#06 例えばラブコメの絶対的ヒロインとその親友と一緒にホラゲの配信を観ることになったらどうする?


 例えば絶対的ヒロインの親友が、『明日の放課後暇ですか?』と珍しく神妙な文体でメッセージを送ってきたとする。

 それまでのメッセージはどことなく陽キャギャルを具現化したような口語体だったのに対し、昨日の午後のメッセはまるで別人のようだった。



 そこで俺はある可能性を考えたのだ。



 もしかすると本当に幽霊という未知の存在が実在していて、どこかでルナさんが乗り移られてしまったのかもしれない、と。

 そうでなければ、『ナギくんさ、明日の放課後時間あるっしょ』とか『ナギくん悪いんだけど、明日の放課後付き合ってくんない?』みたいな文面が届くはず。



 先日訪れたあの家、実は仲良し老夫婦の住まいなんかじゃなくて、本当の心霊スポットだったとか。

 いや、幽霊なんて絶対にいない。

 いないが……もしかしたら俺が遭遇していないだけで、実在するという可能性も無きにしもあらず?


 

 それでルナさんは呪われてしまった可能性がある。

 呪われてしまったとき、絶対的に有効なのは酒だ。

 悪霊を追い払うときには塩。

 特に盛り塩は悪霊に対して有効だが、乗り移ってしまったときはお神酒を口に含んで、霧状にして吹きかけるのが良いと知り合いが言っていた。



 よし、お神酒を持っていくか。

 家にはない。

 となると買ってい……くっ。



 未成年……っ!!



 しかし、学校では呪われている様子はなかった。

 となると、人前では姿を見せない知能型の悪霊の可能性も否定できない。

 ともかく、ルナさんとちゃんと面と向かって話してからでも、お神酒の準備は遅くないだろう。


 

 ともあれ、家にお呼ばれしたのだから一度家に帰ってから着替えて、菓子折りを持参していくのがマナーだ。

 女の子の家に行くのだから、菓子折りはドーナツが良いに決まっている。

 近所の行列のできるドーナツ屋さんで昨日のうちに買っておいて正解だった。



 ルナさんの家は意外にも俺の家から近かったのだ。

 マンションの二〇階となかなか高級そうな家である。

 エレベーターに乗り、二〇階で降りて外廊下を歩き、家の前でインターホンを押す。



「やっほ〜〜〜ナギくん」

「お邪魔します。ルナさん、これご家族と食べて下さい。うちの近所のドーナツ屋さんで買ってきました」

「え。いいのに。気を使わせちゃったね〜〜〜」



 ルナさんの家は想像通りの高級マンションだった。

 玄関で靴を揃えてからリビングに進むと、ソファセットが置かれていて、とにかく大きいテレビが部屋を陣取っていた。

 その奥にはシステムキッチンが見える。

 それに窓が大きくて、夜は東京の夜景が綺麗なんだろうなと想像するに容易い。



「あの、ご家族は?」

「あぁ、言ってなかったね」

「? なにをです?」

「あたしんち、ママは中学の時に死んじゃって、今はパパと二人暮らしだったんだけど、パパ、一学期のときに北海道に単身赴任で行っちゃってさ。今あたし一人なんだよね〜〜〜」

「なんですって……」



 くっ!!

 ドーナツ……。


 

「ああ、でも近くに伯母さんいるから、たまに来るけどね」

「……そうだったんですね」



 家族五人くらいと想定して、ドーナツを三〇個も買ってきてしまった。

 一人六個くらい食べればいくらなんでも満足だろう。

 そんなどんぶり勘定をしてしまったが、まさか一人暮らしだったなんて知らなかった。



「あ、ルナさん」

「な、なに?」

「こっち見て下さい」

「えっ?」



 ジッとルナさんの瞳を見つめる。

 もしかしたら、悪霊が取り憑いているかもしれない。

 こうすることで、悪霊が姿を現す……と知り合いが言っていた気がする。

 念の為にポケットには塩を用意してきた。



「ちょっと、ナギくん?」

「もう少しです」

「え、いきなりなに?」

「ルナさん」

「は、はい」



 顔を近づけてみる。

 もし幽霊が取り憑いているなら、俺に乗り移ってくるかもしれない。



「ナギくん、気が早いって……待って。心の準備が」

「……なんともないみたいですね」

「えっ?」

「ルナさんが呪われているのかもと思って」

「呪わ……え?」

「昨日のメッセの様子がおかしかったので」

「あー……。そうだよね、ごめんね。バイトのときの口調が抜けてなくて。あはは」

「なるほど。そういうことだったのですね。てっきり、悪霊が乗り移っているのかと思ってしまいました」



 その時だった。

 リビングの扉が勝手に開いたのだ。

 まさかの悪霊が乗り移っているわけではなく、俺を尾行していたとか?

