#02 例えばラブコメのモブがクラスメイトを心霊スポットに誘ったとしたらどうする?


 例えばラブコメの絶対的ヒロインと、その親友が親しげに放課後話していたとする。

 そこにモブ・オブ一般人が話に割り込んだとしたら、二人はどう思うだろうか。

 冷たい視線を投げかけられて、『二度と話しかけないで』と侮蔑ぶべつされるかもしれない。

 あるいは、二人ともなにも発さずにどこかにいなくなるかもしれない。



 だが、どこかで八条さんに話しかけなければ機会を見失ってしまう。

 これは、なかなか勇気のいることだ。

 しかし、八条さんに頼まれた以上、無責任なアドバイスをするわけにもいかない。

 それに学祭までの時間はわずかしかないのだ。



「八条さん」



 ついにやってしまった。

 一歩間違えれば、クラスメイト全員の殺気を全身で受け止めなければならない重大事案だ。

 ある意味事件とも言える。

 『モブ・オブ・一般人(某天雲氏)によるクラス二大美少女声掛け事案発生』

 よく防犯メールで流れてくる、小学生声掛けおじさんよりも悪質かも知れない。

 


「あ、やっほー天雲くん」

「なになに。ルナと天雲くんってそういう仲だった?」

「クラスメイトだもん、話くらいするじゃん。ねー天雲くん」

「え、あ、はい」

「うそうそ。冗談だって。ルナから聞いてるよ。本当に助かるの」

「え……聞いてるってなにをです?」

「天雲くんがお化け屋敷作りの職人だってこと」



 職人……?

 職人かぁ……。

 え……職人ッ!?



 今日もさいっこうのお化け屋敷作ってやるぜ。

 まかせとけ。

 材料はこれとこれだ。

 対価さえ払ってくれれば、最高のお化け屋敷作ってやんよ。

 みたいな、アレ?

 


「ちょ、ちょっと八条さん、白鷺さんにどういう説明をしたんですかっ!?」

「んー。そのまんまかなぁ」

「あっ、ごめん。今日は収録あるんだった。ルナ、またね。あとでメッセするっ」

「おーおけまる。セリカ、がんば」

「ルナもね。あのね天雲くん」

「はい?」

「わたしの大事なルナをよろしくお願いします。それじゃ、また」

「は、はい。また」



 白鷺さんと言葉を交わしただけで、背中から汗がドバドバ出た。

 まだ帰らずに教室に残っていたクラスメイトから鋭い視線(特に男子)を感じるような気がする。

 これは”殺す気満々”という言葉を略して、殺気というもの(諸説あり)じゃないだろうか。



「あの、八条さん」

「なになに?」

「今週のどこかで、時間がある日ってありますか?」

「待ってね」



 八条さんはスマホをポチポチと弄って、スケジュールを確認しているようだった。

 八条さんのスマホケースって、白いブタが背面に印字されていて、白鷺さんと色違いだ。

 やっぱり親友っていうくらいだから仲が良いんだろうな。



「今日」

「え?」

「今日なら空いてるよ?」

「今日ですか?」

「今日以外、今週はずっとバイトだし、土日は久しぶりにセリカと遊びに行くし」

「……分かりました。じゃあ、行きましょう」

「どこに?」

「決まってるじゃないですか。ガチ心霊スポットですよ」

「……それガチ?」

「はいっ!! ガチガチですっ!」



 自分で言うのもおかしな話だけど、俺、すごく満面の笑みだったと思う。

 キモいくらいに。




 *



 

 本来心霊スポットというものは、興味本位で近づいてはならない。


 

 その理由の一つは心霊スポットを訪れることによる対人トラブルだ。

 土地や建物の所有者に無断で立ち入ることは犯罪であり、絶対にやってはいけないこと。

 また、廃墟は整備がされていないことが多く、床が抜けたり、天井が崩落したりして事故に見舞われることもある。

 そうなった場合、人の目が届かない場所ということもあり救助が遅れてしまうのだ。

 加えて、長年放置されてきた場所のために衛生面の危険もある。

 

 

 そのすべてを解決しているのが、俺の知り合いだ。

 不動産を営んでおり、趣味で”いわく付きの物件”をいくつも買っては危険箇所の整備をして天然のお化け屋敷を作っている。

 だから、不法侵入にならない上に身の危険もない。

 もちろん衛生面の心配すらない。



「……あ、あのね、天雲くん」

「はい。なんでしょう?」

「こ、ここ、ここここは、なに?」

「数年前にトチ狂ったお父さんが家族を惨殺して自分も自殺した古民家です」

「は……? 今なんて?」

「数年前にトチ狂っ」

「もう言わないでっ」

 


