◆stage:1
ミズホ同盟加盟国・ツクシ洲は、温暖な気候を保ちながらも、10月の中旬を迎え、わずかに秋の気配を纏い始めていた。
エリアゼロからツクシ洲に移住してきた被災者本人や被災者遺族、被災者の扶養家族はツクシ洲政府から被災補助を受けている。その為、旧アキツ洲から移住してきた一家に対して妬みや差別心がある地元住民がいないわけではなかった。
ツクシ洲で平和に暮らす少年、天原真白(アマハラ・マシロ)も旧アキツ洲から移住してきた天原鉄(アマハラ・テツ)の息子で、地元愛の強いツクシ洲の人間から、時折、妬みや差別めいた小言を浴びせられるのを見てきた。(そんな父さんも、俺が高校生になる前に、病気で死んだんだけど⋯。)
しかし、生まれてからツクシ洲しか知らない真白にとってツクシ洲に不満はなく、真白自身もツクシ洲が嫌いではなかった。
真白の学校の成績は、周りが持つ彼のイメージよりも結果を出せており、学業と娯楽の両立がうまくできていた。
彼の性格は素直だが、その素直すぎる性格が災いしてか、しばしば同級生や先輩と些細なことでぶつかることもよくあった。だが、その裏表のない真っ直ぐさは、彼を“ワイルド”あるいは“可愛い”と評価する女子も多く、一部の生徒には好意的に受け止められていた。
高校1年生になってからの真白の放課後は、ほとんど必ずと言ってもいいほどゲームセンターに通っていた。
父さんは死んだし、兄ちゃんは最近ますます仕事が忙しくて⋯。
高校生になってからの最近は家に帰っても1人でいる時間の方が多く、つまらなくなったのだ。
それに、一緒に遊んだり、勉強したりするような友達もいない。
小中学校時代、旧アキツ洲から移住してきた家の子であることを理由に心ないからかいを受け、友達のいなかった真白は、高校進学という環境の変化があってもなお、気持ちを切り替えることができず、周囲と打ち解けることができないでいた。
⋯と、まぁ、ゲームセンターに通い詰める理由は色々あるのだが、正直めちゃめちゃハマっているアーケードゲームがあった。
ゲームのタイトルは、“ギアステイツ・サンクチュアリ”
このゲームはSFものに出てくるコックピットのようなデザインの椅子に座り、ロボットに搭乗したような視点の画面を操作して、戦場で陣地を護りながらミッションをこなしていくアーケードゲームだ。
正直自分のプレイは上手いと思うし、成績にあわせて階級があがっていくのも気持ちがよかった。
ワンプレイ200円もするゲームを門限18時(←早いよな。)に間に合うまでの時間プレイしている真白をゲームセンターで見かけたクラスメイトは、「被災補助を受けている金持ちだから何回もプレイできて羨ましい。」だとか「補助金カスタムのエースパイロット。」などと妬み、陰口を言っていた。
このゲームは、ニュース番組で“社会現象だ”と取り上げられており、連日報道されている。そんな世間の子供たちの間で、かなり流行っているが故にゲーム内の高い階級に皆憧れるのだ。
“被災補助カスタム”とあだ名がつくほど毎日のようにゲームセンターでこのゲームをプレイする真白だったが、実は真白は兄にこのゲームのプレイを禁止されていた。ゲーム全般が禁止というわけではなく、何故かこのゲームだけが禁止されていたのだ。
真白の兄・天原錫(アマハラ・スズ)は昔からコンピューター関連にめっぽう強く、プログラミング?というやつも得意だった。(真白には謎のアルファベットと記号の羅列にしか見えず、小学生の時の課題は兄ちゃんが手伝ってくれた。)
そんな真白の兄はサーバーエンジニアとして、このゲームの制作に関わっているのだ。真白の兄は別にゲームクリエイターというわけではないのだが、ゲームの企画元や制作会社の人たちに“優秀なサーバーエンジニア”として参加を依頼されたらしい。
兄ちゃんは自分が関わった作品だから、恥ずかしがって「禁止。」だなんて言ったんだろうな。
