例えばラブコメの絶対的ヒロインの隣でいつも笑っている陽キャなギャルがいたとして、そのギャルとお化け屋敷を作ることになったらどうする?

月平遥灯

#01 例えばラブコメの絶対的ヒロインの隣にいる親友の子と親しくなったとしたらどうする?

 例えば、文化祭で一緒にお化け屋敷を作ることになった女の子を連れて心霊スポットに来たとする。

 薄暗い夕闇に飲まれた”いかにも出そうな場所”で、彼女はなにを思うだろうか。



 恐怖におののくとき、人はあり得ない行動に出ることがあるのだ。



 そう、『手でも繋ごうか』なんて言葉は冗談だった。

 しかし、彼女は冗談を冗談とは捉えずに、モブ・オブ・一般人である俺の手を躊躇ちゅうちょなく握ったのだった。



「あのさ……天雲くん。あたしね、ほんっとにマジで、ガチで苦手だからね? ね?」

「ホラゲの実況よりも怖くないので、安心してください」

「ど、どどどど」

「どどど?」

「どこが〜〜〜ッッッ?」



 心霊スポットのほとんどは、人の思い込みが作り出した虚像に過ぎない。

 危険なんてなにもない。



 この世界にのだから。



 

 *



 

 遡ること昨日のこと。


 

 例えば、ラブコメの絶対的ヒロインのような美少女がクラスにいたとする。

 その絶対的ヒロインのとなりにはいつも幼馴染兼親友の子がいて、その親友は誰からも好かれるようなコミュ力の高い子だ。

 中身だけでなく、見た目も絶対的ヒロインに引けを取らない。

 けれど、人気モデルでインフルエンサーの絶対的ヒロインにいつもスポットライトが当たっている。



 端的に言えば、絶対的ヒロインは決して手の届かない高嶺の花なキャラで、親友は今にも手の届きそうなキャラというのが、学校の中での評価だ。

 つまり、二番手のキャラはモテるということ。

 


 そんな二番手の親友キャラが今、学園祭のクラス発表の責任者を決める局面に際し、カリスマ絶対的ヒロインから注目を奪いつつある。


 

 本来、絶対的ヒロインこと白鷺聖里花しらさぎせりかが、学園祭のクラス発表責任者になる予定だった。

 しかし、モデル業をこなしながらのミスコン出場と多忙のために務めることが難しいということで、白羽の矢が立ったのが”二番手親友キャラ”の八条麗七はちじょうるなだ。

 八条さんは立ち上がり、教壇に向かう。



「これはもう、全力でやるしかないっしょ。ってことで、みんな協力よろ」



 絶対的ヒロインと称される白鷺さんの替え玉的な扱いを受けても、親友キャラの八条さんは嫌な顔一つせず、大役を押し付けられたというのに笑顔で応じてみせた。


 

 八条さんは赤いのメッシュの入ったセミロングの髪を指でいてタブレットに視線を落とす。

 立ち上がった白鷺さんは、申し訳ないと思っているのか八条さんに手を合わせた。

 クラスメイト全員の視線は、白鷺さんに向けられる。



 絶対的ヒロインという称号を持つ、透明感のある美少女の白鷺さんと、その親友で、いつもハイテンションで笑っているようなギャルメイクの八条さん。



 立ち上がった二人を見ていると、二人のキャラが対照的なのがよく分かる。


 

「ルナ、ごめん。わたしもミスコンの準備のとき以外は極力協力するからね」



 白鷺さんは二年一組の中だけではなく、学校中でも一目置かれている存在。

 モデルとしてテレビや雑誌、SNSと露出を増やしているインフルエンサーだ。

 

 

「セリカは忙しいんだからさ、こういうのはあたしに任せて」

「押し付けて本当にごめん」

「いいって。じゃあ、ここから先はあたしが進行するから、花ちゃん先生は座っててよ」



 花ちゃん先生というのは担任だ。

 まだ二五歳と若く、生徒との距離感も近い。



「じゃあ、八条さんお願いね」

「オッケーオッケー。じゃあ、みんな学園祭まであと一ヶ月半だけど、なにしちゃう?」



 教壇に立った八条さんは一つも臆することなくホームルームを進めてく。



「食べ物系じゃね?」

「あ~~~タコパとか?」

「タコパって、パリピかよ」

 


