『振られた同士の「嘘カップル」チャンネルが、なぜかバズって引くに引けない』

(´・∀・`)ヘー

第1話 【12月24日(水) 20:30】 場所:駅前ファミリーレストラン『ロイヤル・ホスト』

聞いた話では、クリスマス・イブに恋人と破局する確率は平常時の三倍に跳ね上がるというデータがある。  街が聖なる光に包まれ、恋人たちが愛を囁き合うその裏で、期待値と現実の乖離(ギャップ)に耐えきれなくなったカップルたちが、次々と関係を清算していくのだ。  

だが、まさか自分がその「有意水準5%」のあぶれ者に該当するとは計算外だった。

「ねえ、奏真くん。……『攻略完了』って感じなのよね」

目の前の女子――森下は、冷めきったドリアをフォークで突きながら、つまらなそうに呟いた。  

理知的で美しい顔立ち。

だが、その瞳はショーケースの商品を値踏みするような、冷ややかな光を宿している。

「攻略完了? どういう意味だ」

「そのまんまの意味よ。あなたと付き合って3ヶ月。

あなたの思考回路、行動パターン、反応……すべて解析し尽くしちゃった」

彼女はため息をつき、俺、久我奏真(くが・そうま)の顔を真っ直ぐに見据えた。

「あなたのデートプランは完璧よ。

移動経路の最適化、混雑回避の予約、歩幅の調整。

……まるで高性能なAIと付き合ってるみたいで、ゾッとするほど退屈なの」

俺は眉をひそめた。

理解不能だ。  

最適化の何が悪い? 

無駄を省き、最も効率的に幸福度を最大化するプランだったはずだ。

「AI? それは聞き捨てならないな。俺は君の好みをリサーチし、最適解を提供してきた」

「それよ! その『最適解』しか出さないところがダメなの!」

森下は冷ややかな笑みを浮かべた。

「恋愛にはね、『バグ』が必要なの。予想外のエラー、理解不能なノイズ、感情の暴走……そういう『不確定要素』がないと、エンターテインメントとして成立しないでしょ?」

「……俺に、バグになれと?」

「無理でしょうね。あなたは完成されたプログラムだもの」

彼女はナプキンで口元を拭い、伝票を俺の前に滑らせた。

「というわけで、契約解除(さよなら)。

あなたは『優良物件』だけど、住んでみたら無機質すぎて息が詰まったわ」

森下は席を立つと、最後に捨て台詞を残した。

「もし、あなたがバグだらけの『ジャンク品』にでも壊れたら……その時はまた、興味を持ってあげるかもね」

彼女は一度も振り返らず、颯爽と去っていった。  

残されたのは俺と、食後のデザートセット(二人分)だけ。  

なるほど。

俺の完璧な論理は、「予測可能でつまらない」という理不尽な理由で廃棄処分されたわけだ。

(……ジャンク品だと? ふざけるな)

俺が静かに怒りを噛み殺していた、その時だった。

 背中合わせのボックス席から、とんでもない金切り声が聞こえてきたのは。


「はぁあああ!? 重い!? 私が!?」


店内のカップルたちがギョッとして振り返る。  

俺もつられて首を巡らせると、そこには学校一の美少女として名高い星名莉々花(ほしな・りりか)がいた。  

普段は天使のような微笑みを振りまく彼女が、今は鬼のような形相で彼氏(同じクラスでサッカー部のエース)を睨みつけている。

「なによ!『一日にLINE五十件は多すぎる』って!愛の深さじゃない!」

「いや、通知が鳴り止まなくてバッテリー切れるんだよ!お前、俺のGPS監視してるだろ?」

「当たり前でしょ? 

愛する人が今どこにいるか把握するのは、日本国憲法で保障された権利じゃないの!?」

「ねえよそんな権利! 

あと『俺が死んだら後を追う』っていう手紙何?

あれ特級呪術アイテムだからな!?もう無理だ!別れよう!」

男は逃げるように席を立った。

まるで猛獣の檻から脱走する飼育員のような必死さだ。  

取り残された美少女、星名莉々花は拳を震わせて絶叫した。


「私の愛を受け止めきれないなんて、器がミジンコ以下かよぉおおおお!!」

……訂正しよう。  

俺という「完成されたAI」を捨てた森下なら、あの「バグだらけのモンスター」を見て何と言うだろうか。 おそらく、最高のエンタメだと笑うに違いない。

この店にいる「あぶれ者」は、俺一人ではなかったらしい。  

そして、この瞬間の俺はまだ知らなかった。  

あの「論理の通じないバグ女」との出会いが、俺をジャンク品どころかとんでもない怪物へと変貌させることになるとは。

 

