君には通じない冗談と、僕にしか読めない碑文
江藤ぴりか
君には通じない冗談と、僕にしか読めない碑文
ここはどこだ……?
僕はバックヤードで資料の整理をしていたはずだ。
埃をかぶった調度品。これはかなりの年代物のようだ。砂のにおいに咳をひとつすると、周りの埃が僕を中心に拡散した。僕の職場は古い資料のにおいで満たされていたはずだ。こんなに荒廃が進むわけがない。
古代語をPCで打ち込み、現代語訳する博物館の裏方作業。それが僕の仕事のはずだ。なのに、ここはどうだ? 事務椅子も、モニターも、壁掛け時計もない、ない、ない。どこどこどこ――。座っていたはずなのに気がつけば、砂まみれの場所で立ち尽くしている。
ここはバックヤードじゃないのは確かだ。見渡すと、岩でできた机、木製の簡素な椅子は脚が壊れて座れやしない。煤けた絵画は芸術的価値がありそうだ。
そうじゃない! 僕はどこにいるんだ? 窓、というには貧相な四角い穴からは陽が差し込んでいる。埃が光の粒になって、子供の頃を思い出させた。
僕がずっと悩んでいた頃だ。
サキちゃんが好きでずっとついて回って泣かせた幼稚園。
電車が好きで、ずっと通勤車両を追いかけていた小学生。たまに特急車両や、ラッピング電車を見かけると、奇声をあげていたっけ。
中学で英語の面白さ、歴史の深さに感銘し、マニアックな言語の習得に費やした十五年前。
高校では架空の言語を使って先生を困らせたっけな。
大学で人間関係に悩み、独りぼっちで過ごして……これはいつでもだったから、平常運転だ。
だから、今はここがどこか明らかにすべきだろう! 僕はいつもそうだ。考え事に引っ張られてしまう。いい加減、埃っぽい乱雑な空間にも疲れてきたところだ。
ふと、右の壁を見ると、他の壁とは違う、わずかに規則的なでこぼこが目に入った。その線の配置が、僕の脳内のどこかに存在するパズルの型に奇妙に合致した。僕はもう一度深く呼吸し、無意識に壁に手を伸ばす。
「これは紀元前のものじゃないか……」
汚れを拭くと、掘られた文字が露出する。
「エトルリア文字? ここはイタリアなのか……」
古代に栄えた文明の文字という動かない『ルール』に、僕の心が安堵する。もしかすると、ここは歴史小説のような予測可能な展開なのかもしれない。
「貴様、何者だ?」
背後から声がかかり、考えるより先に振り向く。そこには二メートルはあろう体躯のハスキー犬が二本脚で立っていた。
「あ……、その、体躯で……日本語の音素を、どう……発していますか?」
言葉は、恐怖で詰まるが、論理的な質問だけは、かろうじて口からこぼれ出た。
ハスキー犬はため息をつき、これを否定する。
「オレは犬じゃねぇ、狼だ。ライカンスロープなんて珍しくもねぇだろう? オメェのようなユマン種ってのは、いっつも不躾で困るぜ」
狼。たしかによく見ると、ヨーロッパに生息するオオカミのように鋭い目つきだ。だが、なぜ日本語を喋っている? 僕がイタリア語を喋っているのか? じゃあ、なぜ二本脚の狼が人語を喋ることができる? そんな声帯は有してないはずだ。
茶色い毛並みの狼はライカンスロープと言っていた。
ライカンスロープってなんだ? 学生時代におとなしいグループにもっと話しかければ良かったのかもしれない。彼らは独自の知識を有し、彼らなりに楽しく青春をしていた。僕にはなかった青春だ。
「……ライカンスロープってなんですか?」
狼は両手を大げさに挙げ、僕の質問にお手上げのようだ。
「坊っちゃんかよ、めんどくせぇ。ライカンスロープってのは、オレみたいな狼と人間の合いの子、つまりは半狼半人の獣人だよ。常識だぞ、ヒョロガリ」
なるほど、それがここでの『普通』で『常識』なのか。だが、動物が喋るなんて信じられない。
「ありがとうございます。えと、僕は
