第11話 魔獣出現!

「二人とも、そろそろ魔獣が寄ってきたわよ。集中しなさい」

 フリージアの指示で前方の暗がりに視線を向けると、赤い目を光らせた巨大なネズミの群れがいた。

「イビルラットですねぇ。噛まれると痛いですよ〜」

 アザレアが呑気に解説する。

「アレがイビルラット……大きなネズミだと聞いてはいましたけど、本当に大きいですわね。私の頭くらい有りますわ」

 初めて魔獣を目にしたクリスティナが少し慄いている。

「ここはお母様がやるわね。"フレイム=スロウワー"!」

 フリージアが火炎放射の魔法を使うと、イビルラットの群れは全て燃え上がった。

「……オーバーキルでは?」

 一瞬で全て消し炭にしたフリージアにちらりと視線をやると、フリージアは視線を逸らしながら作り笑いを浮かべた。

「あ、安全第一だもの!」

 火力が強すぎた自覚はフリージアにもあるようだ。

「あいつら数が多いですからねぇ、1匹も後に通したらダメだと思えば間違ってはないですよぉ」

 アザレアもフリージアをフォローする。しかし問題はそこではないのだ。

「今は周囲は全て岩の場所だから良いですけど、これから麦畑になっているところを見にいくんですよね? 今の火力で焼いたら、畑も焼け野原になりませんか?」

 しかしジェイドが容赦なく懸念を挙げると、二人とも沈黙した。

「あの、ジェイド様。そもそもの疑問なのですが、ダンジョンの中のものは収穫できるんですよね?」

 口を挟んだトールに頷く。

「そうらしいね、このダンジョンで実際に採取をしたことがあると、過去の領主の日記に書いてあったよ」

「でも、ダンジョンって破壊が出来ないと聞きました。ダンジョンに生えている植物の採取は、ダンジョンの破壊に当たらないのでしょうか?」

「ああ、それはダンジョン学で学ぶことだねぇ」

 アザレアがいい質問だというように頷く。

「ダンジョンの中にあるものは、二つの属性に分かれているんだよぉ。人の手で動かしたり、採取したり倒したりできる『オブジェクト属性』と、何をしても壊すことができない『ストラクチャー属性』の物。簡単に言えば、植物とかの採取が可能なものと、倒すことができる魔獣なんかがオブジェクトで、ダンジョンの壁とか天井、床はストラクチャー」

 アザレアの説明にフリージアが補足する。

「このダンジョンではそうなっているけれど、ピルバラ侯爵領のダンジョンは鉱物資源しか出ないダンジョンでね。ダンジョンの壁の中に採掘して鉱石を取れる場所があったりするそうよ。その場合は壁もオブジェクトね」

「この国のダンジョンといえばピルバラダンジョンですよね。一般冒険者にも公開していて、採取した鉱物の一割を入場料として回収している、稼げるダンジョン」

 ピルバラの名はジェイドも知っている。ダンジョンを持つという、条件が似た領地だから領地経営の参考にならないだろうかと調べてみたら、ダンジョンの性質が違いすぎて何の参考にもならなかった。

「金属類は高値がつきますからね……ピルバラで一山当てた冒険者は1年は遊んで暮らせる、なんて行商の間では良く言われてましたよ」

 トールも噂を聞いたことがあるらしい。

「トールとマリーは、ピルバラに行ったことはあるのか?」

 二人はティムバーで暮らすようになってからはこの地から出たことは無いが、それまでは行商人の両親について各地を移動していたはずだ。

「有りますよ。この領とは全く逆方向というか……みたら驚くと思います」

「そんなに違うんですの?」

「街の中は冒険者と鍛冶屋関係者で溢れかえっていて、街にあるものは鍛冶屋、酒場、宿場ばかり。そして近隣の土地には植物が殆ど生えていなくて、土が剥き出しの土地がずっと続いています。総じて赤茶色の街でした」

「街にいる人や、住人の職は納得できますけど、植物がないというのは何故なのかしら」

 不思議そうにクリスティナが首を傾げている。木の類が無いのは想像できる、燃料として燃やすために恐らく伐採し尽くしてしまったのだ。製鉄には火力が必要で、この世界には魔法があると言っても、大火力を長時間維持できるのは貴族だけだ。そして貴族が製鉄作業に従事することはほぼ有り得ない。