十分後。  

店内は幸せそうなカップルで満席。

その中で、ドリンクバーのメロンソーダをヤケ飲みする俺と星名莉々花だけが、異常なオーラを放っていた。  

偶然にも隣同士の席。

目が合うのは必然だった。

「……見てんじゃないわよ、陰キャ」

「奇遇だな。俺も今、承認欲求モンスターの生態観察をしていたところだ」

俺たちは同じクラスだが、カーストが違いすぎて会話したことはない。  

だが、今の俺たちは「イブに振られた」という一点において、強固な連帯感を持っていた。

星名莉々花は舌打ちし、ズズズとストローを鳴らし不機嫌そうに俺の席へ移動してきた。  

ふわりと甘い香水の匂いがする。

なるほど。これが「重い女」の匂いか。


「久我くん、だっけ。あんたも振られたの?」

「『AIみたいでつまらない』そうだ。君は?」

「重すぎて特級呪術とまで言いやがった。失礼しちゃうわ」

彼女は長い睫毛を伏せ、ため息をついた。

その横顔だけを見れば傾国の美少女だ。

中身が残念すぎることを除けば。  

俺はスマホを取り出し、先ほどの自分の失恋データと彼女の失恋データを脳内でクロス集計した。  

そして、一つの「解」を導き出す。

「なぁ、星名」

「なによ」

「俺たちは振られた。悔しいか?」

「当たり前でしょ! 今すぐあいつらが『逃した魚は大きかった』って地団駄踏んで、血の涙を流して後悔する姿を見ないと成仏できないわ!」


単純な動機だ。

だが、それこそが最も強いエネルギーになる。  

俺はメガネのブリッジを中指で押し上げプレゼンを開始した。

「復讐しよう。それも、最高に効率的で、残酷な方法で」

「……復讐? なに、藁人形でも打つの?」

「アナログすぎる。今の時代、最大のマウントは『数字』だ」

俺はスマホの画面を彼女に向けた。  

そこには、俺が趣味で作り溜めた「架空のVlog構成案」や「バズるサムネイルの黄金比率」の資料が並んでいる。

「俺とお前でカップルチャンネルを開設する。

俺にはプロ級の編集技術(スキル)とアルゴリズムへの理解がある。だが、俺には決定的に欠けているものがある」

「……被写体としての華、ね」

「正解だ。俺の顔はモブキャラのそれだ。だが、お前は違う」

俺は彼女の顔を指差した。

「その無駄に整った顔面。承認欲求に飢えたメンタル。

そして何より、今の『振られて傷ついた悲劇のヒロイン』という状況。

すべてがコンテンツとして優秀な素材(アセット)だ」

「あんたねぇ、褒めてんのか喧嘩売ってんのかどっちかにしてくんない?」

莉々花は不満げにストローを噛んだが、その瞳は計算高く俺を値踏みしていた。  

彼女もまた、ただの馬鹿ではない。  

自分の「顔」という価値と、俺の「技術」という利用価値を天秤にかけている顔だ。

「……ま、いいわ。確かにあんたの言う通り、私一人じゃ『新しい彼氏』は捏造できないし。

あんた、カメラワークは上手いの?」

「被写体の魅力を三割増しで撮る自信がある。実物以上に美しくな」

「一言多いけど採用。で、どういうキャラでいくわけ?」


ここからが交渉の本番だ。  

俺はテーブルにあった紙ナプキンを一枚広げ胸ポケットからボールペンを取り出した。

「コンセプトは『ビジネス・カップル』だ。

だが視聴者には『ガチ恋』に見せる」

「方向性は?」

「お前は『少しワガママだけど、彼氏の前ではデレデレな甘えん坊』。

俺は『そんな彼女を呆れながらも全て受け入れる、包容力のある彼氏』。

これが最も再生数が取れる組み合わせだ」

「はあ? 私が甘えん坊? 寒気がするんだけど」

「演技しろ。女優なんだろ?」

「……ッ、上等じゃない。アカデミー賞レベルで見せつけてやるわよ」

莉々花が不敵に笑う。

こいつちょろいな。

むしろ心配になるわ。


俺はペンの筆圧を強め、ナプキンに条項を書き込んでいく。

【ビジネス・カップル契約書(仮)】

第1条:カメラの前では、死ぬほどラブラブに振る舞うこと。

第2条:撮影外では、互いに一切干渉しないこと。

第3条:身体接触(手繋ぎ・ハグ)は業務の一環とみなす。


「ちょ、ちょっと待って。第3条、キッスは別料金よ?」

「安心しろ、俺も業務外でモンスターとキスする趣味はない。だが、一番重要なのは次だ」


俺は二重線で強調し、最大の禁忌を記した。


第4条:恋愛感情の禁止 いかなる場合においても、パートナーに対し恋愛感情(ガチ恋)を抱いてはならない。 どちらかの「本気(すき)」が発覚した時点で、本ユニットは即刻解散とし、違約金百万円を支払うこと。


「なによこれ。わざわざ書く必要ある? あんたなんかに惚れるわけないでしょ」

「今はそう言えるだろうな。だが、吊り橋効果という心理学用語がある。

疑似恋愛を続けていると脳が錯覚を起こすリスクがあるんだ」

「ハッ! ありえない。私の好みのタイプ知ってる? 

『フォロワー1万人以上で、私の言うことを全部聞いてくれるイケメン』よ。

あんた真逆じゃん」

「俺もだ。

俺の好みは『論理的思考ができ、感情の起伏が穏やかな女性』だ。

お前とは水と油だな」

「よかった。なら安心ね」

二人は顔を見合わせ、冷ややかな笑みを浮かべた。  

そこにロマンチックな火花は一切ない。

あるのは利害の一致と、相手への侮蔑に近い安心感だけ。  

だからこそ、この契約は完璧だと思えた。

「じゃ、契約成立ってことで」

莉々花がバッグから真っ赤なルージュを取り出し、唇に引く。  

そしてナプキンの右下に、迷いなく唇を押し付けた。鮮やかなキスマークが刻印される。

「契約のキス(拇印)よ。……よろしくね、あ・な・た♡」

その瞬間、彼女の雰囲気が一変した。  

先ほどまでのふてぶてしい態度は消え失せ、上目遣いで小首をかしげる、とろけるような「恋する乙女」の顔。  

……ッ!?  


俺は思わず息を呑んだ。

こいつ、切り替え早すぎだろ。  

だが、俺もプロだ。動揺を押し殺し、スマホのカメラを構える。

「……悪くない。いや、完璧だ。撮影開始だ、莉々花」

「了解。カメラ、盛れるアプリにしてよね!」

こうして、聖なる夜に最悪の共犯関係が結ばれた。  

俺たちはまだ知らなかったのだ。  

このナプキンの契約書が、正式な契約約款となりラミネート加工され、後に俺たちの首を真綿のように締め上げることになるとは。

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