メガネを掛け直し、骨ばった左腕を掴む。就職祝いにもらった腕時計は時を刻んでいなかった。ルールに縛られたこれまでが変わることを教えてくれていたのだろう。
狼さんはうなだれながら名を教えてくれた。シルヴァという男性なのだそうだ。
ここはエトルス族が住む、ウルシナ国。獣人たちが暮らす国で、長い間戦争に明け暮れていたが、ここ百年でようやく平和を取り戻したのだという。
しかし、シルヴァさんは僕を臭いという。僕からすれば、獣人であるシルヴァさんのほうが洗っていない犬のにおいで臭いのだけれども。それが『普通』であるなら、僕はここに合わせないといけないのかもしれない。
「しかしよぉ、廃墟でユマンを見つけるなんて考古学的に大発見じゃねぇか! しかも、常識知らず! こいつはオレもいっぱしの学者様になれるモンよ」
よく見ると、くたびれたバッグには茶色い紙の束がいくつか刺さっていた。
「あの、ここが廃墟で、シルヴァさんが考古学者なのは分かったんですが、僕、そんなににおいますか? よければ香水をわけてもらえると有り難いのですが……」
彼はずっと僕の体臭を至近距離で嗅いでいる。そして耳をピンと立てて、尻尾をゆらゆらと揺らしていた。鼻先が僕の肌に触れるたび、ひやりとした感覚が肌の上を走るようだった。
「おう、ユマンにしては変なにおいなモンでな。あー、習性みたいなモンだからよ、ちったぁ我慢してくれ。で、香水なんざ、獣人にはご法度だぜ。鼻がきかなくなっちまう」
このシュールな状況は、『普通』なのだろうか。近所で散歩しているペスに似ているなと思う。
「僕はイタリア語を喋っているわけじゃなく、シルヴァさんが日本語を喋っているわけでもないんですね」
「? 知らねぇよ。オレらは共通語を喋っているだけだよ」
この間もシャツのにおいを嗅ぎまくられている。脇の下を入念に嗅がれると、僕の毛穴からは汗が飛び出しそうだ。
「じゃあ、英語なんですかね? それにしても、その喉でどうやって発声しているのでしょう? 文字は書けますか?」
僕の言葉にシルヴァさんの鼻が止まる。ガサゴソとメッセンジャーバッグから羽ペンとインク壺、茶色い紙を取り出し、サラサラとペンを滑らせた。
“Haec est patria Ursina. Ego Silva sum. Noli me irridere.”
(ここは「ウルシナ国」。俺はシルヴァだ。馬鹿にするな。)
これは、ラテン語だ。ああ、ラテン語じゃないか! そうだ、さっきの文字もエトルリア語だった。
「ケン、お前は共通語、書けるのか? 文字すら読めなさそうなガキだから……えぇっ?」
“Bene, Domine Silva. Nomen meum est Kenichi Sato. Latine igitur loquor, lego, et scribo?”
(わかりました、シルヴァさん。僕は佐藤健一と言います。では、ラテン語で話したり、読み書きしているのですね?)
僕が日頃培ってきたラテン語の読み書きがここで役立てるとは。この世界は僕がいた世界の規則にも従っているようだ。でも不思議だ。こんなに口語的な文章までスラスラ書けるなんて。
「ま、ニホンだかイタリアだか知らねぇけどよ、最低限の文化的な生活はできそうで安心したぜ。あと、ラテンってなんだ? 高等な教育は受けているのに、常識を知らないなんて、不思議なやつだな」
彼の尻尾は感情豊かだ。そっぽを向いても、僕に感情を教えてくれる。日本ではこんなこと、あり得なかった。
「さてと、この遺跡は生活の場のようだな」
僕がいた建物は、かつて栄えたエトルス族の祖先の住処のようだ。
シルヴァさんは天井に鼻を向けて、においを嗅いでいる。かなり昔なのに、においで分かるのだろうか……?
