第三楽章 ⑫ 前進、前進、また前進

 銃声がとどろく中、捕虜をともなって部隊は走った。

 エーカもルチアに引っ張られながら、必死に彼女の背中を追いかける。そして、左側の曲がり角にすべり込もうとした瞬間──。


「っあッ」

 エーカは暗闇に足を取られ、転んでしまった。


「エーカ!!」

 手が離れたルチアに代わり、すぐ後ろを走っていた帝国兵がエーカをかかえて突き当たりの通路に飛び込む。


 同時に視界が闇におおわれた。硬い布の感触がエーカの半身を包む。何が起きたのか分からない。暗黒の中で射撃音が連続した。


「……ッぅ」

 喉の奥から出たような短いうめきが体の上で起こる。


 勢いよく背中から倒れ込んだエーカは、近くでうずくまる兵士を見て事態をようやく理解した。

 彼は、エーカをかばいながら左の通路に逃げ込んだ際、運悪く敵弾に当たってしまったのだ。


 軍服を真っ黒に侵食していく影は、流れ出た血液だろう。


「ひッ……!」

 血におびえるエーカをよそに、今度は帝国兵の反撃が始まった。こちらに銃撃しつつ向かってくる王国軍部隊を、鉛と音の弾丸で足止めしていく。


 敵に見つかった時にちょうどT字路の近くまで来ていたことは、運が良かったといえよう。何の遮蔽物しゃへいぶつもない一本道で敵から銃弾を浴びせられていたら、誰かが死んでいた可能性もある。


 ただし、この状況でいくら運が良くても、いずれ全滅するのは明らかだ。

 今は突き当たりで分岐した左右の道に味方が分かれて敵を射撃しているが、このままでは他の敵が集まってくる。


 反撃しなければ目前の敵部隊の餌食えじきとなる。

 しかしその邀撃音ようげきおんは、ここに他の王国兵を呼び寄せる警報にもなっているのだ。


「進めぇッ! このまま左右に分かれて前進しろ!!」


 右側の通路から曹長が叫ぶ。

 確認すると攻略部隊十三名の内、右の曲がり角には五名の帝国兵がいた。捕虜もあちら側に逃げ込んでいて無事のようだ。


 命令通りに動かなければ、やられる。けれど負傷した彼をこの場に一人で残していくことなど、エーカにはできなかった。

 なにより恐怖で立ち上がれない。


 突然、声が聞こえた。

【らーらら……らーらら……】

 あの声だった。


「お嬢ちゃん、無事か?」

 エーカを助けてくれた兵が、苦悶くもんに歪む顔に無理やり笑みを浮かべて問いかけた。


「う、うぁ……」

 声をうまく出せず、うなずきで返事をする。


 その時にエーカの頭をよぎったのは、敵弾に撃たれて苦しんでいるのが自分ではなくて良かったという、どうしようもない感想だった。

 直後におのれを恥じた。情けないと思った。


 彼が負傷したのはエーカを助けるためだ。彼はそのために苦しんでいるのに、自分が震えながら腰を抜かしていて良いはずがない。


「それならいい。後は俺に任せて、先へ進め!」


「そ、そん……な」


「ここは食い止める。破られそうになったら、手榴弾で道連れにしてやる」


 彼の言葉に、何故なぜか母の最期を思い出す。

 母はエーカを守ろうと、抱きしめた後に覆いかぶさった。数秒前までエーカの頭があった場所に弾が飛んで来た。


 その弾を撃った敵は、残忍な悪魔なのだと思っていた。

 うらんでいた……。


 でも、母のようにエーカを命懸けで救ってくれた彼は、敵の兵隊だった。彼から見て、エーカは民族こそ同じでも確かに敵国の人間のはずだった。


 何故なのだろう。

 思えば、昨日まで味方だった者たちがいつの間にか敵になり、敵だった者たちが今は味方になっていた。

 だが、今それを考えている時間はエーカにはなかった。


 だから、せめて自分も皆を助けなければと強く思った。母や他の人々がこれまでエーカを救ってくれたように、自分も誰かを助けなければと。


 そうでなければ、彼が何のために傷を負ったのか分からない。

 彼のためにも進まなければならなかった。


 そして、まだ彼は生きている。

 どうしても助けたいという思いが震える身体を支配した。


「行こう! ルチアちゃん!!」


 エーカの言葉に、ルチアは驚いたように目を見開く。

 周囲の兵が叫んだ。


「ここは、お任せを。鼠一匹、通しませんぜ!」

「どうか気を付けて!!」

「特務少尉殿、ご一緒でき光栄でした。必ず後から追いつきます!」

 全員、覚悟を決めていた。


「……Ho capito.Grazie.先に行くわ! ありがとう!!」

 ありがとう、とルチアは何度も口にして走り出す。


「あ、待った!」

 エーカはルチアの出端をくじくと、母の曲を吹いた。


 呼び出した精霊に止血だけでもしてあげてくれと祈りながら、今度こそ二人は駆け出した──。






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