第10話 ダンジョン探索開始
1時間後、玄関ホールに昨日約束したメンバーが集まっていた。先程までクラシカルなメイド服を着ていたアザレアとマリーも動きやすい格好に着替えているし、トールも執事の服ではなく村人に居そうな格好だ。
トールもマリーも平民にしては容姿が整っているので、そう言った格好になっても見栄えがする。フリージアやアザレア、クリスティナなどは何を着ても美貌は隠せないレベルだ。
「皆、準備はいいかしら。ジェイドとクリスティナも魔宝具は持った?」
「持ちました」
「大丈夫ですわ!」
フリージアの確認に、ジェイドはショートソードを、クリスティナは杖を見せる。
「よろしい。どれだけ魔力があろうとも、魔法の媒介になる魔宝具が無ければ魔力は使えない。こういったダンジョン探索に行く時は当然だけど、普段から出来るだけ魔宝具は持ち歩くのよ」
「はい」
「はーい」
と言っても魔宝具は安いものではない。ジェイドはラムズに魔宝具を買ってもらえず、学院に入ってショートソードを支給されるまではフリージアに譲ってもらった指輪の魔宝具を媒介として使っていた。元高位貴族のフリージアはアクセサリーになっている魔宝具を複数所持していたため、目立たずに所持できるものを譲ってくれたのだ。
魔獣を狩るなどの攻撃魔法を必要とされる場合では、通常は武器の魔宝具を使用する。剣などの直接攻撃をするものだけではなく、魔法を飛ばす媒介としてしか使わない場合も杖を使う。そうすることで「攻撃魔法が使用可能である」ことを周囲に知らしめる意味があるためだ。
魔宝具を持たない人、それはすなわち「魔獣から身を守る術を持たない人」なので、魔獣に相対した際、魔宝具を持つ人間は持たないものを庇わなくてはならない。
「では、ダンジョンに向かいましょう。先頭は私、最後尾はアザレア。トールとマリーは中央に。左右をジェイドとクリスティナで守りなさい。トールとマリーはその囲みから外に出てはダメよ」
フリージアの指示に従ってそれぞれ動き出す。
ダンジョンの入り口は森の中にある。木を伐っても切り株を撤去しても、数日で同じサイズの木が生えてくる謎の森だが、幸いにして、ダンジョンへ向かう道は木が生えてこないルートが存在している。大した時間もかからず、ダンジョンの入り口まで辿り着き、一行は一旦足を止めた。
「これが、ダンジョン」
ジェイドは感慨深くダンジョンの入口を見つめる。この世界に転生し、ダンジョンが存在していると知って以来、いつか入ってみたいとずっと憧れていた存在が、目の前にある。稼ぎが少ない食材ダンジョンと言われているとかどうでもいい、ダンジョンなのだ。
ダンジョンの入り口の周りは木の柵で覆われている。これは勝手にダンジョンに入り込む者が出ないように管理するためだ。そしてその先にぽっかりと口を開けているダンジョンの入り口は大きな岩を組んで囲われており、人工物のように見える。その岩に蔦が絡まって小さな花が咲いていた。
「これからダンジョンに入るけれど、ダンジョンの中はとても魔獣が多いわ。魔宝具は常に構えておくこと。気を引き締めてちょうだいね」
フリージアはそう告げると光の魔法を使用する。同時にアザレアも使用した。
「お母様、私達も光の魔法を使った方がいいのかしら?」
クリスティナの質問に、フリージアが横に首を振る。
「大丈夫よ。学院の授業で習うダンジョン探索術で、最前列と最後尾が周囲を照らす役割を持つ、というのがあるの。だから母様とアザレアはそれ用の魔道具を持ってきているわ」
フリージアの説明に合わせて、アザレアが魔道具を持ち上げてアピールする。鎖で吊り下げられた形のそれは、「キープ」と言う名の魔道具で、その名の通り魔道具に掛けられた魔法を一定時間保つ機能がある。今回であれば二人が使った「ライト」の魔法を維持して照明になっているのだが、魔法を変えればその魔法を維持することが可能で、例えば炎の魔法を使えばしばらく消えない火になるし、風の魔法をかければ扇風機の様に使うことができる便利道具だ。