 八条さんがクラスメイトの案を一つ一つタブレットに書き込んでいくと、書き込まれた案が電子黒板に映し出される。



「ならオムライスとか?」

「オムライスか。いいね」

「ルナ~~~オムライスだって」



 八条さんはオムライスの文字の語尾に♡を描いた。



「オムライスいいじゃ~~~ん。学祭の超人気メニューじゃん」

「ルナ、めっちゃ乗り気じゃん」

「俺はセリカにケチャップでアイラブユー描いてもらいてー」



 その他にも焼きそば店やお好み焼き店、あとはパンケーキ店などの案も出た。

 クラス発表責任者の八条さんが一番やりたいと言っていることもあり、今のところクラス発表はオムライス店で決まりかけているときだった。



「ルナって、ホラー系の配信者とか推してるんだから、自分の得意分野のお化け屋敷とかいいんじゃないの?」



 一瞬、八条さんの顔から表情が消える。

 スポットライトがクラス、いや学校の絶対的ヒロイン白鷺聖里花に移った瞬間だった。



「確かに」

「ルナって、ホラゲの配信好きだったもんね」

「ルナに任せたらすごいのできるんじゃない?」



 白鷺さんの一言ですべてがひっくり返ってしまったのだった。

 絶対的カリスマ性と発言力は凄まじいものがある。



「お、お化け屋敷かぁ。いいじゃんいいじゃん。セリカがそう言うなら、それでいいじゃん。みんなどう思う?」


 

 八条さん、なぜか棒読みのような気がする。


 

「ルナちんもそう言ってるし、いーんじゃね」

「賛成」

「うちも賛成」

「俺もいいよ」



 誰一人として空気を乱すものはおらず、結果的に二年一組の学園祭のクラス発表はお化け屋敷と決まったのだった。

 ちなみに俺は賛成の声も、反対の声も発していない。

 こういうのは発言力のある人たちに任せたほうが波風が立たなくて済む。


 

 残念ながら、俺は絶対的主人公でも、絶対的主人公の親友役でもないただのモブだ。

 

 

 俺は、天雲凪あめくもなぎ



 特に目立つわけでもないし、その他大勢の中の一人に過ぎない。

 陰キャというわけでもなく、陽キャでもない。

 コミュ障でもなければ、話すのが好きというわけでもない。

 いわゆる一般ピープルというやつ。



 ホームルームが終わり、モデル活動をしている白鷺さんは、放課後になって撮影があるとかで大急ぎで帰っていった。

 いつもなら八条さんも白鷺さんの後を追うように帰宅を急ぐのだが、今日は机に向かってなにかに取り組んでいて帰る様子はない。



「ルナ、お疲れ」

「あ、うん。おつ〜〜〜またね」

「ルナ、また明日」

「うん、また明日」



 誰もいなくなったクラスで、八条さんは髪の毛を指でくしけずってため息を吐いた。

 正確に言えば俺が一人まだ残っている。

 今日はこの後、係として先生から頼まれていた仕事があるためにまだ帰れないでいたのだ。

 自分の机の上でプリントを数えていたときだった。

 


「うはぁ~~~どうしよ~~~っっっ!!」



 八条さんが突然大きな声を出すものだから、俺も驚いてビクついてしまった。

 その拍子に机の脚を蹴ってしまい、ガタンと音が鳴り響いた。



「すみません。盗み聞きするつもりはなかったんですけど」

「ビックリしたぁ。あ、天雲くんまだ帰ってなかったんだ」



 ビックリしたのはこっちだ。

 八条さんは俺のことを認識しているのか。

 いや、それにしてもなぜか棒読みな感じがする。


 

「はい。もう帰ろうと思っていたところです」

「ねえ、天雲くんってお化け屋敷とか詳しくない?」

「へっ?」

「詳しいよねっ? ね?」

「え、えぇ……まぁ」

「あたしさぁ、ホラゲの実況は好きで見てるけど、お化け屋敷とそれとは全然違うじゃん? 勢いで責任者になって企画任されちゃったけど、超プレッシャーじゃん?」



 ホラーゲームとお化け屋敷とではジャンルが違う。

 ホラーゲームが好きだからといって、お化け屋敷に詳しいわけではない……と思う。

 


「それはなんとなく……そう思います」

「だよねー。ホラゲって言ってもいろんな種類のホラゲがあるし。ジャンプスケアの多いホラゲってイマイチなの多いし。それを参考にするとつまらないお化け屋敷になりそうだし」

「そうですね。まず、ジャンプスケアで驚かせるのが基本のお化け屋敷と、ストーリーと映像で見せるホラゲでは作り込み方が全く別物です。俺個人としては、ジャンプスケアのみで作り込まれた作品は好きじゃないので、バックボーンと雰囲気で酔えるお化け屋敷のほうが好きですね」

「うん」



 八条さんは勢いよく立ち上がり俺の席に近づいてきて、俺の顔をまじまじと見た。

 やばい。



「やっぱり天雲くんって、ガチでホラーに詳しい人なんだよね?」



 やっぱりっどういうこと?