 トチ狂ったお父さんはガチで怖い。

 これはホラーの定番だ。

 敬愛すべき映画のシャイニングもお父さんがトチ狂っていたからね。

 


 中央線の下り電車に乗って、田舎の駅からバスに揺られること二〇分。

 日当たりも悪く、築六〇年を超えた”ある意味優良物件”で、入口から古い木の香ばしい匂いのする、人の住んでいない古民家である。

 草刈りは定期的にされているし、カビが生えないように調湿管理もしているようだけど、築年数が古いために雰囲気はおどろおどろしくてなかなかのものだ。

 ちなみに太陽は山陰に落ちて、建物全体が夕闇に飲まれている。



「ここ絶対に入っちゃダメなとこじゃんね。うん、外から見るだけなら……いや、まあ、それでも十分にガチこわだけど」

「安心してください。知り合いが管理しています。ほら、鍵も昨日のうちに借りてきましたし」

「ま、待って。天雲くん、本気で入るの?」

「ええ。やっぱりお化け屋敷を作るのなら本物を見ないと。それに言ったじゃないですか。本物のお化け屋敷を見せるって」

「ほ、ほほほ、本物って……」



 ジャンプスケアはお化け屋敷には必須だ。

 しかし、ジャンプスケアに頼りすぎたお化け屋敷は陳腐で、真に心に残るお化け屋敷にはならない。

 某テーマパークのお化け屋敷はバックボーンの作り込みが緻密で、ジャンプスケアはほどほどに抑えられていて、世界観を重視しているために、日常では味わえない非現実的な体験ができるのだ。

 心霊スポットに行きたくても、倫理的観点から行けない人たちのニーズに全力で応えている。



 なんて素敵なんだ。



「バックボーンを説明します」

「……う、うん」

「ここの一家はですね、父親が車で人をはねて殺してしまったのです」

「……えぇ」

「なんと任意保険に入っていなかったみたいで。はねてしまった人があっち系の怖い人の家族だったらしく……毎日のように嫌がらせをされて、父親は精神を病んでしまった、もとい、トチ狂ってしまった……というのが事の発端でして」

「いやぁ……ガチで怖すぎるって」

「それで、父親はまず妻を滅多刺しにしてお風呂に沈めました。次の標的になったのは長女でした。長女はリビングで首を絞められて息絶え……。次は長男です。妻が沈められているお風呂で窒息死したらしいですね」

「分かった。分かったから一端落ち着こう……」

「はい。とまあ、こんな感じでこの家が売りに出されたところを知り合いが購入して、ちゃんと管理されています」



 心霊スポットとして不法侵入されないように警備会社も入っているし、監視カメラも付いているためにむしろ安心すぎるくらいの環境とも言える。

 だが、それは物理的な安心であって、心霊的、心理的な安心とはイコールではない。

 バックボーンを語れば、自ずと心霊スポットが完成するのだ。

 事実か否かは問題ではない。

 思い込めば、そこで心霊スポットは完成する。

 


「八条さん、今から中に入りますけど断言します。基本的になにも起きません。幽霊なんて実際にはいないですし、もしいたら俺は会いたいくらいなんです。でも、もし八条さんが異変を感じたらすぐに申し出てください。一応、知り合いの雇っている高名な祓い屋さんがいるので」

「マジかぁ。お祓いしてくれる人がいるなら超安心じゃ〜〜〜ん」

「はいっ! 安心です」

「って、それ、全然安心じゃないヤツじゃんっ!!」



 八条さんが涙目になった。


 

「じゃあ、八条さんは外で待ってますか? 俺が一人で中の写真撮ってくるので、それを参考にしてお化け屋敷作りましょう」

「えぇ……ひ、一人って」



 タイミングよく、カラスがカーカーと鳴き始めた。

 


 玄関は古民家ならではの昔の鍵で、何回か鍵をグリグリと回すと開くタイプのものだった。

 俺が玄関の引き戸を開いたところで、俺の制服の袖を八条さんが引いた。



「あたしも行く……一人にしないでよ」

「分かりました。ここ、少し段差になっています。気をつけて下さいね」

「うん。ありがと」



 床は抜けないように補強してあると聞いていたけれど、そんなことはどうでも良いくらいに暗い。

 不法侵入を防ぐために雨戸が閉められている。

 そのために外の光は、完全にシャットアウト状態だ。



「現在の怖いという感情の根底は視覚情報の欠如であり、それは人間の本能によるものです。人間の祖先は夜の闇の中、捕食者から逃げなくてはなりませんでしたから、その名残で警戒しろと本能が言っているのです。なので、安心です」

