麻乃葉きよらの不思議な話集めてみた

麻乃葉きよら

インイヤー

 これは、オフィスの左隣の席に座って居る同僚から聞いた話です。

 彼女が夜遅くまで残業していた夜のこと、資料作成にどうしても試聴しなければいけない動画があったのに、イヤホンを自宅に忘れてしまった事に気がついたそうです。

 恥ずかしながら弊社のデスクトップPCやモニターは法人向け製品の中でも廉価版ばかりを揃えて経費節約をはかったらしく、スピーカー機能もなく、オーディオ機器を接続しないと音声を出力してくれない代物なのです。コロナ禍の時期にリモート会議に対応するため大慌てでマイク付きイヤホンを配ったのですが、それをリモート勤務の日に自宅に置き忘れてしまった事に、このタイミングで気がついたのです。

 困った彼女は、その日私が袖机にイヤホンをしまっていた光景を思い出したそうです。無断で借りるのはどうか、そもそも、人のイヤホンって衛生的にも……と、しばらく袖机を見つめて考えていたところ、フロアの照明が消されてしまったそうです。清掃業者が誰もいないと思って消してしまったのでしょう。暗闇の中、作業中のPC画面からの光に照らされ、帰りたい気持ちに拍車がかかった彼女は意を決して、私のイヤホンを取り出して動画を見たそうです。

 動画を見終えた後、一気に資料を仕上げてしまおうとイヤホンを外す暇も惜しんで、作成に取り掛かったそうです。再生が止まった後もしゅーという人の吐息のような電子の音が聞こえ続ける中、彼女は作業を進め、ついに資料を仕上げました。その時、視界の端で何かが動いて、意識が逸れました。左耳だけイヤホンをぽん、と外してそちらを見るとオフィスの高いところに掲げられていた、神社の木札が落ちていました。そして、イヤホンをつけっぱなしにした右耳から、女の人の含み笑いが「ふふふ」と聞こえたそうです。……私たちは普段何を聞いてるんでしょうね。ろっこんのせん。

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