 ポルターガイストかっ!?

 思わず、ビクついてしまった。

 なんという不意打ちのジャンプスケア!!



「キスするのかと思ってドキドキしちゃったでしょう……」

「えっ、な、なんで?」

「セリカ、遅いよ」



 扉から現れたのは、クラスの絶対的ヒロインの白鷺聖里花さんだった。



「な、なんで白鷺さんがっ!?」

「ごめん。セリカがどうしてもグデ氏ちゃんの配信見たいっていうから」

「お邪魔だったかしら?」

「い、いえ。滅相もございません」



 例えば、クラスに何者でもない一般ピープルのモブがいたとする。

 そのモブが、学祭のお化け屋敷の企画を手伝っているクラスメイトの家に呼び出され、そこに絶対的ヒロインが乱入してきたとしたら、そのモブはどんな気持ちになるだろうか。



 答えは、訳が分からない、だ。



「でも、それなら俺抜きでルナさんと二人で観たほうがいいんじゃないでしょうか?」

「そんなことないわよ。わたしは三人で観たいのよ」

「三人って俺も含まれています?」

「含まれているわよ」

「俺って、天雲凪ですよね?」

「そうよ」

「ええっと……」

「ルナと最近仲が良いみたいだから、わたし嫉妬しちゃったの」

「えー……っと」



 そうか。

 だから、ルナさんには彼氏がいなかったのだ。

 相手は白鷺さん……。

 なるほどー……。

 そういう恋愛も世の中にはある。

 むしろお似合いすぎるくらいだ。



「ちょっと、セリカ。誤解されてるってば。そういうのじゃないからね?」

「ごめんなさい。冗談よ。ルナとわたしは親友で幼馴染だから仲が良いの。それで、ルナが仲良くしてもらっているから、わたしも仲間に入れて欲しかったってだけ」

「あぁ、そうでしたか。良かった」



 良かった?

 なにが良かったんだ、俺。

 ルナさんと白鷺さんが恋人関係じゃなかったから?

 別に俺に関係ないことなんだけど?



「さっそくだけど、グデ氏ちゃんが一昨日上げたホラゲの実況観てみない?」

「なんのホラゲだったんですか?」

「”クソデカ念仏”ってやつ」

「……え?」

「ええっとね、魑魅魍魎が溢れかえっていてね。そこでマイク音響に繋いで、超デカスピーカーで念仏を大音量で流して成仏させるゲームだって言ってたよ」



 カオスなホラゲの予感しかしない。



「楽しそうなゲームね」

「でしょ。それにグデ氏ちゃん今回はどんなリアクションしてくれるのか楽しみなんだよね〜〜〜」

「……タマキのゲームのチョイスよ」

「ナギくん、なんか言った?」

「ああ、いえ。なにも」



 さっそくテレビを点けて、部屋の明かりを落とす。

 八〇インチくらいあるのだろうか。

 そんなテレビでホラゲの実況を観たら、とんでもなく迫力あるんだろうな。



『グデグデロードショー〜〜〜グデぇ〜〜〜』



 相変わらず、ホラー系のチャンネルとはとても思えないくらいの緩さ加減だ。



 ゲームの内容はこうだ。

 夕暮れに祖父母の家に向かっていた少年の乗っていた両親の車が魑魅魍魎のいる村で止まってしまい、気づくと両親がいなくなってしまった。

 少年は車から降りて村を跋扈する悪霊たちから逃げて、両親の手がかりを探しに行くのだが、両親は魑魅魍魎に捕まってしまったらしく四面楚歌状態。

 そこで現れたのが(なんで現れたのか一切不明)、高名な僧侶だった。

 僧侶曰く、『おでの乗ってぎだ爆音ウーハー搭載の車でお経を流しながら行けばやっつけられんじゃねえが?』だそうで、突然のシューティングゲームがはじまるというウケ狙いとしか思えないホラゲだった。



『きゃあああああカオティックドライブ過ぎ。私運転免許持ってないから無理ゲーだって』



 グデ氏ちゃんは、雑な運転で魑魅魍魎を轢きまくっている。

 もはや、お経など関係なく、単に無法都市を爆走するチンピラの車だ。



「グデ氏ちゃん、ガチで推せるっ!!」

「あぁ、車が完全にオシャカね。お経なだけに」

「なにそれ、ウケる」



 それは親父ギャグというものでは?

