第38話 料理をしよう

「なっ……なんじゃこりゃーーー!!」


 キッチンを見てジェイドは叫び声をあげた。窯も鍋もまな板もナイフも使ったまま、出しっぱなし。洗ってすらいない。床には野菜くずがぼろぼろと落ちていて、液体のような物も零れたままだ。


「なんか汚いわね?」


 キッチンなど一度も見たことが無いフリージアが首を傾げる。


「ベイカーなら毎日毎回きちんと掃除してます! ソニアの奴……!」


 どうやらソニアは料理中散らかすだけ散らかして、後片付けと掃除は全くやらずに帰ったらしい。料理とは片付けまできちんとやってこそだ。後片付けすらしないでよくも料理を担当したいなどと言ったものだ。

 まあソニアはそもそもまともな調理も出来ていなかったが。


「仕方ないですねぇ。ジェイド様、お手伝いしますから今から使うところだけ軽く片付けましょう。本格的な掃除は明日、マリーちゃんとトール君にも手伝ってもらってやりましょう」

「そうだな……」


 本来であれば既に夕食も終わっている時間で、本格的な掃除を始めるには遅すぎる。調理台の上と道具の洗浄だけさっさと済ませ、ジェイドは食糧庫を確認した。


「卵とラード、くず肉と玉ねぎ、まあこれなら何とかなるかな」


 じゃがいもでもあれば良かったのだが、芋は転生してからまだ見たことが無い。トウモロコシとトマトもまだ見たことが無いので、アメリカ大陸原産の野菜は無いのかもしれない。

 玉ねぎの皮を剥き、ナイフでみじん切りに。同様にくず肉も細かく刻む。ミンチを作る機械でもあればもうちょっと楽なのだが、多分この世界ではまだ作られていない。


「アザレア、ちょっと魔法で手伝って」

「いいですよぉ。何をします?」

「このかまどに火を入れて、ずっと同じ大きさ熱量の火になるように調整してほしい」

「はーい」


 いそいそとアザレアがジェイドの横にやってきた。


「火の魔法ならお母様だって得意なのに」


 後ろの方でなんだかフリージアが拗ねている気配がする。


「さっきも言いましたけど、火の温度の調整が重要なんですよ。強すぎるとさっきの鳥肉ステーキみたいなことになりますからね」


 アザレアが火の調整をしてくれているかまどに鍋をかけ、ラードを入れる。


「ちょっと火が強いかな? アザレア、もう少し火を小さく」

「はーい。このくらいですかぁ?」

「うん、そのまま俺がいいって言うまで保っておいて」


 煙が上り始めた鍋に玉ねぎとミンチ肉を入れ、軽く塩を振ってかき混ぜる。


「いい匂いがしてきたわ……」


 フリージアが匂いを嗅ぎながらうっとりとつぶやいた。


「胡椒とかあればもっと良かったんですけどね。いい値段するんですよね、胡椒」


 前世、ヨーロッパでは胡椒などの香辛料が高額で取引され、紀元前から中世くらいまで貿易の主要品目だったことはジェイドも知っている。しかしインドでしか取れなかった胡椒が、東南アジアなどで栽培されるようになると価格が暴落したはずだ。この世界ではそのあたりまで行っていないということだろうか。


「胡椒、ダンジョンで取れないですかねぇ。とれたら大儲け出来るんですけど」


 アザレアの言葉にジェイドは苦笑する。


「もしかしたら生えてるかもね。でも、俺は胡椒がどんな風に実をつけるかは知らないから見つけられなさそう」

「ええ!? 知らないんですか!?」


 アザレアがショックを受ける様子にジェイドは首を傾げた。


「俺だって知らないことは結構あるよ?」


 ペッパーミルで胡椒の引き立ての香りを楽しむことはやったことがあるので、収穫済みの胡椒なら見たことがある。しかし胡椒は流石に栽培しようと思ったことが無い。原産地の気候を思えば日本で育てるのは難しすぎる。


「よし、これはこのくらいでいいかな」


 おしゃべりしながら炒めていた玉ねぎとミンチ肉を、一度皿に取り分ける。


「完成ですかぁ?」

「まだだよ。アザレア、火の勢いをもう少し絞ってくれ」

「はーい」


 鍋に再度ラードを入れ、かき混ぜた卵に塩で味付けをして鍋に投入する。固まり始めたところで先程炒めた具材を入れ、ラグビーボール型に整えればオムレツ(仮)の完成だ。バターが無くてラードで代用しているし、胡椒も砂糖も無い。あとぶっちゃけトマトケチャップとうま味調味料も欲しい。なので理想とする味からは遠いだろうが、少なくともまともに食べれる味にはなっているはずである。


「うわぁっ、綺麗ですねぇ……」


 アザレアが感心しているのを流しつつ、さらにもう二つオムレツを仕上げれば、とりあえず今回の料理は終了だ。


「そう言えばこれ、どこで食べます? ちょっとここは汚れてるから別の場所がいいと思うんですけど」


 問いかけるとフリージアがはっとした。よだれを垂らしそうな勢いでオムレツを見つめていたらしい。


「そ、そうね! 誰か来ても困るからお母様の部屋に行きましょう!」

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