

「オッケーっ!!」



 その間にしめじの石づきを切っていく。



「この食材はもしかして今日買ってきたんですか?」

「うん。学校終わってソッコースーパーにダッシュしたんだよね」

「一人で?」

「もち、そうだよ」

「大変でしたね。料理は食材を買うところからですから。材料を探して選んでカゴに入れて、レジを通して重い荷物を運んで来たんですから」

「そんなことないよ。したくてやったことだからね」



 でも、女の子には重かったはずだ。

 この辺りのスーパーは駅前しかないし、駅前からここまで徒歩で一〇分程度は掛かる。



「あ、肉焼けてきたよ」

「はい。じゃあ、野菜入れちゃいますね」

「ここで入れるんだ?」

「ニンジンとゴボウはこのタイミングで良いです。あと、大根はもう少し後でも良いのですが、しめじの味を染み込ませたいので入れちゃいます」

「豚汁ガチ勢じゃん」

「木べらで混ぜちゃいますね」

「うん」



 俺の顔のすぐとなりには、ルナさんの顔がある。

 やけに近い。

 鍋を覗き込むから、どうしても距離感がおかしくなるのは仕方ないとして。

 何回目だろうか、至近距離でまじまじとルナさんの顔を見る。

 きめ細かくて、パーツの一つ一つが整っている。

 メイクをしなくても十分にキレイな人なんだろうなと思う。



「ナギくんどしたの?」

「あ、いえ。なんでもないです」


 

 野菜が程よく火が通ったところで水を入れる。

 出汁は市販の粉末状のものを使う。



「あとは一度沸騰するまでこのままで良いと思います」

「ところでさ、ナギ君はどうして料理覚えたの?」

「そうですね。一人暮らしなので」

「……え?」

「あー、そういえば言ってませんでしたね。両親は俺が小学生のときに事故死してて、俺、祖父母に育てられたんです。それで、祖父は一昨年亡くなって、今は祖母だけなんですけど、家が郊外なので一人暮らしさせてもらっています」

「マジ……?」

「はい。郊外って言っても中央線ですぐなので遠くはないんですけどね」

「ごめん」

「なにがです?」

「訊かれたくないこと訊いちゃったかなって」

「そんなことないですよ。ルナさんも教えてくれたのでこれで、おあいこですよね」

「……うん」



 鍋がグツグツしてきたので、蓋を開ける。


 

「そろそろ里芋入れちゃいましょう」

「豆腐はどうしたらいいの?」

「豆腐は、味噌を入れてからで大丈夫です」

「ナギ君ってなんでもできるじゃん。あたしさ、なにやっても不器用だから超尊敬なんですけど〜〜〜っ」

「いえ。買いかぶりすぎですよ。豚汁作ったくらいで大げさですって。それにルナさんが不器用なんて信じられません」

「いっつもセリカに助けられて生きてきたからさ」



 やっぱりルナさんと白鷺さんは幼馴染で親友というだけあって、すっごく仲が良いんだなぁ。

 俺は、ルナさんが羨ましいと思ってしまう。



「すっごく美味しそう」

灰汁あくを取ってから、味噌入れますね」



 灰汁をすくって、火を止める。

 味噌をボウルに落として、そこに豚汁の汁を入れてペースト状になるまでかき混ぜる。

 ここで隠し味を入れさせてもらう。



「マジか。味噌ってそうやって入れるんだぁ。勉強になる」

「祖母に教えてもらったんです」

「そっかぁ。おばあちゃんに会ってみたいなぁ」

「今度遊びに来て下さいよ。友達連れて行ったことないので、喜ぶと思います」



 友達の一人や二人、連れてこいってよく言っているからなぁ。

 妹と違って、俺は友達と遊ぶような子じゃなかったから心配されているんだろうなと思う。



「マジ? ガチで行くよ?」

「はい。新たな心霊物件も実家の近くにできたので週末帰りますけど、一緒に来ます?」

「心霊……物件?」

「はい。俺も興味があって、近々行こうと思ってたんです。でも、ルナさんは無理しなくて大丈夫です。今回はガチの物件ですから」

「ガチ……かぁ」

「はい、ガチですっ!」



 味噌を入れたところで火にかけて、豆腐とネギを入れていく。



「あとはネギに火が通ったら完成です」

「すご。ねえ、見てよ、セリカ」

「なに〜〜〜?」

「ナギ君の豚汁が神だからさ」

「だって天雲くんだもん。もうなにやっても驚かないよ」



 それはいったいどういう意味なんだろう。

 


「さっそく味見していい?」

「どうぞ。小皿ありますか?」

「うん。はい、これ」



 小皿に取り分けた汁を飲んで、ルナさんは「ふ〜〜〜」と息を吹きかけた。

 冷めたところで口に含む。

 


