第6話


「大きな溜め息だな」

「……ルディ」

「何かあったのか?」


 一人にして欲しいと、お茶の準備だけお願いして、アンナには下がってもらっていた。

 一人の空間で悶々とダニエルと外出した日のことを思い出していたからか、ルディが入ってきたことにまったく気がつかなかった。


「別に、何も」


 ルディは近くの椅子に腰掛けると、私の返答に片眉を上げた。


「あのなぁ、何年一緒にいると思ってんだ」


 はあ、と大きな息を一つして、ルディは私の手元を指差した。


「フィーが甘いモノ食ってる時は大抵、何か嫌なことがあったか、落ち込んでる時なんだよ。幼なじみ舐めんな」


 私は自分の前に広げられた甘い菓子の山に、視線を落とした。


「……女性はこういうのが好みなんだそうよ」

「はぁ? 何だ、それ?」


 ルディは眉間にシワを寄せ、怪訝な顔をした。

 私は摘んだままでいたチョコレートマカロンを口へと運んだ。


「好みなんて、人それぞれだろ? 女だろうが男だろうがそんなの関係ない」

「…………」

「女が甘いモノ苦手でも、男が甘いモノ好きでも――好きなものは好きだし、苦手なものは苦手なんだから仕方がないだろ。誰かの価値観に合わせて、無理する必要はないと思うけど」


 ルディの言葉に、私はハッと気がついた。

 初めて目にしたダニエルの表情に動揺して、彼の“当たり前”に寄せようとしすぎていたことに。


「そう、よね。ありがとう、ルディ」


 これからは自分の好きなワンピースを着て、自分の好きな色にしよう。

 私は口いっぱいに広がっていた甘さを無糖の紅茶で洗い流した。


「何かあれば、何でも俺に言え。愚痴を聞いてやることくらいしか、できないけど」

「……わかったわ」

「わかれば、よろしい」


 ルディはニカッと笑うと、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「ちょっと! もう子どもじゃないんだから、それやめてよね。髪が乱れるでしょ!」


 私は編み込まれた髪がぐちゃぐちゃになっていないか、手のひらでポンポンと押さえるように確認した。


「大丈夫だよ、気にしなくても。ここには俺らしかいないんだから」

「そうだとしても! 気になるものは気になるの」

「はいはい、気をつけますよ」


 ルディは私の前に積まれた菓子から、ラズベリーのマカロンを摘むと口の中に放り込んだ。


「あ! 気をつける気ないでしょ!!」

「だって、もうクセになっちゃってるからなー」


 もぐもぐと口を動かしながら、悪びれる様子もなく次の菓子へと手を伸ばした。

 私が唇を横に引くと、ルディは伸ばした手の方向を変えた。

 いつの間にかテーブルの隅に置かれていた箱を手に取ると、私の目の前に差し出す。


「これは……?」

「土産」


 これで話を逸らそうという魂胆なのか、と思いながらも、その箱から溢れ出る香りに抗えそうにない。

 ゴクリと喉を鳴らしながら、箱を開ける。


「うわぁ……美味しそう!」

「だろ? フィーは絶対好きだろうなと思って。それにそろそろそういうガッツリなやつ、食べたくなるだろうと思ったし」


 兄から頼まれた書類を王城まで届けに行ったらしく、その帰りに王都の街でテイクアウトしてくれた。

 私が前回、食べたかった系統の食事だ。


 ルディは私の前から菓子の山を退けると、箱の中の料理を手際よく並べた。


「さ、どうぞ。セラフィーナお嬢様」


 お仕事モードのルディの所作に少しドキリとするが、それを気づかれないように取り繕ってみせる。


「いただきます」


 一口頬張ると、甘辛く味付けされた肉の旨味が口の中いっぱいに広がっていく。


「んーっ! おいひい!」


 久々に食べた肉料理。しかも、念願だった街のお店の料理に、私は思わず頬を押さえた。

 そんな私の様子に、ルディは満足そうに微笑む。


「大衆向けだけど、人気の店なんだ」

「そうなのね! いつかお店にも行ってみたいわ」

「……機会があれば、な」

「そうね……」


 私たちが二人で出かけることはない。

 だから、そんな機会など永遠に来ないのだ。


「お兄様に連れて行ってもらおうかしら?」

「んー。それはちょっと難しいかもな」

「なぜ?」

「ほら、セドリック様が街に行ったら……」

「あ……っ!」


 兄が学生時代、街に行った際、その容姿から大勢の人に囲まれてしまい、大混乱になったという伝説が残されている。

 昔から兄には人を惹きつける魔法みたいなものがあった。実際には魔法なんて存在しないのだけれど。

 今はその力を仕事に役立てている。


「グランディ公爵家自体が代々そういう体質が生まれる家系みたいだからな」

「え、そうなの?」

「ああ。直系の男子に受け継がれるらしい」

「へぇ……知らなかったわ」


 だから、この国唯一の公爵家なのかもしれない。


「私も男に生まれていればよかったのに」

「え?」

「そうすれば、婚約者にも好きになってもらえるじゃない」


 今までどんなに頑張っても婚約者であるダニエルとの距離を縮めることはできなかった。

 ルディはそれを一番近くで見ていたし、ダニエルが最初から私に好意的ではなかったことも知っている。


「ごめんな」


 悔しそうに唇を噛んで、謝るルディに心が痛む。


(何でいつもルディが謝るのよ? あなたは何も悪くないのに……)


 それを言葉に出してしまったら、泣いてしまいそうで。

 私は並べられた料理を端から黙々と食べ進めた。

 

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