真白は兄に「禁止。」と言われたときは素直に了承した。が、約束を守るつもりはさらさらなかった。なぜなら自分の兄が作ったゲームだなんて、もの凄く気になって仕方がないからだ。(ゲームシナリオやキャラクターデザインなどといった、いわゆる花形の仕事ではないのだが、オフィシャルサイトのクレジットに兄の名前が載っていて真白はとても嬉しかった。)
自分の兄がゲーム制作に関わったと知った次の放課後には、約束を破ってゲームセンターへ走った。(真白はその日の授業中、筐体の稼働情報を調べまくっていた。)
そして、いわゆる“男の子が憧れそうな要素”が詰まったこのゲームに見事ドハマリした。
優しくて賢くてカッコいい兄ちゃんは昔から自慢の兄だったが、こんな人気作のゲーム制作に携わっていただなんて、真白はそこら中に言いふらしたくてしょうがなかった。(そんな友達もいないのだが。)
「ちゃちゃ!“門限18時まで、あと1時間です。”」
「はいはい。」
そんなわけで真白は今日も放課後にゲームセンターに寄り、鞄の中のペットロボットギアのアラームに従って、ちゃんと18時になる前に帰宅した。今日は狙っていたカスタマイズパーツもゲットできたし、階級もあがって大満足だ。⋯でもそれは誰にも自慢できない。兄と2人暮らしの真白が、家の中で自慢できる相手は“あのゲーム”を禁止した本人しかいないからだ。
真白がリビングに入ると、その自慢の兄はフローリングマットに広げた荷物を鞄に詰めていた。明日からフタナノ洲に出張へ行くんだとか。真白が「かなり急じゃん、デスクワークだけじゃないんだ⋯。」と、学生鞄をフローリングに置くと、「取引先でサーバートラブルがあったみたいで、その対応とかね。あと、その近くの会社のクライアントとも新しい案件の商談があってさ〜、急に大変なんだよね〜。」と兄・錫は言った。動物公園に一緒に行く約束の週末までには帰ってくるんだよな?と真白が尋ねると「ごめん、ムリかも⋯。」と返事が返ってきた。楽しみにしていた自然動物公園の予定がなくなってしまった事がほぼ確定したことにショックを受けた真白は、つい兄に「ウソつき⋯。」と言ってしまった。真白が拗ねてダイニングチェアに座り、兄の荷物の支度を眺めていると「お詫びに今日の夜ご飯は真白の大好きなハンバーグ作る準備してるからさ。機嫌なおして。」と子供扱いされてしまった。
夕食の時間になると、約束通りダイニングテーブルに大量のハンバーグが並べられた。それと季節の野菜やキノコが入った具だくさんのスープ。食事中、錫は「真白、俺が出張でいない間もちゃんとご飯食べろよ。あと学校でケンカしたりするな。それと、ポテ丸の充電切らすなよ。」と、自分が不在中の注意事項をぶつくさと言っていた。(ポテ丸っていうのはロボットのペットで俺が小学6年生の時に父さんが買ってきたおもちゃなんだけど、過保護な兄ちゃんは俺の見守りカメラかなんかだと思っている。俺が兄ちゃんの留守中に危ないことしたり、門限破ったりしないか⋯、とか携帯デバイスで確認するんだろうな。)
錫がぶつくさ言いながらテーブルに散らばった真白の食べこぼしをティッシュで拭いている時だった。リビングの大型テレビから、激しい電子音と共にニュース速報が流れた。
「速報です。軍事国家ラロゼアが、ヤウンへの無差別襲撃を開始しました。ヤウン制圧を宣言。国際的な非難を無視し、一方的な侵攻が続いています。」
画面には炎上するヤウンの街と、逃げ惑う人々の姿が映し出された。
「うわ⋯。」
ここ数十年、ミズホ同盟加盟国の国々の海や空を無断で偵察するような怪しい素振りがあったとはいえ、突然の予告無しの侵攻にミズホ同盟加盟国各国に衝撃が走った。しかし、ヤウンもラロゼア連邦もツクシ洲から遥か北にある国である。真白には遠い国の出来事であり、戦争が近付いているという実感はなかった。
翌朝、外出前の錫が「万が一の時の為にシェルターの場所を再確認しとけよ。」やら、「ポテ丸はちゃんと充電して、学校に行く時には鞄の中に入れておけ。」やらなんやら⋯。なんかいろいろ言われたけど、まぁ大丈夫だろ。面倒くさくなった真白は兄を安心させる為に適当に返事をした。
真白は今日も普通に学校へ行った。