 

「そ、そんなに詳しく……ないです。今のはさ、ほら、ネットの受け売りといいますか」

「そう? 今の感じだとマジホラーガチラブじゃんって感じだったけど」



 ジャンプスケアという言葉を聞いて、俺らしからぬ熱弁をしてしまったのだ。

 ジャンプスケアとは、突然バーンとか、ドーンとか、馬鹿みたいに幽霊とかが飛び出してきて驚かしに掛かってくる演出のことだ。

 あれは人間の持つ反射を刺激して恐怖を煽っているだけで、実際には幽霊じゃなくとも驚くし、恐怖も覚える。



「え、そ、そうですか?」

「うん。そうだ。もし良かったらお化け屋敷の企画を手伝ってくんない?」

「え? 誰が?」

「天雲くんが」

「……誰を?」

「あたしを」



 口は災いの元というが、滑ってしまった口をどうこう言ってもすでに遅し。

 まるでサバンナではぐれてしまった象が、ようやく仲間を見つけたときのような反応ばりに、八条さんは俺を見て瞳をキラキラさせている。



 いや、サイか。

 キリンかもしれない。

 


「俺なんていなくても、八条さんは問題なくミッションコンプリートできそうじゃないですか」

「だって、怖いもん」

「なにが?」

「お化け屋敷が」

「なんでです?」

「だって……」

「ホラゲの実況が好きって、白鷺さんに暴露されてませんでした?」

「好きだよ?」

「なら大丈夫じゃないですか」

「怖いの苦手なの」

「ええっと……だからなんでです?」

「……お願い。人助けだと思って」



 ホラゲの実況を見るのは好きだけど怖いのは苦手。

 一見矛盾をはらんでいるようにも聞こえるが、怖いもの見たさという心境だってある。

 人というのはときに理解できない行動をするものだ。



 俺は空気だ。

 でも、こうして頼られるのは、なんていうか。



 うん。

 素直に嬉しい。

 頼られると力になってあげたくなる。



 それにお化け屋敷マニアとしては、実はクラス発表がお化け屋敷になったことで色々とモヤモヤしていたのだ。

 お化け屋敷は好きだけど、中途半端で陳腐なお化け屋敷になったらどうしよう、とか。

 でも、モブ・オブ・一般人な俺が口出しするとウザいだろうし、とか。

 だけど、念願のお化け屋敷を作れる機会だからしゃしゃり出たい、とか。



「八条さんっ!!」

「うわ、びっくりした。天雲くんも大きい声出すんだね」

「やりましょうッ!!」



 八条さんを驚かせてしまった。

 でも、一秒後には目をキラキラさせて胸の前で両手を組んだ。


 

「いいの?」

「はい」

「マジ? 良かったぁ」

「でも、やるとなったら本気出しますよ? いいんですか?」

「本気出しちゃおうよ。あ、でもさ……」

「? どうしました?」

「正直さぁ、お化け屋敷ってあんまり入ったことないんだよねー」

「……お化け屋敷面白いですよ?」

「そう? あたしの勝手なイメージだけど、お化け屋敷ってホラゲみたいなストーリーの背景なんてないだろうから、微妙かなって思ってて」

「八条さん」

「なに?」

「俺が本物見せてあげます」

「本物って……?」

「お化け屋敷がいかにバックボーンが必要かってことです。それよりも、一つ訊きたいことがあるんです」

「なになに?」



 なぜ俺に『お化け屋敷に詳しくない?』なんて声を掛けてきたのかってことだ。

 まさか、その場のノリってことはないと思う。



「俺じゃなくても、手伝ってくれそうな人はたくさんいるんじゃないですか? それに、俺がその……お化け屋敷好きってなんで知ってるのかって思って」

「だって、一年生のときの夏休みの課題で書いてたじゃん」


 は?

 なんで知ってるの?



「英語で日記書くやつ。お化け屋敷巡ってきたって書いてあったからさ」

「……確かに書きましたね」


 

 どうせ誰も読まないだろうと思って、正直にお化け屋敷巡りをしたときのことを英語の課題で書いたのだった。

 その後、まさか教室に張り出されるとは思いもよらなかったけど。



 なんであんなのを八条さんが読んでいるんだよ……。


 

「だから、詳しいのかなって思ったんだよね~~~っ」

「すみません。嘘をつきました。俺、そこそこ詳しいかもしれません」

「ってやっば。バイト忘れてた〜〜〜遅刻じゃん」

「それは大変ですね。バイトがんばってくださいね」

「ありがと〜〜〜。あ。お化け屋敷の件、さっそく考えておいてね」



 八条さんは満面の笑顔で俺に手を振って、教室をダッシュで飛び出していった。



 それにしても、久々にちゃんと話したかもしれない。

 やっぱり、めっちゃ良い子じゃん。

 俺のつたない英語で書いたお化け屋敷レポートを読んでくれていたなんて。

 

 うん。

 素直に嬉しい。

 感動した。


 

 よし、なんとか八条さんの力になれるように努力しよう。



 ということで、こうして俺は、八条さんを”管理心霊スポット”に連れ出す計画を立ててみることにしたのだ。

 










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