第17話 トールとマリーの内心
フリージアに従って邸に戻ると、玄関で執事のモルトが待っていた。
「お帰りなさいませ」
モルトが恭しく頭を下げる。
「出迎えご苦労様。すぐに昼食にしたいのだけれど、準備は出来ている?」
「はい、このまま食堂にお向かい下さい」
モルトはラムズに忠実に仕える執事であり、ラムズの命令が常に最優先だ。ラムズの妻であるフリージアがその次で、フリージアには敬意を払っている。そして3番目が嫡子であったサレンディス、だった。
「ジェイド様」
「えっ、何か?」
ラムズから冷遇されていたジェイドははっきり言えばほぼモルトの視界に入っていなかったのだが、急に呼ばれてジェイドは目を丸くした。
「ラムズ様からのご指示です。これからは私がジェイド様のお世話をしますので、常に私を伴っていただきますようお願いいたします」
「は?」
そんなことを急に言われても……というより、ジェイドが自由に動き回るには邪魔でしかない。大体今まで全く世話なんてされてこなかったのだから、やらせることも無いのだ。
視界の端で、ちらりとフリージアが額を抑えて天を仰ぎ、アザレアが首を振っているのが見えた。二人とも賛成できないようだ。
「申し訳ないが不要だ、俺にはトールとマリーが居る」
ジェイドがはっきりと断ると、モルトはトールとマリーをチラリと見やった。
「そちらの二人は正式に雇い入れたわけではありませんし、当然従者としての能力も知れたものですから。私がジェイド様に付き、そちらはラムズ様に指導いただくのがよろしいでしょう」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。耳が理解するのを拒否した、ような感覚だった。
「……トールとマリーを馬鹿にするな」
思った以上に口から低い声が漏れた。こんなに腹立たしいと感じたのはいつぶりだろうか。
「……ジェイド」
フリージアもジェイドがキレたことに気がついたのだろう、小さく声をかけられる。
「よくも正式に雇い入れていないなどと言えたものだな? トールとマリーの両親は、大して利益にならないこの貧乏領に好意で来てくれていた行商で! 領を治めているティムバー家が責任を持って駆除しなければならなかった、街道にでた魔獣に殺されて! 本来であればそんな事件があったら行商の間で『あの領には行くな』とあっという間に話が広まって、干上がらせられていたはずなんだ!忘形見である二人の面倒を見ることで、その報復措置を止めてもらっている、こちらが頭を下げるべき相手だぞ!? それなのに、給料も払えていないのに好意で従者をやってくれている二人に? お前の頭の中には藁でも詰まってるのか!?」
ジェイドが言い返すのは想定外だったのだろう、モルトが僅かに後退りする。
「ジェイド様」
トールがジェイドの横に並び、マリーがそっとジェイドの手を握った。二人を代わるがわる見れば、少し微笑んでいるようだった。
そして、トールが小蝿を見るような視線をモルトに向ける。
「モルト氏のいう通り、私たち兄妹はこの家とは契約していませんから、どこでどんな仕事をしろなどと命令される謂れは全くありませんね。ラムズ様に対しては恩義など砂粒程もありませんから、支えろと言われてもお断りしますよ」
氷のような声色のトールの言葉に、マリーも追従する。
「そもそも私たち、ジェイド様が学院を卒業して家を出られたら、着いて行く予定でしたし。ジェイド様の進路によってはまた行商に戻ろうかなんて相談してましたし。ジェイド様が気持ちよく過ごすために、ジェイド様に指導されたことは覚えますけど?ジェイド様以外の従者になる予定なんて一切ないので、『ちゃんとした従者』になんてなる意味もないですね」
「ジェイド様がこの家から離れ次第、行商人ギルドに連絡して、ここへの行商を全て差し止めさせる予定だったんですよ、良かったですねサレンディスが消えてジェイド様が嫡子になることになって」
「ええっ!?」
トールとマリーの口撃が、フリージアに流れ弾で当たっている。
「この領、塩も出ないし布どころか糸も無いし金属も輸入するしかないし、行商に無視なんかされたらあっという間に領民が離散して無くなっちゃいますよぉ……」
アザレアも恐々としているようだ。
「モルト。父上の元に戻れ。トールとマリーを俺から引き離そうとするなら領が消えるってちゃんと伝えておけよ」
黙り込んで立ち尽くしているモルトを無視してジェイドは歩き出した。他の者たちもそのままジェイドに着いてくる。
「あのぉ、お兄様」
「ん?何だ」
「行商を来なくすることがトールとマリーには出来る、みたいに聞こえたんですけど、どういうことですの?」
「ああ、そうだな、どこから説明するのがいいか……」
ジェイドが少し考え込んでいると、フリージアが口を挟んだ。
「クリスはこの国の建国王について知ってるかしら」
「ちゃんと勉強したので覚えていますわ!人道王タイヨウでしょう?」
「そうよ。タイヨウ陛下の国策の中心は『人こそ国の礎』、この世界にはそれまで存在しなかった『平民を大切にする』という考えを示した偉大なる王なの」
フリージアの説明を聞きながら、ジェイドは歴史で習った建国王の情報について思いを馳せる。考え方や施策、他の人間には出来なかった奇跡の魔法、総合的に見てタイヨウはジェイドと同じく転生者か転移者かの何方かだろうと想像している。
「タイヨウ陛下の国策で、各領に住む全ての平民について『戸籍』が作られたわ。子供が産まれ、死ぬ、その情報をきちんと記録することになった。そして領民が適正ではない減りかたをしている領の領主は罰せられることになったの」
