第32話 金策を考えよう
翌日の朝。朝食を終え、今日も核石の加工についてフリージアに習うことにする。
「お兄様もう完成しましたの!?」
ジェイドの作った核石を見たクリスティナが悲鳴を上げた。
「いや、普通に作ったんじゃ無いんだ。もっと加工しやすい道具があればいいんじゃないかと思って、道具を先に作ったんだよ」
昨夜話したときにフリージアも見たそうだったので、今日は加工用のヤスリも持ってきている。
「ジェイド、新しい石を使って道具の使い方を見せてくれないかしら?」
「いいですよ」
新しく渡された石を最初に小刀で切って整えようかと思ったが、これは「その技術が無い人間でも加工できるように作った道具」だ。多少時間がかかってもヤスリで最初から最後まで加工してみせたほうがいいだろう。
渡された石を眺めると、大きな丸に小さな丸の出っ張りがくっついた、ひょうたんのような形をしている。この小さい方を削り落とせばいい。
特に慎重に魔力を込めることもなく、ヤスリを往復させる。ゴリゴリと削れていく様子を、フリージアもクリスティナも息を詰めて見つめていた。
「このくらいで大体の形にはなったかな」
数分も頑張って削ると、突起の部分は無くなった。
「す、凄いですわ!」
「これは、どうなっているの?」
フリージアがヤスリを手にとってためすがめつ眺める。
「小刀だと、刃があたっている部分しか削れませんよね? これはこの溝の部分が全て刃の役割をするので、一回こするだけで複数回刃を当てたのと同じ効果があります」
「ふぅん……使ってみてもいいかしら?」
「構いませんけど、手持ちに加工済みの核石が無かったのでつけてないんです。他の魔宝具で魔力を使ってください」
「わかったわ」
フリージアが新しい核石を取り出してヤスリで削り出す。
「凄いわ、削れる量が小刀の比では無いわね」
あっという間に削れていく核石に、フリージアが感嘆の声を漏らす。
「でもこの道具、目新しいものではないと思うんですよ」
「あら、そうなの?」
「貴族が知らないだけで、似たようなものを平民の木工職人なら皆使っているはずです。木材を削り出した後に、ささくれとかを削るのに使うんですよ」
ティムバー領にも大工件家具職人の木工職人がいるが、家具を作っているところを見たことがある。形や素材は違うが、ヤスリ自体は間違いなく使われている。
「貴族出身の人間が木工をやることはまずありませんし、作っている場所を見に行くことも無いでしょう。そして魔力を使えば大抵のものは斬れてしまうので、削ることに特化した道具を求めたりもしなかった。それと、平民が使う道具は魔宝具ではありませんから、この道具を魔宝具にしようという発想も出なかったというところでしょう」
このくらいなら知識チートと言うまでもない。この世界で既に使われていた道具を、魔宝具に転用しただけである。
「そういうことならこれを量産しても問題はなさそうね。でも、これはどちらにすべきかしら?」
「どちら、とは?」
「この道具については秘匿して、領内で核石の生産を行って加工済みの核石を売るか。それともこの道具自体を売りに出すか」
言われてみるとフリージアの考えは直ぐに分かった。前者は金を稼ぎやすいが、技術を秘匿するためのアレやコレやで出費も多くなる。加工をする人員の確保も必要になるし、稼げるようになるまで、事業が軌道に乗るまでが長い。後者であればすぐにも売り出せるが、あまり大きな金にはならないだろう。何しろ実物を見れば同じようなものを真似て作るのは難しいことではない。
「悩ましいですね。秘匿するとなると、これを貴族学院の授業で使うのも駄目と言うことになりますし」
「そこはどうとでもなるわよ。授業では小刀を使えばいいわ。授業だけでは完成できないから、宿題として完成したら後日提出するという話になるはずよ。自室で作業するときだけ使えばいいのよ」
「なるほど……うーん」
うまくやれば産業になるのは確かだが、大体これがジェイドの求める終着点ではないのだ。オートとまでは言わないが、セミオートで加工できるくらいまでは持っていきたい。
「母上ならどちらを選びますか?」
「あら、この事業をやるならジェイドが責任者よ? だからジェイドが好きにしていいのよ」
「そう言われましても」
まあ事業だと言うなら事業計画として考えてみればいい。
まず資本金がほぼ無いに等しく、投資を依頼できる宛もない。原料の仕入れについては、人件費さえどうにか出来れば無限に入手ができる。
実際販売するに当たってはどうか。核石を加工する道具、というのは、貴族が学院で学ぶ際に必ず購入するものではあるが、それ以外だとその仕事に就いている者しか購入しないだろう。
加工済の核石を販売するのであれば、それなりの需要は見込める。現状でも市場に不足していると言っていい状態だからだ。
市場に大量の加工済み核石を流したら、当然目端の利く者であれば出どころを探るだろう。そして楽に加工できる道具の存在を秘匿するか公表するかという話がここで出てくる。
しかし道具だけあっても、未加工の核石を安価に手に入れられなければ同じことは出来ないのではないか?
