#04 例えばラブコメの絶対的ヒロインの親友の子と一緒にいたところを目撃されたらどうする?


 例えばクラスにモブキャラがいたとする。

 そのモブキャラが、トントン拍子でクラスのトップカーストの片割れとお化け屋敷を作ることになったとする。

 そんなこんなで、『八条さんとはお化け屋敷の視察に来たわけですよ』と弁解したところで隣のクラスの女子たちは信じるだろうか。



 いや、違うな。

 そうはならない。

 八条さんが学祭のクラス発表の責任者となって、企画書を作る際の相方に選んだのが天雲凪。

 隣のクラスの女子たちは、『天雲って誰?』と互いに顔を合わせるような反応を示すこと間違いない。

 つまり、見つかったところで俺が同じ学校の生徒だと思われない。



 だって、俺はモブ・オブ・一般人だし。

 一度たりとも目立ったことなどない。

 よし、なにも問題ない。

 視察続行だ。



「ごっめ〜〜〜ん。天雲くんお待たせ」

「いえ。それよりもあっちに同じ学校の子たちがいるんですけど」

「えっ、マジ?」

「はい」

「やっば」

「見つかっても、どうせ隣のクラスの俺のことなんて知らないでしょうし」

「彼ぴイケメンすぎて、ガチ目に後で散々聞かれるヤツじゃん」

「え?」

「見つからないように震慄迷宮入っちゃお」



 かれぴってなんだろう……。

 どういう意味で言ったんだ?

 いや、今はそれどころじゃない。



 震慄迷宮だ。

 目の前にそびえ立つ病院を攻略しなければならない。

 ただ楽しむだけじゃなくて、学祭のクラス発表に生かさなければならないから、死ぬ気でメモってこないといけない。

 しかし、ここは撮影禁止。

 いかに上手にメモってこられるかが重要になる。



 土曜日だからか比較的混んでいて、しばらく並んでいるとようやく俺達の番になった。



「緊張してきた〜〜〜」

「そうですね。俺もがんばります」

「抱きついちゃったらごめんね。あたし、本当に怖いの苦手だからさぁ」

「はい。全力で受け止めますので」

「なにそれ〜〜〜マジでウケるんですけど」



 病院にしてはなかなか狭い通路だと思う。

 足元がまったく見えない状況だと危険で、怖さよりも安全面を優先させた結果なのか、以前入ったときよりも暗さは緩和されているような気がする。

 いくら施設側が安全に作っていたとしても、例えば入場者がバナナの皮とかを落としてしまい、暗すぎて気づかずにそれを踏んで転んだら落とした人ではなく、施設側の管理的な責任を問われることになるから、仕方ないといえば仕方ない。



