第一章 2

「例年、冬のファンタジーがモチーフの商品ですが、今回はイメージを変えて『自分が主人公の冬』というコンセプトで… えっと…」


 あんなに練習したのに上手く話せない。


「従来の物語の中に入っていく様な商品ではなく、自分が主人公で物語を作っていくそんな商品にしたいと思います」


 初めて会議室で自分の企画案を話ている私の声は自分でも驚くほど震えている。


「あのさコンセプトは悪くないんだけど、具体的に『物語を作っていく』ってパッケージの中でどう表現していくの?」


 カツラギさんから質問が飛んできた。

 想定内の質問だ、大きく息を吸ってから答える。


「従来の商品ではファンタジーの登場人物『○○の魔女』や『△△の姫』などと言った物語ので既に決まっている役割のついた商品名にそのイメージに合わせた、それらしいデザインがされてきました」


 私は息をもう一度整える。


「けれど今年はブランドのシンボルマークと『Your own story』というメッセージをケースの上蓋に入れたシンプルなものにして、ケースを開くと『Your charm creates the world』とメッセージが刻印されている仕様です。 従来の様なイラストがその人の物語に合っているかは分からないので入れません」


 ほぉっっとカツラギさんは顎に手を当てて聞いてくれている。


「アイシャドウパレットには異なる4つのテクスチャー6色のアイシャドウが並んでいます。このアイシャドウのカラーはパッケージAはブルベ系、Bはイエベ系を想定しています」



「ブルベ、イエベと分ける発想は既にひと世代古い考え方ではありませんか?」


 今度はアヤカさんからの質問だ。


「確かに現在は一時期ほどパーソナルカラーを全面に出した商品は減っています。この商品もこちらからパーソナルカラーを提案する事はしませんが、SNSでは依然として自分のパーソナルカラーに合う商品であるかを美容系インフルエンサーの投稿を中心に確認してから購入に至る流れは変わっていないと思います」


 早口になっている自分に気が付き、一呼吸置く


「そこで、分かりやすく色味を分けておく事で購入の動機付けとして『似合う』という安心感をSNSで獲得できるのではないかと考えています」


 その後も先輩達からいくつもの質問が飛んだ。

 中には想定していなかった質問もありしどろもどろになってしまった部分もある。


 社会人になって初めてのプレゼンは想像していた何十倍もカッコ悪かった。

 



「なかなか頑張ったじゃん!」


 カツラギさんに背中を勢い良く叩かれた。


「え、あの、練習していたはずなのに出来なかったところだらけでした…」


 苦笑いしながら私は答えた。


「何言ってんの? 初めてでしょ? 美大受験意識し始めた頃から合格レベルのデッサン描けたの? それと一緒、指摘が入った所はアヤカにサポートしもらってブラッシュアップして、新入社員プレゼン大会に向けて最終調整に入るよ!」


 そう言って大股で私からぐんぐん離れて歩いていくカツラギさんの背中を眺めていると、アヤカさんから「今日の定時までに指摘に対しての改善案をまとめたリストを私宛に送っておいてね」と優しく声をかけられた。


 今日の定時まで… 後4時間くらいか… 送る前に内容確認してからとなると2時間くらいでまとめて、そこからチェックして…


 社会人になって一番苦戦している事は『徹夜で間に合わせる』という美大生お得意の方法が一切許されない事だ。


 新入社員の私はまだ一度も残業をした事がない。


「ちょっとの残業でもさせた日には翌日に新卒採用の人事チームが出てるからねー」「私も今の新入社員になりたい、私の頃はなぜか無駄に帰らせてもらえなかった」


 などと定時までしか社内に居ることを許されない私に先輩達は口々にそんな事を度々言ってきたけれど、これが少々嫌味を含んでいるのか、人事への不満なのかは判断できなかったので、この話題には基本的に愛想笑いだけで返す様に決めている。


 さ、アヤカさんに送る資料まとめよ!


 新入社員全員が新商品のアイディアをプレゼンする大会、絶対に結果を残したい!


 そう私は意気込んでラップトップを勢いよく開いた。

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