第38話
作戦決行前夜。
私たちは執務室で、景気づけのワインを楽しんでいた。
執務室でワインを飲むのは少し変な感じだけれど、誰が来るか分からない広間で飲むわけにもいかないし、まさかルーベンの寝室へ行くわけにもいかないので、ここに落ち着いたのだ。
それにルーベン曰く、執務室でワインを飲むことは割とあるらしいから、気にしなくていいとのことだ。
「いよいよ明日が決戦ですね」
「俺たちが組織のアジトを突きとめたことを組織に知られる前に叩きたいですからね。定期的にアジトの場所を変えているという話もあるので、早めに突撃するしかありません」
「ええ。これがのんびり出来る、最後の時間になるかもしれないのですね」
ワインに口を付ける。甘く芳醇な液体が喉を通過していく。
「縁起でもないことを言わないでくださいよ」
私の悲観的な言葉を聞いたルーベンが苦笑した。
けれど私が悲観的な発言をしたのには理由がある。
「今日、騎士団長に言われたのです。『絶対に大丈夫』と言うと、それが前フリになって良くないことが起こるって」
「ああ、なんか分かります」
「こういうジンクスって意外と当たったりするので、明日は全然大丈夫ではない気持ちで突入する所存です」
「それもそれでどうかと思いますが……」
組織を叩く準備は万全だけれど、予想もしない裏切りが発生する可能性はある。
その場合、不意打ちを受けて、万全だった体勢が一気に崩れることも考えられる。
実際、絶対に大丈夫なんて言えやしない。
「明日突入するメンバーは、全員自白魔法でチェックしていますので、裏切りの可能性は限りなく低いと思いますけれどね」
「限りなく低い? ゼロではなく?」
「組織と繋がっているかどうかは調べましたけれど、それ以外のことに関しては質問をしていませんからね。例えば現在の王政に不満があるとか、ルーベンを個人的に恨んでいるとか、そういった者がこの機に反旗を翻す可能性はあります」
「さすがに長時間の自白魔法の使用は避けたかったので、最低限しか質問しませんでしたからね」
「明日向かうメンバーに、ルーベンやこの国が愛されていることを願いましょう」
アジトへ向かうメンバーは、ルーベンと私、それに王宮騎士団と王宮魔法使いだ。
誰も自白魔法で組織との繋がりが出なかった上、私が接する中で信頼できると感じた人たちを集めている。
それでも彼らと共有した時間は短いため、私は彼らのすべてを知っているとは言い難い。
彼らが忠実な人間だったらいいのだけれど。
「側近はさておき、俺は王宮騎士団や王宮魔法使いには嫌われていない……はずです」
ルーベンがやや私から視線を逸らしながらそう言った。
なんだそれ。初耳だ。
「ルーベンは側近に嫌われているのですか?」
「ジェイミーと話し合う時間を作るために他の仕事の書類を締め切りギリギリに提出したり、予定に無かった王城の設備点検を行なう命令をいきなり出しましたからね。だいぶ側近を振り回してしまいました。それもこれも組織のせいです! ああっ、組織さえ無ければ!」
「設備点検はさておき……書類の提出が締め切りギリギリなのは、本当に組織のせいですか?」
私がジトっとした目で見つめると、ルーベンがギギギギと不自然な動きで顔を私の方へと向けた。
「……いつもそうかもしれません」
「では側近はいつもルーベンに振り回されているのですね?」
「締め切りには間に合って、います……」
「締め切りギリギリの提出では、書類をチェックする側近は寝ずの作業になるじゃないですか」
私の言葉に、ルーベンは悪戯を叱られた子どものように、気まずそうな顔で頷いた。
「……側近には、高級ワインをプレゼントすることにします。あと新しい万年筆も」
「締め切りギリギリの提出をやめるとは言わないのですね」
私のこの問いに、ルーベンはあえて何も答えなかった。
どうやらこれからもルーベンの側近は、ルーベンに振り回される日々を送ることになりそうだ。
「ところでアレ、本当にやるつもりですか?」
話を変えたかっただけか、それとも本当にこの話をしておきたかったのかは分からないけれど、ルーベンが明日の作戦についての最終確認をしてきた。
「もちろんです。もしかしてルーベンは嫌ですか?」
「俺は構いません。もともと持っていることすら知らない力でしたから」
「それなら、やりましょう」
これが今回の作戦の肝だ。
組織との戦いを終わらせるためには、きっとこれをすることが一番なのだ。
「ジェイミーの計画、上手くいくと良いですね」
「きっと上手くいきます。大丈夫ですよ」
「あれ。大丈夫と言ってはいけないのではなかったですか?」
「あっ!?」
ルーベンに言われて慌てて口を押さえる。
そして口を押さえつつ、ルーベンをにらんだ。
「今のはルーベンが悪いですよ!? 私に大丈夫って言わせようとしましたよね!?」
「あははっ。簡単に引っ掛かっちゃって。相変わらず可愛いですね、ジェイミーは」
「もうっ! ルーベンって実は悪戯っ子ですよね!?」
私がぷんぷんと怒ると、ルーベンが腹を抱えて笑い出した。
「こんなやりとりをするのはジェイミーとだけですよ。他の者の前では、きちんと王子をやっています」
「そういう怒りづらいことを言わないでくださいよ! 私とだけだなんて言われたら、特別感で嬉しくなっちゃうじゃないですか!」
私は怒っている気持ちを表明するために頬に空気を溜めたけれど、顔がニヤけてしまっているため、説得力が無い。
「ふふっ。からかってしまってすみません。ですが今ので、肩の力が抜けたとは思いませんか?」
「確かにそうですけれど……なんか悔しいです。嬉しくて悔しい!」
「嬉しくて悔しいなんて、複雑な感情ですね」
「ルーベンのせいですよ!?」
頬に空気を溜める私の頭をひと撫ですると、ルーベンが立ち上がった。
「さあ、今日はもう寝ましょう。明日、万全の状態で決戦の地へ向かえるように」
すべてが明日決まる。
いよいよ長い旅路を終えるときだ。
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