第11話 人なのか魔王なのか

「貴女。見かけない顔ですね」


 私がお嬢様と第一王子のやり取りに気を向けていますと、視界に紫紺の色が入ってきました。そして黒縁の眼鏡が外の光を反射しています。


 あまりにもの近さに、思わずのけぞりますが、壁際に立っているため、私の背は直ぐに壁にぶち当たります。

 そして、近くに使用人たちからは悲鳴が上がりました。


 先程まで第一王子の背後に立っていた人物がなぜ、私の目の前にいるのですか!それも近いです。


 しかしこの人物に私が話しかけてもいいのか、ちらりとアドラディオーネ公爵に視線を向けようとも、壁と銀髪の人物とに挟まれた状態ではそれも叶いません。


「その者は最近アリアルメーラの侍女に召し抱えた者だ」


 アドラディオーネ公爵が私のことをお嬢様の侍女だと説明してくださいました。

 説明されたのですから、ここから立ち去っていただきたいものです。


「アドラディオーネ公爵。それはアリアルメーラ公爵令嬢の護衛と解釈してよろしいのでしょうか?」


 ……私は別にお嬢様の護衛ではありませんわよ。護衛は護衛担当の者がいます。大抵が厳つい鎧を着ている者です。


「むっ。……いや、押し付けられたというか……面倒を見ろと言われたというか」


 公爵様! それは誰にとお聞きしてもよろしいでしょうか?

 確かに母からアドラディオーネ公爵家に使用人の募集があると聞きましたが、まさか母がアドラディオーネ公爵に直談判をしていたということでしょうか。


 すると銀髪の青年の背後から第一王子の姿が見えました。


「あ! 少し前にハイバザール侯爵子息の愛人問題に切れてボコボコに殴って婚約破棄されたアルベ……」


 銀髪の青年の横をすり抜けて、思わず第一王子に向かって拳を振るっていました。


「いいパンチだ」


 何故か私の拳を褒めて倒れていく第一王子。

 そして、私に剣を抜いて刃を突きつける銀髪の青年。


「王族に手を上げるなど、殺されても文句は言えませんよ」


 はい、そのとおりです。ですから私は、スカートのポケットから、一枚の紙を取り出します。


「殿下が無礼なことを口にしたり、行動を起した場合に対して、一筆をいただいています」


 これは念の為、お嬢様に無礼なことを第一王子が言い、お嬢様との間で収拾がつかなくなった場合の切り札でした。


「国王陛下のサイン入りの許可書です。真実ではないことを口にされるのは甚だしいということです」

「ランドルフ殿下。マリーという方から、しつけのなっていない無礼者には代理人を通じて天誅を下すとありますが、マリーというのはどなたか御存知ですか?」


 やはりこの方は、この国で有名な母の名を知らないのですね。

 第一王子を床から起こしながら母のことを尋ねています。


「父上が恐怖の大魔王だと言っている人だ。俺も子供の頃に何度か会ったが、デコピンで身体が吹き飛んだからな」

「殿下。それは人なのですか? 魔王なのですか?」

「俺は悪魔だと思って……痛っ! 頭が割れる!」


 人の母親の悪口を言う王子には、デコピンでお仕置きですわ。


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