第8話逆境の中で咲かせる美しさ

倉庫いっぱいに散乱する装飾品。

ちぎれたリボン、折れた花飾り、潰れたランタン。

まるで嵐が通った後のような惨状だった。


リナは震える声で言った。


「ミリア…どうするの…こんなに壊されてたら、夜会までに間に合わないよ…」


わたくしは膝をつきながら、一つひとつ丁寧に拾い上げた。

手が震えている。

けれど、その震えは恐怖だけではない。


前世のわたくしが見てきた世界。

画面越しに、嫉妬と攻撃で荒れ狂うコメント欄。

思い通りにならなければ怒りをぶつけてくるリスナーもいた。


でも、そこで気づいた。


人は優しさを向けられると驚くほど動いてくれる。


そして、それをミリアとして生かす時が来たのだと。


わたくしは深く息を吸った。


「リナ、皆を呼んできてくれませんか。今ここにいる全員の力が必要ですわ」


リナは一瞬驚いたが、すぐに走り去った。


しばらくして、数名の侍女と若い使用人たちが不安そうに倉庫へ集まってきた。


「これ…全部ミリアさんがやるの?」

「無理じゃないの…?」

「こんなの、普通は数日かかる仕事だよ…」


わたくしは散乱した装飾箱を見渡し、ゆっくりと立ち上がった。


「皆さん、聞いてください。わたくし一人では到底できません。でも、皆さんが力を貸してくださればきっと間に合います。そして…ここにいる全員で作り上げた夜会は、きっと誰より美しく仕上がりますわ」


声は震えていた。

けれど、その震えを包むように、優しく、明るい響きを乗せた。


前世でリスナーたちの不安を和らげるように語りかけた、あの声。

疲れた心をそっと撫でるように、画面の向こうへ届けた言葉。


そのすべてが、今のわたくしを支えている。


わたくしは穏やかに微笑んだ。


「どうか力を貸していただけませんか?皆さん一人ひとりの手が、宝物のように大切なのです」


沈黙が一瞬落ちる。

しかしそのあと、小さな声が上がった。


「…手伝うよ、ミリアさん」

「やるしかないよねうん、やろう!」


侍女たちの顔に、少しずつ光が戻っていく。


こうして、急遽即席の装飾班が結成された。


「ミリアさん、花をどう並べれば…?」


「はい、落ち着いて。こちらに淡い色、こちらに濃い色を。あなたのセンスとても素敵ですわ」


「え、えへへ…」


「ミリア、リボンの束が足りないよ!」


「じゃあ二組に分けましょう。あなたは色合わせが得意だから、この箱の中から似合うものを選んで。大丈夫、自信を持って」


「わ、分かった!」


「ランタンが壊れてる…どうしよう…」


「壊れていない部分は再利用できますわ。一緒に見ていきましょう。あなたの手先、器用ですもの」


誰かの不安な声に必ず優しく返す。

誰かの迷いには必ず前向きな言葉を添える。

相手が気持ちよく動けるように、空気をどんどん整える。


それは前世で

どうしたらリスナーが笑ってくれるのか

どうしたら場が明るくなるのかを必死に考え続けた日々の賜物だった。


気づけば、倉庫はただの作業場ではなく

小さな舞台のように活気づいていた。


そして、美しさが形になり始める…


花飾りが形を取り戻し、ランタンは淡い光を灯し、壁飾りが色づき始めた。


リナが感動して息を呑む。


「ミリア…すごいよ…こんなに綺麗になるなんて…」


「皆さんのおかげですわ。わたくし一人では絶対に無理でしたもの」


そう言うと、侍女たちの顔つきが誇らしげに輝いた。


わたくしは最後の花束を手に取り、そっと呟く。


前世では、誰かの期待に押しつぶされていた

でも今は違う。

わたくしはわたくしの意思でこの美しさを作る


ティアナ令嬢の妨害がどうあっても

心までは折らせない。


こうして、逆境の中でも美しく温かい飾り付けが形になり始めた。


そしてこの努力はやがて

思いがけない人物の目に留まることになる。

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