 これも時代なのだろう。



「うぅ、ガチでヤバいんですけど」

「確かに作り込みはガチでヤバいですね」



 そして、案の定、人体実験でも受けて死んだかのような特殊メイクのキャストが飛び出してくる。



「きゃあああ」

「なるほど。以前よりもキャストのマンパワーが増していますね」



 八条さんが俺の二の腕あたりにしがみついてくる。

 メモ帳の字が暗くてなにを書いているのか分からないし、八条さんが小刻みに震えているから字も震えてしまう。

 この状況下での仔細な分析は、なかなかの高レベルミッションかもしれない。



 ゾンビ役のキャストが俺を見て、一瞬表情が固まった気がしたが気のせいだろう。



「あんなところから出てくるなんて、ヤバいって」

「ジャンプスケアというものをよく研究していますよね。さすが日本最高峰と称されるだけはあります」

「って、なんで天雲くん平然としてられるのよ。マジでヤバいって」

「俺も怖がりたいんですけど、今は勉強するのに必死でそれどころじゃなくて」

「べ、勉強って、」

「視察ですから」



 通路を進んでいくと、スポットライトの当たった場所に明らかに様子のおかしい看護師らしき人が見える。

 逆に見せてしまうという発想もナイスだ。

 ジャンプスケアの中でも高レベルテクニックとも言える。

 そこで動かずに待機しているのは入場者をフリーズさせるため。



 近づいたら動いて襲いかかってくるという暗黙の合図だ。

 これによって、本能の働いた人間は確実に硬直すること間違いなし。



「絶対にアレ、なにかしてくるよね?」

「近づいたら、うわっ、とかってやってきますよね」

「あ、あのね、天雲くん……ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから待ってもらえる?」

「はい。どうしました?」

「あのね、あ、足が一歩も動かないんだよね」

「大丈夫ですか?」

「うん。怖すぎて、マジで腰が抜けそうなの」

「まずいですね。手握りましょうか?」

「うん……お願い」



 八条さんの手を握ると、尋常じゃないくらいの汗が滲んでいた。

 それだけこのお化け屋敷が本気で作り込まれているということだ。

 どさくさに紛れて手を握りたかったわけではない。

 うん、決して。



「八条さん、ゆっくりと深呼吸できますか?」

「うん。やってみる」

「はい。いいですか。相手は人間です。ここはお化け屋敷で、発想を転換してみてください」

「発想の転換?」

「はい。いかに来場者に怖がってもらおうかと会議して、美術班が作り込んだ作品なんです。ですから、言ってみれば怖がらせることに特化した美術館なんですよ」

「なるほど〜〜〜それなら安心だね」

「はいっ! 安心ですっ!」

「って、こんな状況でそんな発想にならないよぉ〜〜〜」



 え?

 ならないんだ。

 おかしいな。

 俺は美術館で怖いなんて思ったこと一度もないのに。



「でも、天雲くんの冗談がおかしくて、動けるようになったかも」

「良かったです」



 冗談じゃないんだけどなぁ。



「じゃあ、ゆっくり進みましょう」

「う、うん」



 案の定、土色のメイクをした看護師が「うがぁ〜」って怖がらせてきたけれど、なぜか俺の反応を見るなりまたおとなしくなってしまった。

 八条さんは、顔面蒼白で口をパクパクするだけだった。


 

 その後も病室から手術室を抜けて、ありとあらゆる恐怖演出を勉強させてもらった。

 そして、出口前の長い通路に差し掛かる。



「ジャンプスケアがありますよっていう典型ですね」

「絶対に出てくるよね」

「出てくるでしょうね。敢えて出てくる場所を示唆する演出が今回は多かった気がします」

「そうなの?」

「はい。それに音と匂いの演出もしていますね」

「え?」

「怖すぎて気づかないかもしれませんが、音響のスタッフがとんでもなく優秀だと思います」

「そうなんだ……で、この先、進むの怖いんですけど……」

「大丈夫です。また手握りますか?」

「うん……」



 人は手を握ると恐怖心が薄らぐ。

 それは科学的にも立証されていること。

 手を握るという行為は、オキシトシンという幸せホルモンの分泌を促すことと、コルチゾールというストレスホルモンの抑制に繋がる。

 というのを、先日の”冗談で繋いだ手”で八条さんが落ち着いたのを見て、気になって調べたのだ。



「天雲くんの手、いつも温かいね」

「そうですか。意外にも冷え性なんですけど」

「マジかぁ〜〜〜あたしも冷え性なんだよね」

「今は汗かいてますけどね」

「ごめん」

「いえ。そうじゃくても、俺もです。お互い様ってことで。って、あ」

「どうしたの?」

「すみません。俺の手汗なんて触りたくなかったでしょうに」

「そんなことないよ。お互い様って言ったのは天雲くんじゃん」

「……ですね。すみません」


 

 そして、いよいよラストの通路に差し掛かる。

 予想通りとんでもない数のキャストが隠れていて、一気に飛び出してくる。



「きゃあああああ」

「数の暴力ですね。これだけ出てきてくれると圧巻です」



 出口で八条さんが膝に手をやってハァハァと肩で息をしている。



「いやぁ、面白かったです。俺、もう一度入りたいです」

「えっ、ガチ?」

「はい」



 気のせいか、八条さんの顔が青ざめた気がした。

 


「あれ、ルナじゃん」

「ルナちん、やっほい」

「え、なんでルナいんのよ?」



 なんてタイミングだ。

 隣のクラスの女子(ギャル)達に見つかってしまった。

 俺はモブであってきっと隣のクラスまでは認識されていない。

 しかし、万が一ということもある。



 ポケットから青いレンズのメガネを取り出して掛けることにした。

 これでバレないだろう。

 やはり、準備万端にしてきて良かった。



「あれ、もしかして彼ぴ?」

「え〜〜〜ルナって彼ぴいたんだ?」

「紹介してよ〜〜〜ルナの彼ぴ」



 ハァハァ言っていた八条さんはようやく呼吸が戻ったのか顔を上げた。

 そして、俺の腕にしがみついてくる。



んだけど、デートに来ちゃいましたって感じ?」

「……えっと、もしかして天雲くん?」

「天雲くんじゃん。雰囲気違うから分かんなかった」

「ガチで天雲くんじゃん。なんだよ、ルナ、やっぱりかよ。あたし安心したよ」

「マジで、諦めてどこぞの馬の骨にわ」



 ええっと、秒でバレたんですけど?

 一般ピープルのモブで、しかもサングラスしてるのになんでバレてるんだ?