学校でも、昨日のニュースのおかげで、教師が真白の兄のようにシェルターがどうとか説いていた。しかしクラスメイトの多くはポケットゲームや化粧に夢中で、やはり遠い国の話として受け止めているようだった。
真白もまた、いつも通り放課後ゲームセンターへ向かった。
ラロゼア連邦がヤウンに侵攻を開始してからは、毎日数回ヤウンの状況がニュースで流れていた。真白が晩御飯を食べている時に流れていたニュースも、家を失った人や、家族を殺された人たちが取材を受けている内容だった。
真白は他所の家の話とはいえ、いたたまれなくなってしまい、録画をしていた動物番組を再生した。
その翌日、真白が朝食を食べていると、今度は別の地域が侵攻の標的になっているというニュース速報が流れた。
「速報:極西の軍事大国、ハザイ帝国がリュウキュウへの侵攻を開始。」
リュウキュウはツクシ洲から弾丸で日帰り旅行に行けなくもない距離だった為、真白はこのニュースを少し怖いと思った。ハザイという国も、世界地図上ではツクシ洲と近いイメージがあったので、やっぱり少し不安になった。
しかしカスタード入りのデニッシュパンを食べ終える頃にはニュース番組は占いコーナーへと移り、先程のニュースは真白の頭の中から何処かへ行ってしまった。
そして、感じた恐怖や不安も忘れてしまっていた。
真白が学校へ行くと、昨日の雰囲気とは少し違った。
教室に入ると、数人の生徒に慰められてる女子がいた。どうやら単身赴任で父親がリュウキュウに住んでいたらしい。いつも周りとのおしゃべりが止まらなく、正直うるさくてかなわなかったその女子の泣き顔をみる日が来るなんて真白は想像もしていなかった。
その頃、ハザイ帝国によるミズホ国同盟加盟国の侵攻により、ツクシ洲政府は危機感を募らせていた。そして緊急会議の末、ある重大な決断を下していた。
真白が通学時間帯だった為、本人は知らないが、リュウキュウがハザイ帝国の侵攻の標的になったというニュースの後にハザイの別部隊がツクシ洲の上空を偵察したり、通りすぎたりする様子をツクシ洲政府は確認していた。
正午すぎ、真白が学食で昼食を終えた頃だった。
流行りのアーケードゲーム“ギアステイツ・サンクチュアリ”の強制アップデートが行われた。紐付けられたプレイヤーアカウントへの通達が、各プレイヤーへの携帯デバイスへ届いた。もちろん真白の携帯デバイスにも。メッセージにはこう書かれていた。
アーケードゲーム“ギアステイツ・サンクチュアリ”は、ツクシ洲政府が来たるべき脅威に備え、未来の防衛戦闘用ロボットのパイロットを育成・選抜するための実戦型シミュレーションであり、搭載されたプログラムによって自然と戦闘用ロボットの操作や戦術などを学べるようになっていた。⋯と。
その時、ツクシ洲の農業や工業などを担っていたロボット=ギアの一部が凍結されていたファイルを解凍し、更新プログラムのインストールを開始した。それまで人々の生活に溶け込んでいたギアたちの一部が、金属が軋む地響きのような音と共に、次々と“防衛戦闘用ロボット・ギアステイツ”へと変形した。そして、ゲームの成績によりパイロット適性が高いと判断された真白を含む子供たちに、新たなメッセージが届いた。それは、ツクシ洲政府自衛軍への志願要請だった。
真白は恐怖を感じた。歴史の授業で習った戦争のイメージが怖かったからだ。歴史の教科書の戦争のページの写真の世界に自分が投げ入れられる感覚だった。それと同時に兄はこのゲームの正体を知っていたから自分に“あの約束”をさせたのだと今更ながら気がついた。
平和から一転、ツクシ洲や他のミズホ同盟加盟国各国の危機や、自衛軍への志願要請といった今の状況を真白は受け入れられなかった。戦争が身近ではない普通の子供なのだから当然の反応だろう。食堂にいる他の生徒にも同じメッセージが届いたのだろうか?真白の周りもざわざわとしていた。
周囲の生徒たちもざわめく中、食堂に校内放送のチャイムが響き渡った。内容は「午後の授業は中止、教室で待機。」というものだった。
真白は食堂の隅へと移動し、携帯デバイスで兄・天原錫(アマハラ・スズ)へ連絡をしようと携帯デバイスの通話履歴を開いた。
戦争になるのか?