「〜〜〜っ!! めっちゃ美味しいんですけど。こんな美味しい豚汁はじめて」

「良かったです。これも良い食材を買ってきてくれたルナさんのおかげですよ」

「作ったのナギくんじゃん」

「食材があっての料理ですから。あ、そういえば材料……お金いくらですか?」

「いいって。今日はご馳走するつもりだったから」

「え、そういうわけにはいかないですよっ!!」

「お化け屋敷の企画、無理に頼んじゃったからさ。これでもあたし、ナギ君に悪いって思ってるからね?」

「俺も好きでやってるので。それにルナさんと一緒にできないこともたくさんしているので、正直楽しいんです」



 一緒にお化け屋敷にも行ったし、二人でハンバーガーも食べた。

 女の子と二人で自撮りをしたのもはじめてだ。

 ルナさんからはたくさんもらっている。


 

「……っ!!」

「ルナさん?」

「ううん。ごめん。なんでもないって」



 それで完成した豚汁を取り分ける。

 ご飯はあらかじめ炊いておいたらしく出来立てだった。

 おかずはコロッケを買ってきたらしい。



「天雲くん」

「はい?」

「このコロッケね、お惣菜だと思って馬鹿にしないほうがいいわよ」

「……どういうことです?」

「なにを隠そう、このコロッケは業界で有名な老舗のコロッケ店のコロッケなの。そこら辺の一般コロッケとは一線を画すの」

「つまり?」

「行列のできるコロッケ屋で、神戸から取り寄せたって言ったら?」

「……すごい」

「セリカって、高級なものばっかり食べてるから舌が肥えてるんだよね。あたしら庶民からしたら羨ましいよね〜〜〜」



 舌が肥えている人に豚汁を出して、酷評されないだろうか。

 その情報は早く聞きたかった。

 いや、聞いたところで素人の料理には限界がある。

 祖母から教えてもらったレシピがどこまで通用するか。

 うん、緊張してきた。



 白鷺さんの評価によっては、さらに改良を加える必要があるかもしれない。



「いただきま〜〜〜す」

「いただきます」



 二人とも豚汁のお椀に口をつけた。


 

「……どうですか?」

「なにこれぇぇぇ、めっちゃ神なんですけど〜〜〜。ガチで美味。美味すぎて寿命が五年くらい伸びたんですけど」

「これは……おいしいわね。優しい味だし、ほのかに甘みを感じるのは味噌かしら」

「良かった。隠し味にみりんを入れてるんです」

「いつの間に?」

「味噌を溶かすタイミングで入れました」

「あ。あのときの!」

「そうです」

「こんなに美味しい豚汁ははじめてだわ。天雲くんってすごいのね」

「すごくないですよ。すごいのは祖母ですから。じゃあ、俺もいただきます」



 豚汁は祖母の味に近づいた気がするけど、まだまだだ。



「大根染みてるわね」

「ホント。半端なく味が濃いっていうか」

「隠し包丁を入れてます」

「隠し?」

「包丁ってなにかしら」

「表面に入れる切り込みです。味が中まで染みるように」



 コロッケを一口食べたら、すべてが吹き飛んだ。

 カリッとした衣の歯ざわりと、濃厚なジャガイモの味。

 これはとんでもなく高級品なコロッケだ。



「幸せ〜〜〜こんな生活が一生続けばいいのに」

「ルナが幸せそうな顔をするとわたしも満たれるわね」

「二人とも本当に仲が良いんですね」

「ところで、天雲くん」

「はい?」

「天雲くんは彼女とかいるの?」

「え……いないですけど?」

「どれくらい?」



 友達すらいないのに彼女なんているわけがない。

 俺はモブだし、一般ピープルだ。

 モブ・オブ・一般ピープル。



「ずっとですけど……」

「ずっとというのは、高校に入ってから?」

「生まれてから今までです」

「……嘘でしょう?」

「嘘じゃないですよ。俺、人付き合いが苦手ですし、彼女なんてとてもできませんって」

「ナギ君……それガチ?」

「はい、ガチです」

「そう。分かったわ。ひるがえってうちのルナなんてどう?」



 翻って、とは?


 

「ええっと……どういうことです?」

「ルナは良い子だから、もらってあげてくれない?」

「ちょ、セリカッ!!」



 それはどういう意味なのだろう?



「天雲君、セリカと付き合っちゃえばってこと」

「なるほど、そういう意味……え?」




 え?

 えええええええ?


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例えばラブコメの絶対的ヒロインの隣でいつも笑っている陽キャなギャルがいたとして、そのギャルとお化け屋敷を作ることになったらどうする? 月平遥灯 @Tsukihira_Haruhi

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