第12話 選択の時──揺れる心とユースからの提案

 夏合宿の最終日。

 夕陽が沈みかけるグラウンドに、スーツ姿の男――

 “ユースコーチ”榊原が現れた。


「君が……蓮くんだね?」


「はい」


 見た瞬間、胸の奥がざわついた。

 未来で一度は諦めた“プロの入口”が、

 まさに目の前にある。


「昨日の試合、そして今日の合宿。

 君のプレーはすべて見させてもらった。

 ――正直、驚いたよ」


 榊原コーチは淡々としているのに、

 その言葉は妙に重かった。


「君はうちのユースに来るべきだ。

 地方中学に収まる器じゃない。

 プロレベルの育成環境が必要だ」


 胸がドクンと鳴る。


(ついに……この瞬間が来たのか)


 しかし――

 視界の端には、仲間たちの顔があった。


 圭太は不安そうに唇を噛んでいる。


 大久保先生は何も言わず、

 ただ静かに俺を見ていた。


(……どうする?)


 沈黙を破ったのは、俺自身の声だった。


「すみません。でも……僕はこのチームに残ります」


 部員たちが一斉に息を飲む。


 圭太が涙目のまま固まり、

 大久保先生は微かに目を伏せた。


 榊原コーチの表情は、少しだけ動いた。


「……そうか。理由を聞いていいかい?」


「僕は……このチームで強くなりたい。

 みんなと一緒に、全国を狙いたいんです」


「ふむ」


 榊原コーチは腕を組み、俺をじっと見た。


「仲間のために残る。

 確かに美しい選択だ」


 声は淡々としているのに、

 その“次の一言”がすべてを揺らした。


「しかし、それだけで本気の天才が選ぶ未来としては――

 少し、浅い」


「……!」


 図星だった。


 胸の奥がざわつく。


「蓮、お前……悩んでるだろ?」

 圭太の声が震える。


「蓮。

 お前自身の未来を、ちゃんと考えろよ」

 大久保先生の声も真剣だった。


(そうだ……本当は迷ってる)


 ユースへ行けば、プロへの道が開ける。

 でも仲間と戦いたい気持ちも嘘じゃない。


 どっちも正しい。

 でも――どっちを選んでも“何かを失う”。


 その時。


「蓮くん」


 榊原コーチが、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「ひとつ提案がある」


(……提案?)


「いきなりユースへ移籍しろとは言わない。

 むしろ、それは今は勧めない」


 仲間たちの表情が一斉に変わる。


「まずは――“練習参加”に来てみないか?」


 空気が止まった。


「れ、練習……参加……?」

「移籍じゃないのか……?」

「体験みたいな……?」


 榊原は続けた。


「一度だけでいい。

 君が実際にユースのレベルを感じ、

 “どこで戦いたいか”自分自身で判断してほしい」


「……」


「仲間のために残るのも正しい。

 その仲間のために、強くなる環境に行くのも正しい。

 だが――選ぶ前に“知らなかった”では後悔する」


 胸がズキッと痛んだ。


(知らなかった……

 そうだ。未来ではそれで後悔したんだ)


「蓮。

 練習参加は一日だけでいい。

 もちろん、その後どうするかは君が決めていい」


 沈黙。


 圭太が不安そうに聞く。


「蓮……行くのか……?」


「圭太……」


「俺は、お前に残ってほしいよ。

 でも……蓮の未来を壊すのはもっと嫌だ」


 圭太のその言葉に――胸が震えた。


(圭太……お前……)


 大久保先生が静かに口を開いた。


「蓮。

 行ってこい」


「え……先生?」


「強くなるために必要なら、どこへでも行け。

 俺たちは……蓮が選ぶ未来を支える」


 その瞬間。


 迷いが、決意に変わった。


「……分かりました。

 ユースの練習、参加してみます」


 榊原コーチが微笑む。


「いい判断だ。

 蓮くん、君の未来はここから始まる」


 仲間たちの表情は複雑だったが、

 その目の奥には――俺への期待があった。


(まだ決めるわけじゃない。

 でも、逃げない。

 今度こそ、ちゃんと自分の未来を“見極める”)


 夕陽が完全に落ち、

 俺たちの夏合宿が静かに幕を閉じた。


______________________________

▶ 次回予告


第13話『ユース練習参加──未知のレベルとの遭遇』

蓮が一日だけユースの練習に参加。

そこで待っていたのは、

“中学とは別次元”のスピードと強度だった。

蓮は何を感じ、何を選ぶのか――。

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