「あの、古代の人のにおいなんて分かるんですか?」
彼はハッと笑い飛ばし、耳をピクリと動かした。
「分かるわけねぇよ! だから言ってんだろ、習性だって。オメェ、ユマンっぽいのになんか違うよな」
きょとんとする僕を放置し、彼は言葉を続ける。
「あー、まぁ言い過ぎたかもな。野営地にいる仲間からも、すぐに嗅ぐ癖をやめろって言われてんだった。これはな、オレだけの癖かもしんねぇ。こうやって、遺跡のにおいを嗅ぐと、不思議とその時代に溶け込める気がするんだ」
どうやら獣人全員がクンクンする訳ではないらしい。曰く、あまりに必要に鼻に頼るのは野蛮なのだとか。これも時代の流れだよなと、うつむくシルヴァさんの後ろ姿は寂しそうに見えた。
陽が傾き、鳥たちがねぐらに帰る頃、僕とシルヴァさんは野営地に向かっていた。こんなに長い間、彼の体臭を我慢していたなんて、自分でも驚いている。それもこれも、自分がラテン語を完璧にマスターしていると思っていたからだろう。
「そういえば、『ユマン』ってなんですか? 文脈から察するに、人種でしょうか?」
背中に夕日が当たって温かい。こんな経験は高校以来だ。
「あー、ヤツらは人間って言ってんな。ま、お察しの通り種族名だよ。オレらは知的生命体以外を区分するだろ? それと似てるな。人間っていうと、ユマン以外の種族も含めるから、ユマンのヤツらはちょっと排他的なんだよ」
そう言うと、頬を掻く。
「神さまはユマンから作ったから優等種なんだとさ。あー、野営地に着いたら、ちょっと気まずい思いをさせちまうかもな」
「なんでですか?」
彼がため息をつき、しばらくの間、無言が続いた。
その後、シルヴァさんは僕に向き合い、真剣な声色で返す。
「野営地には獣人しかいねぇ。ユマン種は煙たがられている。つまりは、分かるな?」
僕の頭の中は『?』でいっぱいだった。それを悟られたのか、彼は少し笑ったような気がした。
「……まぁ、がんばれ」
夜風が背中を冷やす。荒廃した文明を僕らは歩いていく。
僕らの影が闇夜に隠れた頃、焚き火の明かりがまた足元に影を落とした。
「……あー、遺跡で見つけた人間のケンだ。着の身着のままで遺跡の中でぐったりしていたので、保護してきた」
ざわり。猫の獣人も、トカゲの獣人も、羊の獣人も……。僕をしかめた顔で見つめてくる。
この感じ。新学期の自己紹介を思い出す。
みんなの視線が僕に集まって、僕は尻込みしそうになる。
「ケン、みんなは考古学チームのメンバーだ。左からカー、アティス、ユノ、ティベルだ。紹介はしきれないから
肩も背中も、腕も足も。指先まで石になったみたいになったが、ここでは僕の自己紹介が『普通』だろう。世界が変わっても、きっと変わらない。
「僕は、
ニホンって何? 不思議なにおいのユマンだな。早く肉、食いてー。ラテンってなんだ?
そんな言葉が耳に入ってくる。カクテルパーティー効果なのかな。見定めるような声ばかり拾ってくる。
「っんん! こうは言っているが見ての通り、少し浮世離れしたところもある。知らない土地で不安も大きいのだろう。みんな、しばらくの間、彼のことを頼むぞ」
シルヴァは気まずそうに尻尾を股の間に隠している。なにかマズイことでも言ってしまったか。
パチンッ! 肉汁が薪に当たって爆ぜた。その音にビクリと身をよじらせ、耳を塞いだ。
「まぁ! ケン君と言ったかしら? 私たちにちょっと驚いたみたいね。私はユノ。見ての通り、ファウナという種族よ」
羊の獣人が話しかけてくる。見た目は人間の女性だが、下半身は羊のものだった。
そして、僕の背中をさすり、手に持っていた毛布を肩にかけてくれた。
あれ? でも神話ではファウナこと半人半獣のファウヌスの女性版は、ヤギだったよな? でも、親切にしてもらったし……まずは、感謝を伝えるのが『普通』のはずだ。
「ファウナ族のユノさん、ということですね。親切にしていただき、ありがとうございます! えっと、羊さん、ですか? ギリシア神話の本ではヤギだったように思いますが……」
おずおずと尋ねると、彼女の丸くなっていた瞳孔が横一線に縮む。
「……シルヴァの言う通り、浮世離れしているみたいね。いいのよ、気にしてないから。さぁ、一緒に夕飯にしましょう! 初日だから、いい肉を研究室から持ってきたのよ」
僕は親切なユノに言われるがまま、丸太に腰掛けた。
「ユノ、なんでなんの取り柄もないプライドだけのユマンなんかに気を遣う? 利益なんてないじゃないか」
根菜っぽい具のスープをすすっていると、トカゲの人のヒソヒソ声が聞こえてくる。
「え、だってシルヴァに気に入られて、
美しい顔のユノは輝く笑顔でそう答えた。