 鉱山ではなく鉱物が出るダンジョンなのだから、雑草すら生えないというのは、鉱毒が流れ出ているということは無いと思うのだが。

「ピルバラでは薪が売れそうねぇ」

 アザレアもジェイドと同じ結論らしい。

「小麦なんかも多分栽培できない環境になってそうだから、食料品もほぼ輸入だろうな。もうちょっと近くにあれば色々売りに行けたのに」

 ピルバラとティムバーは大分距離が離れており、間に穀倉地帯をもつ伯爵領などもある。不足している物資はその辺りから輸入しているのだろう。

「さて、おしゃべりはこのくらいにして先に進みましょう」

 フリージアが手を叩いたのに頷き、再びまとまって歩き出す。

 少し進むと今度はナイトスパロウの群れが現れた。黒くて夜目がきく凶暴な雀の魔獣だ。

「今度は私がやりますねぇ」

 アザレアもフリージアと同じくフレイム=スロウワーの魔法を使うが、火力はしっかりコントロールされている。ナイトスパロウだけをしっかりと範囲に捉え、力尽きたナイトスパロウたちがボトボトと地面に落ちた。

 今度は燃え尽きなかったな……とジェイドは内心で思ったが、わざわざフリージアを貶す必要もない。無言で落ちたナイトスパロウに近づき、拾い上げる。

「魔獣の体内には必ず核石というのがある、って聞いてるけど、こんな小さい魔獣にもあるのかな?」

 核石とは魔宝具を作る際にも、魔道具を作る際にも使われる石だ。核石を加工することで、その石を媒介に人間は魔法を使うことができるようになるし、魔道具などでは電池のような役割を担っている。

「あるはずよ。凄く小さいからクズ石だけれど」

 そんなジェイドの手元に視線を向けたフリージアが回答をくれる。

「クズ石だと、価値がない?」

「価値がないというか、出力量が大きさに左右されるのよ。魔宝具にするにしても、魔道具にするにしても。ナイトスパロウの核石だと、ギリギリ身体強化が発動できるかどうかくらいじゃないかしら?」

「なるほど」

 それでも身体強化が発動できるなら、魔宝具としては使い所はあるかもしれない。魔宝具がなければ身体強化すら使えず、ナイトスパロウやイビルラットにも人間はなぶり殺されるしかできない。でも、身体強化だけは発動出来る魔宝具が手頃な値段で平民も持つことができるなら、倒せずとも殺されないように身を守るだけならできるようになる。

「簡単に倒せる小さめの魔獣から、核石だけ取り出して身体強化しか使えない平民用にするのはありだな」

「うーん、気持ちは分かりますけど、多分売り物にするのは難しいですよ」

 アザレアが問題点を挙げる。

「これだけ簡単に狩れる小型魔獣から取れる核石で作られた魔宝具が何故流通していないのか?と言うと、魔宝具の価格を占める割合として高いのは核石ではなく、加工費の方なんです。ジェイド様もそのうち貴族学院で核石の加工を習うと思うんですけど、これすっごい魔力量を使うんですよ」

「そうなんだ?」

 それは初耳だ。と言うか、授業で習うと言うことはアザレアもフリージアもラムズも加工法を知っていると言うことか。

「歪な核石に魔力をぶつけて、少しずつ削って真球に近づけるんですけど、こーんな、爪の先より小さな出っ張りを削るのに、下級貴族レベルだと一日の魔力を全部つぎ込んでやっとなんです。それこそ形が球から外れていれば、加工はもっと大変になりますよぉ」

「そうね。高位貴族の出の私でも、ナイトスパロウの核石を使えるところまで加工するとしたら、一日に十も作れないわ」

 フリージアのレベルで十も作れないとなると相当だ。

「そしてそんなに魔力量が有る高位貴族は、核石の加工を仕事にすることは殆ど無いし、そうなると職人が圧倒的に足りない……」

「そういうことですぅ。貴族が作業した物を平民が買える金額に抑えるのは無理ですねぇ」

 成程……とジェイドが考え込んでいると、クリスティナが小さな声で呟いた。

「お兄様達の会話の内容がちっとも解らないですわ……」

「価格決定の要素が需要と供給だけではなく経費がと言う話ですからね、後で私から詳しく説明しましょうか?」

「ホント?じゃあトール、後で宜しくね」

 流石に十二歳のクリスティナには少々難しかったようだ。相手をしてくれていたトールに視線で礼を向ける。




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