自分は兵士になるのか?
誰かが自分たちを殺しに来るのか?
ツクシ洲政府の自衛軍入隊要請=“死”を感じた真白は混乱していた。
この恐怖から兄に助けて欲しい!
「大丈夫だよ、真白。」
「俺が真白を守るから心配するな。」
そう言って欲しい一心だった。
フタナノ洲に出張している兄にコールをすると、錫はすぐに電話をとってくれた。
「真白!お前、あのゲームやってたのか!?言いつけ破りやがって!」
錫は真白が禁止にしていたゲームの約束を破ってプレイしていたことを叱った。しかし、すぐに口調を和らげた。
「いいか、真白。お前が要請に応じる必要はない。周りのことも大切だけど、まずは自分の命を守ることを最優先にしろ。」
その時、“ザーッ”という激しいノイズと共に錫の声が途絶えた。
食堂のテレビ⋯。映し出されたのは、フタナノ洲がハザイの空爆を受けている映像だった。
兄ちゃんは⋯?
その直後、凄まじい轟音と共に、食堂横の3階建ての校舎が音を立てて崩壊した。
ガラス、コンクリートの塊が飛び散り、粉塵が舞った。ついにここも攻撃を受けたのだ。真白のいた食堂も激しく揺れ、窓ガラスの一部が割れたが、辛うじて全壊は免れた。
食堂に大きな被害は見当たらず、そこにいた生徒達は先ほどの攻撃から助かった。
だが、真白は食堂の隅で震えていた。
兄との会話が途切れ、フタナノ洲が空爆され、午前中に授業を受けていた校舎がなくなったのだ。
食堂にいた生徒が先生の指示を待ったほうがいいとか、先生も無事じゃないかも、とか言っていた。厨房から出てきた調理師のおばさんが「とりあえず地下体育館に移動しましょう。」と言って真白たちを引率した。
真白は地下体育館向かう列に並んで歩いているとき、足元はフワフワして、周りの景色も見えているのに、それが脳に届かないような、なんだか不思議な感覚だった。
その時、地下体育館へ向かう列の前方にいた女子生徒が悲鳴をあげた。
崩壊した校舎の瓦礫の下には、真白たちと同じ制服を着た生徒たちの死体が信じられないほど凄惨な状態で転がっていた。
瓦礫の下敷きになった者、大きなガラス片に胸を貫かれた者、そして、上半身と下半身が千切れた者。その生徒たちに引率の調理師のおばさんが駆け寄っていった。
真白がこんなに傷んだ死体をみたのは初めてだった。真白だって“遺体”はみたことはある。数ヶ月前に父が病気で亡くなったからだ。しかし、真白が知る“遺体”は、真白と錫に看取られて穏やかに亡くなった父の姿だった。五体満足で、「また目を覚ますのでは?」と思えるほど安らかな顔。6年生の時に亡くなったチンチラの“ぽてまる”も「チュイ、チュイ。」と今にも鳴き出しそうで、ただただ深い眠りについているようだった。
しかし、目の前の死体は、暴力と破壊の爪痕そのものだった。真白が知る、穏やかな顔で横たわっていた父やペットの“遺体”とは全く違う、“死体”の姿だった。
それに、真白の父親は通夜も葬儀も行った。真白や錫にきちんと送り出してもらえた。“ぽてまる”も好きだったおもちゃと一緒に、安らかに眠れる永続的な場所を父さんが用意してくれた。
でも、今目の前に広がる死体はどうなのだろうか?家族のもとへ帰れる保証もないかもしれない。無残な現実だった。
「⋯家族。」
真白は、自宅の状況が気になった。「攻撃されたのは校舎だけで、街は大丈夫だよな?」真白にとって、学校よりも自宅の安否が重要だった。
