第一楽章 ⑫ 襲撃のワルツ

『敵ホルン隊・接近中、ただちに邀撃ようげきせよ──。繰り返す。

 敵とおぼしきホルンの編隊・接近中。壁上対空砲台は、直ちにこれを射撃しゃげきせよ──』


 それは、まったくの奇襲きしゅうであった。

 数分前、カマール要塞の壁上哨戒塔しょうかいとうで見張りの任にいていた王国軍の兵士たちは見た。


 突然、要塞周囲の森から打ち上げ花火の如く上昇する鳥、六羽が姿を現した。

 そして、その六羽は一定の高度に達するとカマール要塞を目指して編隊飛行を始めたのだ。しかも、後方には光り輝く噴射炎らしきものが排出されていた。


 敵のホルン隊──帝国軍の飛行部隊だった。


【ホルン】は、トランペットと同じく金管楽器に属する武楽器の一つ。

 特徴は真ん丸に巻いた管と、奏者の後ろを向いたベル。全体的な形状は、よくカタツムリにたとえられる。


 この独特の形状により、ホルンはわきに挟んで構えるとベルがちょうど背中側に出る。

 奏兵の背から生えているように見える「光る翼」は、ホルンのベルから発生し、固定された音響力の塊だ。


 これが浮揚力を生み出しているわけではないとされるが、飛行時には必ず一つの大きい翼と複数枚の小さい羽に似た物体を周囲に展開する。

 故にその姿を見ることができれば、このように鳥との識別はすぐにつく。


 遅かれ早かれ、カマールが空襲されるのは分かりきっていたこと。

 真に驚くべきなのは、ホルンの飛び立った場所がカマール要塞の近辺という点だ。


 あれは街を空襲するために、占領地から長い空路を健気に飛んで来た爆撃隊ではない。ただの偵察隊だった。それの意味するところ。

 つまり、敵の陸上部隊がすぐ近くまで進行している。


 哨戒塔からの緊急伝を受け、壁上の各砲台が訓練通り即座に稼働かどう。空を飛ぶ六器、及び付近の山々に砲撃を開始した。


 壁上要員たちには、その帝国ホルン隊が熟練中の熟練であることが推し測れた。

 対空砲火をかわす機動はまるで妖精がほのおと踊っている様であり、思わず見惚れる光景だった。


 偵察隊なら妨害してもすぐにまた別の偵察兵が派遣されるだけだし、そもそも高速を誇る偵察器には対空砲火などまず当たらない。

 しかし、だからと言って発砲しなければ職務怠慢である。


 何より、これが偵察ではない可能性が残っていた。

 着弾観測ちゃくだんかんそくである。


 着弾観測とは、砲撃目標が砲台から見えない位置にある場合、目標の見える位置に観測隊を派遣し、撃った弾がどこに落ちたのかを測定させる戦法を言う。

 もし撃った弾が目標を外れても、観測隊を派遣していればその情報をもとに正確な射撃に近づけることができる。


 偵察器に対してだけではなく付近の山にも砲弾をばらいているのは、敵の砲台陣地や通信を牽制けんせいして撃たせないようにするためだった。


 カマールは崖の上に建設された城郭都市じょうかくとし。周囲の山の頂上に登ったところで、城壁にはばまれて街の中は観測できない。


 だが、それは目標が移動しないという意味であり、そもそも上空観測までして正確に撃たなくとも、城壁の中に砲弾を落としさえすれば街を滅ぼすのは容易である。


 とは言っても、そう簡単にいかないのが戦争だ。

 戦争とは火薬による外交交渉なので、きちんとルールが用意されている。


 まず例外を除き、基本的に軍人ではない民間人を傷付けてはならない。ようは敵軍も、おいそれと民間人のいる都市に砲弾を落とすわけにはいかないのである。

 敵がよほど非人道的でない限り、城内の軍事施設を慎重しんちょうに砲撃するはずだ。


 そして、おそらく敵は非道ではない。

 もし帝国軍が噂通りの野蛮人ならば、すでに城壁内は砲弾の豪雨ごううで地獄と化しているだろう。

 対して、王国軍は住民を盾にして敵に攻撃を躊躇ちゅうちょさせているので、こちらの方がむしろ非道と言える。


 結局、偵察ていさつ六器はカマールの上空を旋回せんかいしただけで去っていった。



 *



 空襲警報が解除されるまで、エーカはルチアに連れられて教会へ避難していた。

 リリーのいる修道院の方が近かったのだが、修道院は設置されている音響兵器の数が少なく防御能力が低いとの理由で、緊急避難区域であるラファエル教会に向かったのだ。


 教会に着くと流石の素早さで障壁を展開する準備が整っており、聖歌団本隊が合唱隊形を組んでいた。


「まだ敵弾は降ってこないから大丈夫よ」とルチアはエーカに言った。


 けれど、そんな保証はどこにもない。腸をき回されるような戦争の音に、ただ震えているしかなかった。

 ルチアは、そんなエーカを抱き締めてずっと背中をでてくれていた。


「どうなるの? なんで撃ってるの! 何なのあれ! なんでお母さんがいないの!? なんでなんでなんでッ!!!」


 錯乱さくらんしてわめき散らすエーカの横で、ルチアは極めて冷静だった。


「落ち着いて。撃っているのは、これが戦争だから。お母さんは、あんたの家にいて無事。ホルンが飛んで来たってことは、近くに敵軍が迫っているって意味。どうなるかは、これから降伏勧告に応じるかどうかで決まる。普通、民間人のいる都市は敵が降伏こうふく勧告かんこくを出したらすぐに応じて、街を敵に明け渡すのが国際的な常識になっている。城に立てもっても、良いことは何もない……はず。それか訓練通り、地下通路から城外に脱出するのかもね」


 ルチアは窓の外をにらみながら淡々とした口調で説明していたが、エーカはとにかく喋っていないと頭がどうにかなりそうだった。

 砲声と心臓の音が混ざり合って吐き気がする。お腹も痛い。


 騒音が収まって数十分後、ようやく母が迎えに来た。エーカは大声を上げて母に抱きつく。

 空襲のわずか数分が、エーカにとっては何時間にも感じられた。


「戦争、終わった?」

 頭が混乱して帝国後で話し出す娘に、母は言う。


「まだよ。荷物をまとめて、またここに来るの……」


「もうやだ──っ!!」


 これ以上、怖い思いはしたくなかった。まだ戦闘は始まってすらいないという事実に、エーカは絶望するしかない。

 それでも、母が近くにいる安心感で不安は徐々に和らいでいった。




 数時間後。

 カマール要塞の周囲に建設されていた防御陣地、カマール大要塞を相互防御する小要塞群が全て失陥しっかんしたとの知らせが街に届いた。










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