第7話
村田は、ネコを飼っている。
ことにしてある。実際には、生き物を飼おうと思ったことは無い。
「村田君、二次会どう?」
「すみません。ネコに餌やらなきゃならないので、もう帰ります。」
と断る口実にしているのである。
架空のネコとはいえ、ネコ好きの同僚に話を振られることもあるので、一通りの設定は決めてある。道で拾った。模様は茶トラ。オス、五歳くらい。何でも食べる。健康。手がかからない。放っておいても大丈夫。つまり、村田にはあまり干渉しない。この程度決めておけば、ネコの話題が出ても何とかなる。なぜなら、そもそもネコ好きな連中は自分のネコの話をしたくて仕方がないので、少し誘導してやれば勝手に自分の話で盛り上がってくれるからだ。
イヌだと散歩や躾の話に現実味を持たせるのが難しいが、ネコなら部屋にいますと言い張るだけで十分。名前はゲンということにしてある。幻、である。
とはいえ、村田は動物が嫌いなわけではない。自分以外の生命の責任をしょい込むのが煩わしいだけである。
「村田君のとこのゲンちゃん、元気?」
焼き鳥屋で焼酎お湯割りを片手に村田に聞いてきたのは、ネコ好きの加藤である。今日は、村田の課を含む総務部有志の宴会ということになっている。有志、というのはつまり、要らない上司は抜きで、ということを意味する。気の合う平社員同士が時々憂さを晴らす場ということだ。この会に限らず、村田は飲みに誘われれば八割がた断らないようにしている。それくらいが一番角が立たない。
「いつもどおりですよ。加藤さんちは、腎臓が悪いんでしたっけ。どうです、最近は。」
さりげなく、村田はまぼろしのネコから注目を逸らす。
「寒いからか、ここのところ急に弱ってきちゃって。本当は、四時間おきに薬やったり、水飲ませたりした方がいいんだけどね。」
「サラリーマンの家では難しいですよね。じゃあ、朝一番に投薬して、出かける直前にまたやって、っていう感じですか。」
「そうそう。朝は四時半に起きて薬と水を飲ませて、七時半にまた繰り返し。帰ったら帰ったで、またすぐ繰り返し。結構しんどいわー。」
「大変ですね。でも、ジロー君、可愛いですもんね。」
そうなのよ、と加藤はスマホの写真を披露する。もふもふとしたおなかを見せて寝転がるネコの写真は、村田も掛け値なしに可愛いと感じる。
「しっぽがいいですよね、ジロー君。」
「でしょー。ちょっと曲がってるところがね、いいのよ。これをぴこぴこ振りながら寄ってくるんだから、おばさんのハートキラーよ。」
あははは、と大きな声で笑う加藤に誘われて、他のネコ好きも集まってくる。勝手気ままに話させておけば、村田のネコについて触れなくても何とでもなってしまう。秋に生まれた子ネコの貰い手が見つからない、変なポーズが可愛い、太りすぎて困る、と話題には事欠かない。スマホの写真も続々と出てくる。
村田はにこにこと話を聞きながら焼き鳥を食べた。美味しい。塩ブームなのか、塩味しか無い焼き鳥屋もあるというが、しょうゆベースのタレだって負けていない。何といってもつくねはタレの方が良い。皮は塩かな。ネコにやるなら、味付けはしないだろうけれど。
「でねー、私もこの間、血圧が結構ショッキングで。ネコより自分の腎臓よ、ほんと。」
いつの間にか、周囲の話題はネコの健康から人間の健康に移っている。そう言いながら、加藤は何杯目かの焼酎お湯割りを手から離さない。
「俺も血糖がやばかった。ヘモグロビン何とかっての。あと、尿酸値が高いんだよな。」
「あ、俺も尿酸。かなりレッドゾーン。」
同じテーブルを囲む面々も、次々に不健康自慢をする。人間、一定の年齢を過ぎると、なぜか自分の身体の不具合を披露したくて仕方なくなるらしい。自分以外の皆も不健康だけれどこうして元気に生きている、という状況を見て、安心したいのかもしれない。
「そのお酒が命取りなんじゃないんですか?ウーロン茶頼みましょうか。」
「やあねえ、村田君。こういう日はいいの!と言いたいけど、ちょっと心配よね。私も、いつもは低糖質低カロリーで頑張ってるんだけど。鶏むね肉とか、美味しく食べる技術に長けてきたよ、私は。」
「それ、僕も結構得意ですよ。安いですからね、鶏むね。」
「そうか、村田君は一人暮らしだっけ。」
村田はぶつ切りにしただけのおつまみキャベツをかじりながら頷いた。
「村田君、いい人なのになあ。結婚しないの?」
「おいおい加藤さん、今どきそれはセクハラ発言だぞ。ダメダメ。俺の珠玉の下ネタだけがNGってわけじゃないんだからな。」
「おーおー、じゃあ、聞こうじゃん、とっておきの下ネタ。言ってごらん。」
やいのやいの、と騒ぐ周囲を脇に、村田の胸中にふと結理の姿が浮かんだ。正確な年齢は知らないが、加藤は村田より一回りは年上の女性だ。子どももいるという。加藤なら、何か良いアドバイスや、同性ならではの共感ができるのではないか。結理の手術予定日までの日数を、村田は我知らず数えた。
いやいや、この場で切り出す話題ではない。村田は我に返り、ビールで言葉を流し込んだ。
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