だって兄ちゃんが帰ってくる場所だから。
大切な人どころか友達もいない学校よりも、兄が帰ってくる自宅の方が、この地獄のような学校よりもずっと重要だ。
真白は、地下体育館へ向かう列を抜け出し、学校の敷地から外へ駆け出した。
その瞬間、真白は誰かと激しく衝突した。
「ごめんなさい!」
白い帽子を被った髪の長い女だった。
その直後、また大きな振動と、どこかの建物が崩れる音がした。
「ここは安全とは言えません。とりあえず近くのシェルターへ向かいましょう。」
女は真白の手を強く引いて走り出した。
***
シェルターは近くに数ヶ所あった。でも、どのシェルターも満員で、中にいる人たちに申し訳なさそうにされた。
どこかで攻撃の音が鳴るたびに、女は真白を飛来物から庇うように抱きしめた。
次の場所でその女がシェルターの人たちと交渉をしているとき、もう自宅の側まで来ていたのだと真白は気がついた。女はまた断られたようで「申し訳ありません、次を当たりましょう。」と俺に言った。
男の俺を守ろうとしてくれたり、シェルターの人間に交渉してくれたり、家族でもない相手になかなかできることじゃないよな?
そこまでしてくれるのに自分に謝ってばかりの女がなんだか不憫に思えてきて、「なぁ⋯、近くが俺の家なんだけど⋯、行く⋯か?」となんだか恥ずかしいセリフを言ってしまった。(この状況なら、こう言うしかないよな?)
***
自宅があったはずの場所に家はなかった。家はただのコンクリートの山になっていて、真白は父や兄と過ごした大切な場所に帰れなくなってしまった。真白はこれからどうしたらいいのか分からず、ただそこに立ち尽くした。そんな真白をみて、なんと声をかけたらいいのか?どう励ませばよいのか?と迷っていた女が何かに気がついた。
「あの⋯、あの辺り、何か光っていませんか?」
女は瓦礫のなかで赤っぽく光る方を指した。真白は瓦礫を退かして、その赤い光を探した。そのとき女は真白の横で、「素手では危ないですよ!」だとか、「なだれないように気をつけてくださいね。」だとかいろいろ言っていた。真白は、お前があんなこと言ったから気になって探してるんだろ?と思いながら、その赤い光を取り出した。
赤い光の正体はポテ丸だった。家が崩れたときの衝撃で誤作動を起こしたのか、頬の通知ランプが点滅している。ポテ丸を見た女は「かわいいですね。」と、ようやく少しだけ笑った。
この家と関係のないこの女を俺の未練の為だけにいつまでも足止めするわけにはいけないと思い、真白が「もう行こう⋯、」と言いかけたとき、女がまた何かを見つけた。今度は地面に落ちた真白の家の表札だった。真白が「表札じゃん⋯、」と反応すると
「アマハラ⋯、アマハラ、スミカ⋯?いえ、行きましょうか!」
と、女は真白の母親の名前をつぶやいた。
真白は聞き逃さなかった。
「なんで俺の母さんの名前知ってんの?」
頭で考えるより早く、言葉が飛び出していた。
「え⋯、本当に天原先生のご自宅なのですか?」
天原先生?
俺の母さんって先生だったっけ?この女が言う天原先生と俺の母さんが本当におんなじ人物なら、なんで母さんが先生なんだ?だって母さんって機械設計エンジニアだったって父さんも兄ちゃんも言ってたぞ?おんなじ名前の先生、学校の先生かなんかと勘違いしてんのかな?