ちなみに領地にダンジョンを持つ貴族はダンジョンの管理も役目の一つになるため、ダンジョンの探索法も貴族学院の授業カリキュラムに含まれている。貴族学院自体もダンジョンを一つ管理しており、学生はそのダンジョンを探索する実習もある。フリージアやアザレアはそこでダンジョンの探索についてしっかり学んできていると言うことだ。
「ところで聞いておきたいんだけど、クリスはどの程度魔法が使えるんだ?」
光の魔法を自分も使うかと言い出すくらいだ、少なくともその程度は使えるのだろう。
しかし、クリスティナはがっくりと肩を落とした。
「光を灯したり、風を起こして濡れたものを乾かしたりは出来るんです。でも、いわゆる攻撃魔法がちっともできなくて……」
「そうなのか」
魔獣を倒すことが使命である貴族において、それは割と致命的だ。攻撃魔法が使えないなら、その代替手段で魔獣を倒せなくては、貴族と認められない。とは言ってもクリスティナはまだ学院に入学する年齢にも達していない。これからの努力次第で使えるようになる可能性もある。
「……そういえば父上やサレンディスって攻撃魔法使ってるとこ見たことないな」
攻撃魔法は、自分の身体から離れた場所に魔法を飛ばす技術が必要になるが、これは魔力をコントロールする技術が必要な上に、かなり魔力の消費が多い。剣などの武器に魔力を纏わせて戦う方が消費魔力が少なく扱いも簡単なため、継戦能力を求められる場合は武器を使うケースが多い。特に魔力総量が少ないものはまずそちらを選択することになる。
ラムズが魔力量が多くはないのは知っているが、サレンディスはジェイド達と同じくフリージアの血を引いているのだから、魔力量はそれなりにありそうなものなのだが。
「旦那様は攻撃魔法も普通に使えるわよ。魔力量が多くないから使わないだけね。サレンディスは、そもそも魔法の練習をまともにやらないから光の魔法すら発動できなかったわ」
話を聞いていたフリージアが入れた補足に、ジェイドは少し呆れた。
「その状態で良く独りで街道を通ろうと……あ、いや武器に魔力を通すのだけは出来るからか、もしかして」
「そうよ。それが出来るようになってから、旦那様がそれしかやらないのだからそれだけで良いのだと魔法の訓練をサボり始めたの」
サレンディスにラムズが与えた魔宝具の剣は結構良いものだったと聞いている。本人も良く見せびらかしていた。恐らく、剣を使える、という部分がサレンディスの自信の拠り所だったのだろう。
「お兄様は、攻撃魔法は得意なんですの?」
「まあ普通に使えるかな。ただ、俺は魔力の総量はあるけど出力の方が大きくなくて、大魔法は使えない」
魔力や魔法を扱う素質は、基本的にこの世界に生まれた人間は全員持っている。その上で、魔法に長けた人間が、魔獣と戦うために貴族として尊重される立場になる。貴族は魔法の能力が高いものを優先的に高位に取り込んだため、高位貴族は皆魔法の能力が高い。
生まれながらの魔法の素質というものは2つあり、その一つが魔力の総量、もう一つが魔力の出力量だ。この二つは生まれながらに定まっており、後天的に訓練で増加したりすることはない。
魔力は使うと減り、十分な栄養と睡眠を摂ることで回復する。その回復できる最大値が魔力の総量。
一方、魔力を使用する際に、身体から魔力を放出するための魔力の出口の大きさが出力量だ。ジェイドは魔力総量はかなり多いが、出力量はそこそこなので、小さい魔法をたくさん打てるが大きい魔法は扱えない。
逆に魔力総量が少なく、出力が大きいと、大魔法を使おうとして魔力が足りなくなり昏倒した、なんてことも起きる。どちらかといえば魔力総量が多い方がマシだろうとジェイドは思っている。
10話まで進んだのでこれからは1日1回更新になります。
よろしくお願いします。
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