 お経だからお釈迦様という安易な発想すぎる。

 クラスの絶対的ヒロインで、引っ張りだこの白鷺さんがそんな冗談を言うのは意外だった。



「グデ氏ちゃんってきっと同年代だよね〜〜〜投げ銭でしか愛せない世界もあるし、バイト代突っ込むしかないわ、これ」

「声の感じからして、そうね。って、そういうのはほどほどにね?」

「……投げ銭って」



 それからグデ氏ちゃんは車を放置して、村の一番大きい建物に入っていく。

 明らかにラスボスのいるステージといったところか。



『ひぃぃぃ、なにこの狸の置物ぉぉぉぉ、びっくりぽんすぎるぅぅぅぅぅぅぅ』



 それは単なる信楽焼の狸の置物であって、ホラーとはなにも関係ない。

 その信楽焼の狸の置物が狛犬のごとく、家の玄関の両脇に置かれている。



「マジでウケるんですけどぉ〜〜〜あたしもこの狸ほしい」

「いらないでしょ。どこに置くのよ」

「決まってんじゃん。キッチン」

「……キッチンに置きたいんですね」



 なぜキッチンに置きたいのかを言及するのはやめておいて、再び映像に視線を戻す。

 グデ氏ちゃんは、なにを考えたのか探索をせずに一直線に二階に上がっていく。

 


『配信の時間が足りませ〜〜〜ん。ので、ごめんなさい。大人の力を使わせていただきます』



 見せ場とも言える最終局面の大きくカットして、突然のラスボス討伐。

 なぜか僧侶が車のウーハーを手持ちで持ってきて爆音でお経を流すというカオス的展開。

 電源はどこから取っているのだろうと素朴な疑問が浮かんでしまう。



『うぅ、良い話や。良かったな、少年。ということで、今日のグデグデロードショーはここまで。グッドボタンとチャンネル登録よろしく〜〜〜グデぇ〜〜〜』



「めっちゃ面白かったぁ〜〜〜やっぱグデ氏ちゃんしゅき過ぎて死ぬ」

「確かにキャラ設定は面白いと思うわ。ホラーを選んだのも、自身のキャラを最大限に活かすためでしょうね」

「ナギ君的にはどう?」

「どうと言いますと?」

「クソデカ念仏」

「ええっと」



 この”クソデカ念仏”ははじめからホラーとギャグを織り交ぜた作品であることは明らかだ。

 しかもギャグの部分が明らかにシュールで、沸々とした笑いを誘っているところが最大のミソなんだと思う。

 それに加えて、大きなテレビで観たこともあるけれど、映像が緻密でインディーズとは思えないクオリティだったことも評価できる。



「良い作品だと思います」

「だよね。怖いところもあったけどさ、フツーに楽しめるよね」

「はいっ! 学祭のお化け屋敷に取り入れるべき点もあるかもしれません」

「例えば、どの辺りなのかしら」

「なぜこれがここに、といったアンバランス感で笑いを取るあたりですね。狛犬っぽい信楽焼の狸は割と面白かったですしね。一つ案を上げると、怖い置物をいくつも置いてある中に一つだけアンバランスなのを置くのも良いかもしれません」

「天雲くんなら、お化け屋敷になにを置くのか訊いても良い?」

「はい。そうですね。たとえば薄汚れた日本人形を並べておいて、その中に一つだけ手作りの粘土で作った変顔の人形を混ぜておくとかですかね」

「お〜〜〜それ面白そうじゃん」

「ですが、方向性が難しそうです。そこだけ面白くすると一貫性がなくなりますから、取り入れるならお化け屋敷すべてに笑いを入れる必要がありますし、そうなると目指しているところがお笑いになってしまうと思います」



 それに来客者は、お化け屋敷と聞いて怖さを求めてやってくるはず。

 なのに、入ってみたらウケ狙いだったとなると微妙な反応になってしまう。

 ホラゲではアリな演出も、お化け屋敷だとスベる可能性が高い。



「お化け屋敷には向かないということね」

「はい。はじめから”お笑いお化け屋敷”みたいなノリで作って宣伝するならともかく、目指すところが普通のお化け屋敷なら使わないほうが良いと思います」

「さすがナギ君。でもさぁ、グデ氏ちゃんはかわいかったよね〜〜〜」

「それは認めるわ」



 それで、グデグデロードショーの配信を見て目的は終了したのだが、ルナさんはここで終わるつもりはないらしく立ち上がって、



「夕飯食べてくっしょ?」



 などと訊いてきた。

 ホラゲを見て熱弁してしまったけれど、よく考えたら絶対的ヒロインの白鷺さんがいるんだった。

 学校の二大美少女を両脇に、夕飯なんて喉が通るだろうか。

 いや、通らない。



「あ、俺は、」

「天雲くんも一緒に食べていきましょう」

「えっ?」

「ルナとわたしで料理するから」

「えー……」



 そんなこと言われると、帰るに帰れなくなってしまう。



 

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