「母上、未加工の核石って、ティムバー領以外ではどの程度入手できるものなんですか?」
そうなるとキモになるのは資材入手の難易度、となるだろう。
「そうねえ、どこの領でもある程度は魔獣は出るけれど、大体出回っているのはうちかピルバラの核石ね。もう一つのダンジョンは王家と学院で管理しているから、そこから取れる素材が常時流通するということは無いわ。ダンジョン以外に出る魔獣は、あまり強いものも大型のものも居ないから、そちらで量を確保するのは難しいわね。ちなみにだけど、ティムバー領の森は、他の領の森よりも魔獣の数が多いから、ダンジョン以外で取れる核石の流通数もうちが上位だったりするのよ」
大体ジェイドが予想した通りの返答が来て、方針の目処が立つ。
「そういうことであれば、加工した核石を売りつつ、道具の秘匿もしません、ということで良いかと思います」
「その意図は?」
内容に突っ込んでくるフリージアは、領地経営の授業をしているつもりなのか、はたまた領主代理として事業計画の精査をしているのか。
(そう言えば前世で会社員だった時、プレゼンでこんな風に上司に質問されたなあ)
ただの子どもであれば返答に窮する場面かもしれないが、ジェイドにとってはこの程度のことは慣れたものだ。
「手法の秘匿を行おうとすれば、相応のコストがかさみます。人を雇って加工させていれば、その人物が裏切って誰かにバラしてしまうことを警戒しなくてはなりません。大抵こういう場合は、こちらが払える金額よりも多額の給与をちらつかせるものなので、対策はこちらも被雇用者の給与を上げるということになります」
「そうね」
「ですが、確かに加工が楽になったことが事業の発端だとしても、その下地としてティムバーでは未加工の核石の入手が簡単だからこそ事業化が出来る。ティムバーと同程度の投資で核石の入手が出来ないと、道具と手法だけ手に入れたところで、こちらと勝負できるほどの事業にはなりません。状況から考えれば、それが可能なのはピルバラ領だけでしょう」
ジェイドの説明にフリージアが軽く頷く。
「無理に秘匿する必要はない、ということね」
「費用対効果の面から考えればそれが良いと思います。最初は事業を拡大することもせず、我が家の人員で核石の加工を行って販売する、で良いです。そこから余剰資金を捻出して加工を行う作業員の雇用を行いましょう」
「うん、良いと思うわ! それで行きましょう!」
ニッコリと微笑んだフリージアに、ジェイドは微笑み返す。
「ということで、母上とアザレアにもしばらく加工作業をお願いしますね」
「えっ?」
「我が家の人員で、と言ったでしょう? 税を払う目処をつけて新しい事業に投資出来る余裕が出来るまでは皆にやってもらおうと思います。……父上も歩き回れなくてお暇でしょうからやってもらいましょうか」
フリージアがぽかんと口を開けている。多分いきなり仕事を振られるとは思っていなかったのだろう。
「お母様は領主の仕事とか、ほら、ね」
「国に納める税を準備するのは領主の仕事ですね」
ジェイドが間髪を入れずに返答すれば、フリージアがこめかみに指を当てて渋い顔をした。
「意地悪をしたいわけではないですよ。でも必要なんです。ぎりぎり税を納めるだけの金額しか捻出出来ないのでは、領に新しい事業を立てることもままなりませんから」
手元資金を増やす手段は他にも考えられるが、まず最小の人数で短期間である程度の収入が見込めるのがこれなのだ。ダンジョンで採取できる植物から色々加工して売り出すことも出来るが、難点としては流通経路の悪さがある。過去の領主が薪の販売で失敗している通り、運搬が大変であったり、重量が大きすぎたりすると上手くいかない。行商人が受けてくれない可能性があるのだ。加工済み核石は運びやすく値段が高い、現状の最適解だと思う。これである程度稼いで、領の道をある程度の大きさの馬車が行き来できるように整備をしてやっと、他の事業に手を付けられる。
「……そうね、確かに既に加工技術を習得している者なら通常からは考えられない速度での加工が可能だわ。そして既に加工技術を習得しているといえる人間は、限られているものね」
フリージアが諦めたようにため息をつく。
「まあ、加工を始める前に母上とアザレアにはダンジョンで核石を取ってきて貰いたいですけれどね」
「あら、そうなの?」
「肉や皮まで売るので無いなら、オーガブルを燃やしても大丈夫でしょう。核石と、出来れば多少骨を持って来て貰えれば」
「それなら任せてちょうだい!」
途端にフリージアの表情が明るくなる。燃やしていいのであれば、フリージアとアザレアだけで相当な数の素材が入手出来るだろう。
オーガブルの核石は大きい。今練習として使っているものの数倍はあるので、当然加工時間は伸びるが、その分売値には期待ができる。オーガブルの核石を、普通の手法で磨こうとすれば、よほど腕の良い職人でもなければ一ヶ月に二つくらいが限界だ。それをせいぜい二日で作れるようになるのだから、かなりの革新だと言えるかもしれない。
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