真白がそう考えていると女は続けて真白に尋ねた。
「で⋯では、天原錫さんのご自宅でもあるということでしょうか?」
女の口から続けて出てきたのは兄の名前だった。
「⋯!?な、なんで兄ちゃんの名前も知ってるんだよ!」
真白は勢いのままに言った。女は真白の勢いに少し驚いたような様子で「すみません、突然。⋯配慮に欠けていましたね。」と申し訳なさそうにした。
真白の感情は高まったままだった。なんでこの女が俺の兄ちゃんと母さんを知っているのか、真白はその女を問い詰めた。すると「お母様とは直接お会いしたことはないのですが⋯」と女は話し始めた。
“ギアステイツ”の開発には真白の母親である天原墨香(アマハラ・スミカ)が機械設計エンジニアとして関わっていた。農業用プラントギアや工業用プラントギアを開発した後、万が一の脅威から国や大切な人を護るための切り札を用意しておけないか?と墨香の研究チームは従来のギアの上位モデルという名目で防衛目的のギア=後のギアステイツを開発する研究をしていた。そして、その開発途中で母は亡くなったのだと女は教えてくれた。また、女は真白の兄とは面識があった。来たるべき脅威に備え、戦闘用ロボットのパイロットを育成・選抜するための実戦型シミュレーションゲームの制作参加を依頼し、サーバーエンジニアとしてゲーム開発に協力してもらったと続けた。
真白は怒りで震えた。
「お前が兄ちゃんにあんなものを作らせたのか?皆が好きそうな要素を詰めて、子供をおびき寄せて、知らないうちに兵士として育てあげる最低なゲームを!!」
真白はいつの間にか女の肩をつかんで揺さぶっていた。女はずっと、ごめんなさい⋯ごめんなさい⋯と謝っていた。その女の様子をみて真白は女相手に怒りのまま問い詰める自分が急に怖くなって我に返った。真白は「⋯、⋯ごめん。」と女に謝った。
そういえば⋯「お前、だいたい誰なんだよ。」と、まぁまぁの時間を一緒にいるのに相手の名前を知らない違和感に気がついた真白が尋ねると、女は“ミンネル”と名乗った。真白も自分の名前を名乗ろうとすると「あなたは⋯真白さんですよね?」と、ミンネルのほうが先に真白の名前を名乗った。⋯そうだよな。母さんと兄ちゃんのこと知ってるんだから、他の家族の名前も聞いたことあるかもしれないし、年齢的に俺が天原家の次男ってことは察しがつくだろう。真白が「そうだよ。」と肯定するとミンネルは「やっぱり。」と頷いた。そして何かを思い出したようだ。
「そうです、天原真白さん。私はあなたに会えないかと学校へ向かっていたのでした。」
ミンネルが俺を探していた?なんでだ?⋯そう思った瞬間ピンときた。
「実は⋯、ゲームのプレイ履歴を拝見させていただきました。」
⋯やっぱり。
ミンネルは兄やゲームを作る仕事の人たちにあのゲームの制作を依頼したのだからその話になって当然だよな。と真白の予想が的中した。
「ツクシ洲自衛軍からも実戦投入も問題ないと推薦を⋯」
「俺に死ねってか。」
真白の言葉にミンネルはうろたえた。
「決してあなたの命を軽く考えてはおりません!⋯ただ、あなたの協力が必要なのです⋯。」
ミンネルは真白の手を取ったが、真白はすぐに振りほどいた。
「知るかよ。なんかもう、別にこのまま攻撃に巻き込まれて死んでもいいや。」
たくさんの事が一度におきて疲れた真白は自暴自棄になっていた。
「なんてことを!」
ミンネルは真白の言葉に怒りを露わにした。
「じゃあその自衛軍ってやつに入って敵国壊しまくって、そこにいる人間も大量に殺してやるよ。」
開き直った真白の過激な発言に、ミンネルは悲しそうな顔をした。ミンネルは「お、お気持ちは分かりますが、⋯それでは今この国を脅かしているものと同じではありませんか⋯。」と悲しそうな顔をした。
ミンネルは真白に自身について話をはじめた。