アティスと呼ばれたトカゲ人は、シュルリと細長い舌を出すと、
「さっすが、腹黒ユノだ! おっと、そう怒るなって」
僕にはユノは笑っているように見える。彼には違うように映っているのか。
焼けた肉は鶏肉の味がした。
草食動物のはずのユノさんも美味しそうに頬張っている。
「んー! 野営の醍醐味よね。ケン君はちゃんと食べてる?」
「あ、はい。とても美味しくて、僕にはもったいないくらいです」
アティスさんは僕らのやり取りを見て、鼻で笑っていた。
「ハッ、お客様だからな。だけどもこれからどんどん質素になっていくからな。いざとなれば、お前を食っちまうかもなぁ!」
大げさに両手で脅し、僕を怖がらせる。
「うふふ、痩せているから出汁にしか使えないわよ! あ、冗談だからね? アティスは悪い人じゃないからね!」
ユノにそう言われても、獣人がいる以上、僕のような人間も食肉になる可能性が捨てきれないかも。もしかすると、今食べている『鶏肉』もハーピーのような鳥獣人の肉かもしれない。
さっと血の気が引いた。
「やめとけよ、アティスにユノ。こいつの顔を見ろよ。真っ青じゃないか」
猫獣人の男が遮る。
「おう、ユマン。カーはカーっていう名前。見ての通り、バステトって種族。猫。砂漠から来た」
確かに服装はエジプトの民族衣装であるガラベーヤというワンピースのような格好だ。
だけどバステト? あれは女神のことじゃないかな? でもまた失敗しても良くないから黙っておこう。
「バステト族のカーさんですね。覚えておきます」
方言なのか、接続詞が少ない。不思議な黒猫さんだ。
「一気に覚えても、疲れる。カーは心配する」
「えー? カー、親近感、感じちゃっている? 田舎モンだもんねー」
ユノさんの言葉に表情、尻尾ひとつ動じない。なんだかかっこいい人だ。
「ぶっひゃっひゃ! ちげぇねぇや! ユマンには分からせてやるべきだぜ?」
アティスさんはシュルリと舌を出し、大笑いをする。
「この肉、美味しいですね。ハーピーの肉なんでしょうか?」
「…………」
あれ? 僕は間違えたらしい。僕の言葉にメンバーは静まり返ってしまった。
ふと、横を見ると、遠くで話に加わっていない獣人さんの中に羽の生えた男性が目に入った。
「あ、いや! 僕っ……!」
「ケン、これは飼育しているニワトリの肉だ。鳥獣人の肉なんかじゃない。ま、ユマンの一部には獣人の肉を珍味として食うから、間違えただけだよな?」
シルヴァさんが僕に割って入る。
「ユマン、というのは分かりませんが、アティスさんが僕を食べるって言ったので、てっきり共食いをする文化なのかと思いまして……」
アティスさんの顔が曇る。シルヴァさんがアティスさんを睨み、げんこつを食らわせていた。ユノさんは下を向き、知らない風だ。
「アティス! オメェの悪い冗談は別種族には伝わりづらいんだよ! 仲良くなりたいなら、素直に伝えればいいだろ」
狼の怒りはユノさんにも向く。
「ユノもユノだ。さっきから聞いていれば、度が過ぎるぞ。アティスをたしなめずに、焚きつけるなんて、言語道断だ!」
叱られた二人は小さくなってしまう。
僕は焦って事態の収束に努めようとした。
「違うんです! もとの世界でも僕は冗談が通じなくてっ。だから、僕が悪いんです!」
シルヴァさんが大きな手で僕の頭を乱暴に撫でる。小さい頃、撫でてくれたお父さんを思い出した。
「シルヴァ、カーは近辺で見つけた。これ、古代人のもの。分かるか? ケンでもいい。なにか、分かるか?」
カーさんは僕らのやり取りを意に返さず、話に入ってくる。そして僕にも話を振ってくれた。やっぱり、彼はかっこいい人だ。
カーさんは、懐から金属板を取り出した。エトルリア語と思しき文字が刻まれていた。
「……碑文か。しかし、ミミズが走っているぜ。オレらの文字とは似てるけど違うな」
狼はあごに手を置き、悩んでいる。
「! それはあの建物で見た壁の文字と同じです」
僕は思わず叫んだ。
「ケン、分かるのか?」
またみんなの注目を浴びてしまう。
震える手で金属板を受け取ると、僕は思考する。
イタリアの先住民であるエトルリア人が使用していた言語。僕のいた世界でも死語にはなっているものの、エトルリア語起源と推定される語が存在する。
アリーナ、ベルト、スタイル。これらは日本語にも使用されている。
「書字形式は右から左が基本ですが、古いものだと
“APRILE's ARNT TARQUINIA CEZNALC. TIVR MENI LARTH TURUCE ZILACNIAL. LARTH LUPUCE. VEL TARQUINIA VELTHUR's ACIL.”