「じゃあ、行商が来なくなって領民が離散したら、我が家も罰せられますの?」
「それはそうなるわね。でもその前にじゃあなんで離散したのか、となるでしょう? それで最初の質問に戻るとね、領に定住して戸籍に登録されている平民はいいけど、定住していない人たちが戸籍から漏れてしまったの。平民は所属している領に税を納めるけれど、ずっと移動している行商人は税を納める時期に所属の領に居ない、なんてことも起こるから上手くいかなかったのね。それで戸籍がないとなると、『戸籍を持つ平民を害した場合処罰する』という法で守られなくなってしまうの」
「……戸籍がなくても害したらダメ、ではダメなんですの?」
「そうするとそれはそれで問題が色々出てしまってね、出来なかったのよ。気になったならそれは歴史書で調べなさい。それで、戸籍を持たない人たちが協力しあって身を守るために作られた協会が行商人ギルドで、これはタイヨウ陛下もその権利を認めている組織よ」
「……協力しあえば身を守れる、というのがよくわかりません。近くで他の行商人がいじめられていたら助ける、みたいな?」
「もっと大きな枠組みの話よ。例えばさっき出たような、特定の領への出入りを止める。これは本当に全員でやられると貴族に大変なダメージになるけれど、誰も行商に行かないからこっそり行商して高値で売りつけたら儲かるぞーなんて人が居ると成り立たないの」
「あ、確かに」
「だから、ギルドで取りまとめて、『この領は行商人を大事にしていな』とかそういうことが起こった時に、足並みを揃えて報復をするのよ」
「この領は、行商が使用する魔獣の駆除を怠ったから、そういう報復をされる、ってことですの?」
マリーが口を挟む。
「そういう事故はどれほど頑張っても起きる時は起きるので、それだけで行商停止にはなりませんね。事故が起きた時に、被害者に対して謝罪と十分な補償があれば、流通させる品の値上げくらいで収まります。今回であれば、被害者の子である私たちが成人するまで預かって、十分な金銭の補償もして、無事にしっかり育てること、になるんですけど」
「この領、サレンディスが居たでしょう。そのせいでマリーは襲われ、私は障害が残りました」
「ああー……」
頭が痛そうな顔をしたクリスティナに、トールが更に補足を入れる。
「あの時にサレンディスが処分されていれば、歩み寄りの可能性はあったんですが、ラムズ様はサレンディスを庇ったので。これは私たちを無事に育てるという務めを果たしていないし、果たす気も無いと受け取られます。ましてやその当事者、サレンディスが領主を継ぐともなれば、行商人ギルドは全力で領を潰しにかかったでしょうし、王家から何故そうなったかと問われれば、どんなにラムズ様が隠そうとしても行商人ギルドは王家に事実を告げます。そうなれば王家も行商人ギルドの正当性を認めたでしょう。その先は見えていたんですよ」
改めて状況を整理してみると、本当にサレンディスさえ居なければ平和なのにという話だ。しかし、それにしても。
「俺が家を離れる時に着いてくる、と言うのは聞いてたけど、そうしたら実家を潰す気だったと言うのは初めて聞いたな……」
家に残っても、サレンディスが当主では嫌がらせをされながら、領主の仕事を押し付けられて功績は奪われるだけなのは分かっていたので家を出るつもりではあった。しかしそうしたら家に残っていただろうフリージアやクリスティナ、アザレアが苦労しただろうということでは、易々と家を出ることは出来なくなる。まあラムズとサレンディスが苦労するのは自業自得だが。
「ジェイド様が嫌がるかなとは思っていたので、実行前に一応相談したと思いますよ」
いけしゃあしゃあと述べたトールの脇腹を突くと、トールはくすくすと笑った。
「私も兄さんも、最優先はジェイド様なので、ジェイド様が復讐なんて止めろと仰るなら止めておこう、って相談してましたから」
マリーも笑ってジェイドの顔を覗き込んでくる。
「さっき……ジェイド様が私たちの為に怒ってくれて、嬉しかったです」
「ジェイド様、滅多に怒らないですからね」
兄妹に左右から挟まれて、ジェイドは少し困って口を尖らせる。
「怒るに決まってるだろ。俺を嫌って評価しないのはまだいい、血縁なんだし。でも俺自身ではない者に対してまで俺と関わっているからと不当な評価をすると言うなら、それは人を統べる立場の者としては不合格だ」
「そこはジェイド様に対しての評価が不当な段階で、上位者たる資格はないと思いますよ」
トールのツッコミに、フリージアが盛大にため息をついた。
「お母様はちょっと用事ができてしまったわ。あなたたちはこのまま食堂に行って、先に昼食をとってしまいなさい」
「私もフリージア様にお供しますねぇ」
そう告げて二人は行き先を変えて去っていく。その背中を見送って、クリスティナが首を傾げた。
「ねぇ、お兄様?」
「うん?」
「お母様って、とっても美人だし、性格も良いから、若い頃はとっても人気だったと思いますの」
「ああ、そうらしいね、聞いたことあるよ」
クリスティナの想像を肯定すると、クリスティナは更にこれ以上ないと言うほど首を傾げる。
「絶対他にもっと良いお相手が居ただろうと思うのですけど、どうしてお母様はあの男爵様と結婚していますの?」
「……詳しくは知らないけど、恋愛結婚だと聞いているよ」
クリスティナが反対側に首を傾げ直した。
「どこが良かったんですの……?」
「さあ……」
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