第2話


「兄貴から手紙、来てるか?」

「いいえ。相変わらず、一方通行よ」

「はあ……何考えてんだ、あのバカ兄貴」

「こらこら、お口が悪いわよ」


 十歳からの四年間で、私もルドルフもすでに王立学園卒業程度の知識を修得し、侯爵家での授業は終了していた。

 そのため、ルドルフは学園に入学するまでの二年間、グランディ公爵家で兄セドリックに従事し、領地経営などの実務経験を積むことになった。なので今は公爵家の客室に居候している。

 

「ルドルフ、ここにいたのか」

「セディお兄様」


 太陽の光がガラス屋根から降り注ぎ、ぽかぽかした空間の心地よさがお気に入りのサンルームでルディとお茶をしていると、兄セドリックが美しい金髪をキラキラ輝かせながら、優雅に現れた。


「そろそろ、仕事の時間だよ」

「承知いたしました。セドリック様」


 兄の姿が見えた時点で席を立ち、胸に手を当て頭を下げているルドルフは私の知っているルディとは別人みたいで、いつ見ても新鮮だ。

 この四年で声も低くなり、背丈も伸びて、いつの間にか幼い頃から長身だった私よりも高くなっていた。

 成績も優秀だし、容姿も整っている。しかも、侯爵家次男なので引く手あまただろうに、未だに婚約者はいない。

 きっと言葉遣いが悪いせいだと思っていたが、兄に対しての態度を見ると、それも違うのかもしれない。


「フィーに手紙が届いていたよ。ダニエルから」

「え……?」


 兄は胸元から手紙を取り出すと、そっとテーブルに置いた。

 この半年。私からは月に一度、ダニエル宛に手紙を送っていたが、彼から手紙が返ってくることは一度もなかった。

 それなのに、半年も経って今さら――?


「困っていることがあれば、相談に乗るよ」


 私の微妙な反応に気づいたのか、兄は私の頭をポンポンと優しく撫でた。


「話しにくければ、レティを連れてこようか?」


 兄は学園を卒業後、婚約していたアデライト侯爵家の御令嬢レティシア様と結婚した。

 レティお義姉ねえ様は兄に引けを取らない美貌の持ち主で、幼かった私にも優しく、今も変わらず仲良くしてもらっている。

 昨年には息子エリックも生まれ、今は第二子を妊娠中だ。


 私も兄夫婦のような温かい家庭を築くのが夢だったのだけれど――最近では、本当に夢で終わりそうだと感じていた。


「いいえ、大丈夫。レティお義姉様のお身体に負担をかけたくないもの」

「レティを気遣ってくれて、ありがとう。でも、フィーのことも心配なんだ。たった一人の妹だからね」


 五つも歳が離れているからか、兄は昔から私にとびっきり甘い。

 そんな兄も、私とダニエルの婚約だけは口出しすることができなかった。

 貴族間の契約がいかに重要なものか、理解していたからだ。


(お兄様のことだから、私がダニエルと上手くいっていないことなんてとっくに知っているでしょうし……きっと、この手紙も――)


 普段、私個人に宛てた手紙を持って来るのは侍女であるはずなのに、兄が直々に持って来たということは恐らく内容を先に確認したのだろう。

 封は綺麗に閉じられているが、驚くほど過保護な兄ならやりかねない。――いや、絶対にやっている。


 レティお義姉様に対しても同様の執着――じゃなかった、過保護さを見せていたため、前に一度、窮屈で嫌じゃないのかと、レティお義姉様に問いかけたことがある。


『愛されているっていうことをいつでも感じられて、私は嬉しいわ』


 そういって、ふふっと幸せそうに笑っていた。


(まあ、需要と供給が合致しているならいいのか)


 と、そう思ったことを思い出した。

 息子が生まれて対象者が増えた今は兄の意識が分散されたため、私に対する過保護はだいぶ緩くなってきていたところだったのに。

 きっと今回の件で元に戻ってしまいそうだ。


(はあああーっ)


 心の中で長い溜め息を吐くと、手紙の封を開けた。


『セラフィーナへ。学園が長期休みに入るため、侯爵家へ戻る。君を連れて行きたい場所があるから、外出の準備をしておくように。ダニエル』


 今まで私がダニエルを誘うことはあっても、彼から誘われることはなかった。

 学園に入ったことで、婚約者に対しての感情に何か変化でもあったのだろうか。

 初めてのお誘いに、少しだけ胸がドキリと鳴った。




 ダニエルとの約束の日。

 もしかしたら、夢に近づけるかもしれない。そんな私の淡い期待は――泡となって消えたのだった。

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