第六章 7『ジジがなる』
「ねぇ、ツナオ! ツナオってば!」
ぼんやりと声がする…
「ねぇ、大丈夫? ツナオ暑くておかしくなっちゃったの?」
この声はジジ?
何度かゆっくり瞬きをしていくと、視界と共に耳が拾う声もクリアになっていった。
「ツナオー、おーいツナオー」
やっぱりジジの声だ。
「ジジ、聞こえてるよ。 どうしたの?」
「よかったー、ツナオちっとも反応しないから病気なんじゃないかと思ったわ」
「心配させてごめんね、それで、こんな所でどうしたの?」
「こんな所に好きで来たんじゃないわ… ツナオがこんな所に居るから来るしかなかったんだよ! シルベスタが呼んでる! きっと次のボスの件ね!」
ジジはワクワクした感情を露骨に瞳に宿してこちらを見ている。
気が重い… また呼ばれる事はわかっていたけれど、やはり引き受ける事は出来ない… けれど、引き受けないのならどうしたら良い…
「次のボスにはなれないよ…」
気付いた時には心の声が漏れていた。
私の本音を聞いたジジの表情は一瞬で凍りついた。
いつもは勝手に話を進めるジジが黙り込んでいる。
「ジジ? 私の言ったことで嫌な気持ちにさせてしまったならごめんね」
ジジの表情はまだ硬い… けれど口を開いて消えそうな声で言った。
「ジジがなる…」
「え?」
「ツナオは弱虫だから、ジジがなる! ジジがシルベスタの後のボスになる!」
ジジが突飛な事はいつもの事だけど… これは、ただの気まぐれ? それとも…
「ジジがもっと大きくなる迄にシルベスタにボスを教えてもらう! そうしたらボスが出来る! 意気地無しなツナオじゃなくてジジがボスになる!」
正直、名案だと思った。
ジジもツナオとは違ったかたちで特別な猫だ。
このキャンパスで生まれた唯一の猫、他の猫とは違う。
ジジがシルベスタについてボスを学んでボスになる… そして、いつかジジもまた次のボスを育てる… これなら未来永劫ボスに困らない。
企業で行われる次世代リダー育成研修みたいなシステムだ。
けれど、この案には決定的な難しさがある… シルベスタはジジが大人になりボスになれるまで側にはいられないだろう…
「シルベスタにジジがボスになるって言わなくちゃ!」
スイッチの入ったジジは直ぐに駆け出す。
その後ろ姿を追いかけて、私は身を隠していた物陰から這い出た。
全身の毛を一気に撫でるような風に心地よさを感じながらジジの後ろを少し遅れて走った。
久しぶりにキャンパスを走るツナオの姿に猫も人も反応している。
注目している。
四方から視線を感じて段々と胃が痛む感覚が生まれてて、またどこかに逃げ隠れたい気持ちになっているけれど、今はそんな気持ちにかまっている暇は無い。
ジジを追いかけなくてはいけない。
ジジがシルベスタに何と伝えるか分からないけれど、ツナオの猫社会での立ち位置を大きく揺るがす可能性がある… 可能性がある以上、私は、その場に立ち会い必要な訂正をし、シルベスタに誤解されないようにする必要があ…
視線の先にジジとシルベスタがいる事をハッキリと確認した。
全力でふたりの元へ駆け寄って行った。
私が息を整えて話しかけるよりも早くシルベスタの口が開いた。
「ツナオ、どういう事じゃ? なぜジジがボスになるなどと言い始めた」
心臓がドキリと大きな音で跳ねたのがわかる。
背中は冷たいものがつたっていった。
「それは…」と私が言い出した言葉にジジが「ツナオはボスになりたくないからだよ」と当たり前のような口ぶりで重ねてきた。
「なりたくない? それは、本当か? やりたいが自信がない… のではなく、やりたくないのか?」
一瞬答えに迷ったけれど、ここで取り繕っても話は平行線のままシルベスタは老いていく… ここで話を決着させた方が良いと思った。
一呼吸置いて、眼光鋭いシルベスタに向かってハッキリと伝えてた。
「私はボスになりたくない」
時を止めた静寂のあと、ぽてりとシルベスタの尻尾が床につく音がした。
「ほらね! ジジの言った通りでしょ! だからシルベスタ、お願い! ジジにボスを教えて」
ジジは私の一言に更に勢いを増してシルベスタに迫った。
シルベスタは私とジジのどちらかに視線を合わせるでもなく、どこかを見ながら考え事を始めて、出た言葉は「悪いがジジ、ツナオとふたりで話したい」だった。
もちろんジジは不満そうにしたけれど、大人しくその場を離れて行った。
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