2.落ちてきた月

 ようやく光が収まりつつある広大な砂漠の中、砂を蹴散らし、ラズールは予想をつけた場所へとバアルを駆らせる。


(南東に四キロ。巨人の手のあたりか)

 

 黒駱駝に似たバアルは、普通の駱駝よりも足が速く、体力も桁違い。だが気性の粗さも随一だ。

 

 この大砂漠で魔物と恐れられていたバアルは、調教し慣らせラズールの望む形の駱駝の形に定着した。


 その前は、あらゆる魔物に姿を変え、脅そうとしてきたが捕まえた三年前から調教し、今ではラズールの欠かせない相棒となった。

 もっとも美人にならなかったのはなんでだ。一応雌なので、かなり気の毒だ。自分がそこまで至らなかったせいだろうか。

 

 走りながらバアルの耳元で「済まなかったな」と囁いて、目隠しを外すと、彼女はブルリと首を振る。

 

 ようやく、といった顔で鼻息を荒く吐いて、文句を言うように歯をむき出しにするから、前を向けと首を叩く。 


 この大砂漠では、巨大化し特殊能力が付加された獣や生物――魔物が、我が物顔で土地の主とばかりに跋扈している。

 バアルは、その中でも上位の魔物なのだろう、その凶悪な面と相まって他の魔物避けになっている。

 とはいえ、バアルがいても魔物が絶対に現れない保証はない、警戒は充分にしなければいけない。

 

 ラズールは警戒を深めながら、バアルを走らせる。

 


 暫くすると、巨人の手とラズールたちが勝手に呼んでいる岩が目の前に現れた。

 巨人が何かを掴もうとするかのように五本指を砂に突き指している、異様な形の岩だ。

 

 ここら辺りのはずだとバアルを止めて、夜空を見上げる。

 

 あの時、月を遮ったのは次元の割れ目――門。

 その出現の兆しが見えるのはラズールの特別な目だけ。それが他の盗賊を出し抜ける理由だ。  

 

 門からは遺物が現れる。遺物は、現在の文明では解明できない謎の代物で、特殊な力を有していることが多い。それを、お宝と彼らは称していた。

 

 とはいえ、いつも素晴らしいお宝が現れるわけじゃない。

 むしろ、門からは魔物や死体が出てくることもある。

 

 だから危険を犯して出現を待ち構えるより、正体を確認してから拾ったほうが無難だ。だがそうするとお宝の獲得競争に負ける。

 

 今回は、出現と同時に攫うことを決めていた。

 それは、特別な宝だと予言されたからだった。そして、ラズールにやけに敵愾心を燃やすジャファルも動くだろうとラズールは予測していた。

 

 ――勝敗はあの通り。後は出現したお宝を手に入れるだけ。



(あの門の大きさ、かなりの質量のものが落ちているはず)

 

 門の出現場所からすると、ここがお宝の落下地点として、一番可能性が高い。

 

 ラズールは巨石を見上げる。

 

 この巨人の手も遺物だ。

 ラズールが生まれる半世紀も前に、いつの間にか現れたらしい。素材は不明だが、重すぎて誰も掘り出せず、ただ砂漠を行く者の目印として存在している。


 バアルを降りて、人差し指から巨人の手首まで登り、頂上の滑らかな切断面に立ち頭上を見上げたラズールは、目を凝らした。

 

 僅かに視界が揺らいで、風が凪ぐ。まるで大気が味方するかのように唐突に砂風が止み、視界がクリアになる。隠されていたものが、いきなり動きだす。


 「まさか、っ、て、待てよ!」

 

 舌打ちし、巨人の指から滑り落ちバアルに飛び乗ると、嫌がる彼女を宥めて砂地を駆ける。頭上に黒い影がさす。視界が明瞭になった星空から落ちてくるのは人だ。


 バアルを止めて砂上に飛び降りたラズールを待っていたかのように唐突に、人影はゆらりゆらりと落下し、伸ばしたラズールの腕の中に収まる。

 

 銀の長い髪が絹のように柔らかく広がり、肢体を隠す。

 

 卵型の顔は小さく、ラズールの手で覆い隠せるほど。

 

 華奢な体躯、腰は細く、胸は綺麗な双丘を描く。

 

 ――何かの罠か? それとも神の慈悲か? ジンの誘惑なのか?

 

 考えても全くわからない。頭が麻痺する。

 まさか魔神が化けているのじゃないだろうか。


 これは魔物で、目を開けて突然噛み付いてくるのじゃないか。


(こんな人形のような、大人しそうな顔をして?)


 男としては喜ぶべきだろう。

 美しい女が、腕の中に飛び込んできたのだ、


 ――裸で。


(怪しいだけだろ!)


「つーか、予言が当たりなら、お宝って……人間、か、よ」


 動じることがないと言われるアイスブルーの瞳を見開いて、ラズールは呆然と少女を見下ろした。




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