「なにが?」

「なにがです?」

「あ、安心って、全然安心じゃないよぉ」

「幽霊の大半はパレイドリア現象によるものですから。暗闇に浮かぶ染みが人の顔に見えるのもソレですね。なので安心です」



 パレイドリア現象というのは、木の模様だったり、壁の染みだったりするものが人の顔に見えるというもの。

 実際に、壁や天井の模様を見て、人の顔に似てるなんて思ったことは人間誰にでもあることだろう。

 

 

「ぜんっぜん無理。ムリムリムリなの」

「じゃあ、俺で良ければ手を貸しましょうか?」



 俺が手を差し出すと、八条さんは拒否するどころか率先して握ってきた。

 



 ……ほんの冗談のつもりだったんだけど。

 ほら、怖いとき、子どもの手をお母さんやお父さんが繋ぐヤツ。

 あれの真似のつもりだったんだけど……。



 学校でもとんでもなく人気の高い女子、八条さんとまさか手を繋ぐ日が来るなんて。



 ドキドキしてきた。



「……手汗ヤバいけど、ルナの手汗ヤバかったとかバラさないでね?」

「はい。バラしません。安心してください」



 八条さんとは違った意味で俺も手汗がヤバいので、人のことは言えない。


 

 玄関から左の部屋に入る。

 

 

「ここがリビングですね。長女が首を絞められた場所です」

「あ、あああ、あのさ」

「なんですか?」

「なんで天雲くんは怖くないの?」



 八条さんは子犬みたいに小刻みに震えていて、怖いんだろうなって思う。

 かわいすぎて、守りたい衝動に駆られる。



「こうしてスマホのライトで明るくできますし」

「でも、幽霊とか出てきたらヤバいじゃん」

「むしろ俺は出てきて欲しいって日頃から思っていますし」



 死んでしまったら、二度と会えないなんてあんまりだとは思う。


 

「天雲くんってすごい人だね……」

「そうですか?」



 そして、リビングから浴室、寝室と見て回って、一周をして玄関に戻ってきた。

 結果的に心霊現象はなにも起きなかったし、もちろん幽霊なんてものにも出会えなかった。



「怖かったですか?」

「もう、超、超超超、超怖いよ」

「ホラゲの実況よりも怖かったです?」

「うん……」

「一応、写真は何枚か撮ってきたので、参考になるかどうか分かりませんが。ちなみに、一家心中の話ですけど」

「うん」

「あれ、全部ウソです」

「え?」

「つまり、いかにお化け屋敷の背景を色付けできるかで、印象はガラリと変わるんです」

「えーーーッ!?」



 山陰にある不気味な雰囲気の古民家だったためにそんな噂が立っただけなのだ。

 実際には老夫婦が老人ホームに行くことになり、売りに出たから知り合いが買っただけのこと。

 


「仲良しの老夫婦が住んでいて、今もまだご顕在で、老人ホームで仲良く暮らしているそうですよ」

「……じゃあ、心霊スポットっていうのは?」

「それっぽいだけで、ただの古民家です。それに一家心中とは程遠い、幸せな家庭だったみたいですよ。お孫さんがたくさんいて、息子さんや娘さんから売るのを反対されたみたいですけどね。騙して申し訳ありませんでした」

「そっかぁ。もう一回入ってもいい?」

「はい。もちろんです」



 八条さんの震えも止まり、今度はゆっくりと中を見て回った。



「この柱、身長が刻んであるね」

「傷が真新しいですから、きっとお孫さんの成長を見て、喜んでいたのでしょうね」

「なんかこういうのいいなぁ」

「はい。すごく良いですよね」



 八条さんは愛おしそうに柱を撫でた。

 その他にもたくさん、この家に幸せな家族が住んでいた営みの痕跡があったのだ。



「お化け屋敷は、普段、俺達が過ごしている教室をいかに恐怖空間に変えられるかが勝負ですから。これでバックボーンの大切さが分かったと思います」

「うん。今考えると、天然のお化け屋敷結構楽しかったかも。マジか。ストーリー性めっちゃ大事じゃん。自分で体験したらすごくよく分かった感じ。それにしても、天雲くんって騙すのエグすぎ。ガチで尊敬するって」

「すみません。俺、嘘をつくのが下手なのでそう言ってもらえると嬉しいです」



 騙すのがエグい。

 ガチで尊敬する。

 うわ〜〜〜っ!!

 あの八条さんに褒められちゃったよ。



 騙すのうまいって。

 ん。

 騙すのがうまいのって、良いのか?

 深く考えるのはやめよう。



 帰りの電車は通勤時間と重なってしまい、少しだけ混雑していた。



「あ。じゃあ、来週の土曜日、今度はあたしに付き合ってくれる?」

「いいですよ。どこに行くんですか?」

「決まってるじゃん。お化け屋敷」



 こうして、次の予定が埋まるのであった。


 







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