彼女は数年前、ハザイ帝国によるコウテイ特別行政区弾圧により家族や仲間を失い、近隣国へ亡命していた。その後、ツクシ洲政府により保護されたミンネルは、自国での経験を活かし防衛や医療に関する活動をしていた。ミンネルは母国ともいえるコウテイ特別行政区が制圧されるまで、天照党(テンショウトウ)と言う団体を結成し、ハザイ政府による非人道的な行いに対してレジスタンス運動をしていた。ミンネルは非人道的な光景を目の当たりにしながらも、暴力は悲しく、対話で人類は分かり合えると信じて育った。
ミンネルは、ここに来るまで自分を守ろうとしてくれたり、兄を失い取り乱した自分の気持ちに共感してくれると同時に、自分の過激な発言に対して敵国の壊滅ではなく“自分の国や大切なものを護ることを考えなさい”と諭してくれた。
そんなミンネルと一緒にいると、“母親ってこんな感じなのかな?”と母をあまり覚えていない真白は思った。
⋯そうだよな、生きて待っていたら兄ちゃんが帰ってくるかもしれないし。
それに、このミンネルって人は世界の為に死んではいけない人間だと思う。
根拠はないけど、なんとなく。
攻撃が落ち着いたと判断したミンネルは、自分とチギョウ町へ一緒に来て欲しいと真白に言った。ツクシ洲への突然の攻撃や、ミンネルの話など⋯、全てを受け入れられるわけではないが、帰る場所がなくなってしまった真白はミンネルについていくことにした。こんな状況にもかかわらず、真白が住んでいたサイフ市から北へ向かうバスが動いていた。バスの運転士は、この状況でも「避難する人や帰宅する人の力になれば⋯。」と、運行を続けていた。その姿に、真白は先ほどの自分の利己的な考えを恥ずかしく思った。
***
2時間近くバスに揺られ、チギョウ町に到着すると、ミンネルは、かつて野球場として使われていた施設内の奥に見える格納庫に隠された特別なギアステイツを「スサノオちゃんです。」と言って真白に紹介した。
この、光により七色に輝いて見える塗装が施された白い機体“ギアステイツ・スサノオ”は天原墨香とその研究チームが全ての知識とスキルを注ぎ込んだ“特別”な機体の開発資料をもとに作られたらしい。それ故に他の機体よりも扱い方が複雑なのだとミンネルが教えてくれた。
「あなたの能力であれば、この気難しいスサノオちゃんも平和のために力を貸してくれるはず。」
ミンネルは真白にギアステイツ・スサノオを託した。
「平和のための力⋯。」
真白がスサノオの格納庫へ近づこうした、まさにその時、頭上に不気味なジェット音が響き渡った。
「伏せて!真白さん!」
ミンネルが叫ぶと同時に、巨大な爆発音が周囲を揺るがし、野球場のドーム屋根の一部が轟音とともに崩落した。空には、数機のハザイ機が低空で旋回し、地表に向けて連続的に爆弾を投下している。絨毯爆撃だ。
「こんなところにまで⋯!真白さん、早くスサノオへ!」
ミンネルは真白を庇いながら、スサノオの格納庫へと急いだ。爆発の衝撃で舞い上がった土砂とコンクリート片が降り注ぎ、真白のブレザーが汚れていく。
「真白さん、急いでコックピットへ!すぐにここから離脱を!」
真白はスサノオのハッチを開けたミンネルからコックピットに入るよう促され、言われるがままに機体によじ登った。
「真白さん、きっと大丈夫ですから。落ち着いて。あなたとスサノオの力ならば、この状況から必ず助かります。」
「うぅ⋯、うるさいなぁ、わかってるって!」
真白が言い終わる前にミンネルもコックピットへと飛び乗り、真白は迷うことなく起動シーケンスに入った。目の前のスクリーンが起動し、外界の景色が映し出される。
「あー、もう!しっかり掴まってろよ!」
真白はスサノオの操作レバーを握り、反射的に機体を浮かせた。野球場の格納庫は次なる爆撃の炎に包まれかけている。
「真白、北東の人工島へ!そこがツクシ洲自衛軍の基地です!スサノオ、発進!」
真白はスサノオを猛然と加速させ、炎と煙が立ち昇る野球場跡地から離脱した。背後で爆撃の音が遠ざかるのを感じながら⋯。
真白は、このスサノオとともに、他国の脅威からツクシ洲を護るための戦いの渦中へと身を投じることになるのだった。
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