 って、女子たちの話している内容がよく分からないのですが。



「じ、実はさ、お化け屋敷の企画手伝ってもらってんの。天雲くんってお化け屋敷の職人だから」

「職人!?」

「すげーーー」

「うわ、なんか羨ましい」



 ギャル三人が一様に俺の顔を覗き込んだ。



「ええっと、すみません。俺、天雲凪って言います」

「知ってるよ?」

「天雲くんじゃん」

「うん。ふつーに天雲くんじゃん。っていうか、私服イケメンっ!!」

「それ、うちも思った」

「身長高いから似合うし」



 あれ、なんか想像と違う。

 ギャルたち三人に『クソだっせ』とか、『キモすぎじゃん』とか、『ルナかわいそ』とか罵詈雑言を浴びせられるのかと思っていたから、なんだ拍子抜けしてしまった。



「でしょ〜〜〜。天雲くんめっちゃイケメンでさ」

「超お似合いじゃん。付き合っちゃいなよ」

「って、ストーリーちゃっかり上げてんじゃん」

「マジ? うちも今気づいた」



 その場で八条さんとクラスメイトのギャルの話が一五分程度続いた。

 ギャルたちは絶叫系に乗りに行くということで別れたのだが。



「ねね、天雲くん」

「はい?」

「あたしらも乗りに行こうか」

「え?」

「決まってんじゃん。アレ」



 八条さんが指さしたのは、レールが空中でねじれているコースターだった。



「い、いや、俺はそういうの苦手で」

「まあ、”いいじゃないか”ってことで」



 なぜコースターに『いいじゃないか』なんてネーミングにしたのかは不明だけど、どうでも『いいじゃないか』と思うくらいには吐きそうになった。

 四次元系ライドと言われるだけのことはあった。



 それからいくつかアトラクションを堪能して、帰りのバスに乗り込んだときには俺も八条さんもグッタリだった。



「ひっさびさに楽しかった〜〜〜」

「はい。俺も遊園地に誰かと来たことなかったので、すごく楽しかったです」

「マジ?」

「はい」

「お化け屋敷に結構行ってるって聞いたからさ、その……」

「はい?」

「彼女さんとかいるのかなぁーって……でも、この前も、今日も手を握ってくれたからどうなのかなって」

「えぇ〜〜〜いやいやいや、いないですよ。いたことないですから」

「そ、そうなんだ」



 よかった、と八条さんがボソッと呟いたのが分かった。



 まあ、確かに俺に彼女がいて、視察とはいえ、こうして二人きりで出かけていることが知られたらトラブルになりそうだから、安堵するのは理解できる。



 だが、俺は一般ピープルだ。

 ラブコメの鉄板鈍感主人公などではないし、陽キャでもない。

 そんな俺に彼女なんているはずがあろうか。

 ないに決まっているっ!!

 


 それからバスで二人して爆睡して、気づけば新宿に着いていた。



「あのさ、天雲くん」

「はい」



 バスターミナルで降りて、歩いているときだった。

 八条さんがスマホを片手に話しかけてきた。



「メッセ交換していい?」

「え……?」

「ダメなの?」

「いいですよ。俺もお化け屋敷の案を学校で話すのは躊躇していたので、むしろそうしたかったんです」

「じゃあ、はい。QRコード」

「はいっ」



 ルナ。

 それが八条さんのアカウント名だった。



「ナギかぁ。そうだよね。あのさ、もし良かったら、ナギ君って呼んでいい?」

「別に構わないですけど。またなんでです?」

「うーん。メッセと同じ感じで呼びたいから?」

「なるほど。八条さんは友だちが多くて、天雲とナギが同一人物って分からなくなりそうですもんね」



 さすがモブ・オブ・一般人を地で行く男。


 

「なにそれ、ウケる」



 爆笑されてしまった。



「あのさ、あたしのこともルナって呼んでもらっていい?」

「いいですけど……」

「みんなルナって呼んでるからさ」

「はい。じゃあ、ルナさんって呼ばせていただきます」

「うん。よろしくね。ナギ君」

「はい。ルナさん」



 連絡先を交換したところで俺達はバイバイした。



 さっそくルナさんからメッセが届いた。



 ルナ>今日はマジありがと

 ナギ>俺のほうこそありがとうございました。

 ルナ>また明後日よろ

 ナギ>こちらこそよろしくお願いします(^o^)。



 高校に入学してスマホを持って、はじめて女子とメッセを交わした。

 俺の友達リストは、おばあちゃんと知人と何人かの男友達だけだから、女子のメッセは新鮮だ。



 なんだか楽しいな。



 よし、ルナさんのためにもお化け屋敷の企画がんばろうっ!!



 





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