はじめのAPRILE'sはおそらく、四月のことだろう。ここに属格を示す接続辞がついているので、VELTHUR'sも注目したい。これは兄弟を意味しているはず。
次に-CEや-LC、-Cの定形動詞の語尾だ。TURUCEはTURU(与える)なので、意味は与えた、奉納したになるだろう。
それらのピースをラテン語に訳すとこうなる。
“Aprīlīs Arruns Tarquīnia obiit.
Tiberius Mēnsis Larth dedit magistratūs, occīsus est.
Larth Lupercus est. Vel Tarquīnia Velthurs sepulchrum fēcit."
つまり「四月にタルクィニアのアルンス王は死んだ。翌月、ラルトは役職を得るために奉納し、殺された。ラルトは狼である(または、苦しんだ)。ヴェルはタルクィニアでヴェル兄弟の墓を造った」になる。
僕はこの翻訳をみんなに説明した。
金属板は古ぼけてはいたものの、指でこするとピカピカになった。これは……金で出来たものなのかもしれない。やった! これは紀元前のものだ!
歴史的発見に……! ――瞬間、アティスの冷ややかな視線が僕を貫き、喜びは氷のように消えた。
「……つまり、この碑文は古代の王政に関わる貴重な文献なのか?」
シルヴァさんは目を大きくしていた。アティスさんはつまらなそうにこちらを見つめている。
これで僕が食べられる心配がなくなったかもしれない。
「おいおい、なんでこいつの味方しちゃってんの? こいつはユマンだろ。俺らはこいつらに家族を殺された、
アティスさんに声をかけられたティベルさんこと、ハーピー族の男性は首を振る。
「わたしはアティスの意見には一部、同意をするよ。わたしの前でハーピーの肉を食べさせられているかなんて、普通は聞かないからね。だが、ケンの知識はこれからの調査に役に立つだろう」
白人男性の上半身に背中に羽。下半身は猛禽類のような見た目の半人半鳥。この世界でのハーピーとは、女性の見た目ではなかったようだ。
「カーもティベルと同意見。ケンは非常識。だけど、知識、ある」
黒猫は金色の目でこちらを見据えている。僕の本心も全部、見透かされているような気分だ。
アティスさんは僕らを置いてテントの中に消えていってしまった。中から大きな音がしたので、僕はビクッと体が跳ねてしまう。
「んー、利用しない手はないかも。嫌な意味じゃないわ。これは調査のために必要な人材だって言いたいの。私は
ユノさんはそう言いながら僕の両肩に腕を置く。僕は彼女の牧場的なにおいに鼻が曲がりそうだった。頬を引きつらせ、僕は意を決する。
「みなさんの役に立ちたいです! 僕は常識がなくて、変な人間です。でも、日本では博物館の裏方として、古代文字の解析に携わってきました。ユノさんの言う通り、僕をぜひとも『利用』してくれませんか?」
できるだけ誠実に。ここで捨てられたら、社会に、この世界に置いてけぼりになるかもしれないから。
ユノさん、彼女は蠱惑的な魅力のあるファウナこと羊獣人さんだ。正直、彼女の真意は分からない。口元だけに微笑みをたたえ、目は笑っていない。
カーさん、砂漠から来たバステト族。黒猫の見た目の獣人さんだ。彼は無口ながらも知性を感じさせる、思慮深い人だ。
ティベルさん、彼はハーピーという鳥獣人。青い目の典型的な白人男性の見た目なので、宗教画の天使のようだ。
シルヴァさん、彼は狼の獣人。僕を救ってくれた人だ。
みんな僕を吟味している。決定権はシルヴァさんにあるようで、皆の視線が狼に移る。
「……ケン。オメェの知識がここで役立つのは事実だ。でもな、オレが助けたのはそれだけが理由じゃねぇ。単純に困っている人間に手を差し伸ばしただけだ。だから、恩義なんか、感じるな。オレはオレがしたいようにしただけだ」
コホンと咳をつき、僕に手を伸ばす。
「ようこそ、チーム『エフォシ』へ。オメェもしたいことをしろ。オレもそうするから」
――エフォシ、ラテン語で発掘を意味する“Effossio”から来るのだろう。
僕はこの世界での足がかりを得た瞬間だった。
君には通じない冗談と、僕にしか読めない碑文 江藤ぴりか @pirika2525
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