第三楽章 ⑥ 強襲降下作戦

 小一時間後、地下攻略の準備がおおよそ完了。

 エーカとルチアは、ラファエル教会から進入する部隊の第一陣として配置された。


 聖堂内には、百名ほどの歩兵と奏兵が集合している。

 彼らが手にしているのは銃身の短い騎兵銃きへいじゅうやトランペットなどが中心だ。射程が長いかわりに小回りのかない小銃や、トロンボーンなどの大型の武器を持つ者は少ない。


 彼らの落ち着いた雰囲気から、熟練の者を選抜したのであろうことがうかがえた。

 少人数で動く場合、経験の浅い兵や下級将校では適切な作戦行動が難しくなるため、階級だけではなく経験と練度れんども考慮して攻略部隊を編成したようだ。


「君もトランペットをたまわったの?」


 そんな声に振り返ると、黒髪の女性が立っていた。エーカに風呂を世話してくれた《女子奏兵連隊》の下士官だった。


 彼女は楽しそうに言う。

「つまり、これからは同じ楽器を愛する戦友というわけね。戦乙女に相応ふさわしい相棒だわ」


「女子隊ももぐるの?」

 ルチアが挨拶代わりに質問した。


「ええ。奏兵は暗闇の中でも耳で周囲を探れますし、身体の小さい私たちなら適任とのことです。それに陸軍女子音響学校では外国語科目で王国語を習いますから、簡単な通訳としても役に立てます」


 エーカは自身が抱える破壊発音器トランペットを見つめた。

 これも、誰かの戦友だった過去があるのだろうか。そう思いながら器体きたいでる。


「……たとえ同じ形をしていても、一つとして同じ楽器は存在しない」

 女性下士官は続けた。


「全ての楽器は百器百様。他に同じ物は数あれど、それこそ今は我が愛器あいき。君の愛器は、君が持っている間は君だけの相棒よ。君が手を離さない限り、君の命を守ってくれるわ」


 彼女が言っているのは、おそらく奏兵そうへい心得こころえか何かだろう。誰かから受け継いだ言葉を、他者に伝える口調であった。


 武器を長持ちさせるための言葉。

 エーカも以前に誰かから聞いた気がするが、思い出せない。


「総員、よく聴けッ!!」


 お決まりの一言を合図あいずに、帝国軍士官の訓示と作戦説明が突然始まった。周囲の大人たちが一瞬で石像のように固まる。


 作戦は、司令官が言っていたものと変わりない。

 捜索そうさくし、見つけ次第破壊せよ。


 王国軍の幹部かんぶ要員は、要塞の見取り図を含む機密書類をしっかりと焼却した後で逃亡したため、依然いぜんとして地下陣地の全容は不明である。

 地下には一部の者しか立ち入りが許可されていなかったようで、捕虜となった王国軍の下級士官や兵でも詳細が分からない。


 確実かつ効率的に迷宮を攻略するため、発見した全ての出入り口から兵を波状的に進入させる方法がとられた。


 こうすれば地下道が分岐ぶんきしていた場合、先発部隊が通っていない道に後発部隊が進んだり、人員が必要な場所に機動したりと臨機応変な対応ができる。

 戦力が分散し、同士討ちの危険もあるが、敵を攻撃するよりも捜索が優先とされた。


「必ず地図を作成しながら進め。最短経路で攻略するため、分岐点にはチョークで進路を書き残せ。中に入ったら音は極力出すな、敵に気取られる。せきも禁ずる。他の部隊も別の道より潜るから、合言葉での確認をおこたるな。

 とにかく時間との勝負だ。敵が我々へ逆襲を仕掛ける前に目的を果たせなければ、何が起こるか分からない。よって、二時間以内に攻略せよ!」


 その他の命令伝達が終わると、第一陣が行動を開始した。


「お嬢ちゃん。右と左、どっちが好きだ?」

 古参こさんらしき下士官が質問してくる。


 迷っていても時間の無駄だと思ったので、エーカは即座に「右」と答えた。母がい寝するとき、いつも握ってくれる方の手だった。


「じゃあ、俺らは右の通路に進もう。軍曹ぐんそう、お前らの小隊は左だ。先に行け」

 考えても意味がないのは分かるが、即採用されても心配になる。


「了解」

 二つに分けた部隊の内、先発の五十名が祭壇の壁に開けられた穴に入っていく。

 戦友に別れを告げ、武運を祈るささやき声が星の瞬きのように生まれては消えた。


「嬢ちゃん、これを持っとれ」

 先発隊の一人が、エーカに小さなコインを渡してきた。日本の硬貨だ。


「死線をくぐる五銭玉、弾除たまよけのお守りじゃ。どうか無事にな……」

 彼はそう言ってエーカの頭をでると、地下へ向けて歩き出す。


 他の兵も次々に声をかけてきた。

「お嬢さんは立派だの。必ず生きて帰れよ」

「殺されるんじゃないぞ!」

「なるべく鬼曹長の背中に隠れてろ。あの人の体は鉄でできてるからよ」


 そうして彼らが壁の中に消えると、もなく残りの五十名が動き出した。


「お前さん、死ぬなや」

 エーカの横を歩く兵が語りかけた。

「死んだら、お前さんの両親に顔向けできんからな。絶対に死ぬなや」


 エーカは、何故なぜこんなことを敵国の兵隊に言われているのか分からなかった。


 死ね、と言われた経験は何度もあった。

 でも、「死ぬな」と言われたのはこれが初めてだった。


「いいか皆、絶対にこの子より先に死ぬんじゃないぞッ!!」


 彼の言葉に「おう!!」というかけ声が返った。







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