第18話 僕が一番、君のことを想っているのに
「なりません」
分かってはいたことだった。
騎士団の訓練場にて、一人残っていたエレノアラが言う。遠征前の休みでも剣を鈍らせない為か、玉のような汗を拭いながらだ。
「此度の遠征はタイタニアの命運を賭けてのもの。リムヴェッヘンの魔物を放置していては、何時か必ず牙を向けてきましょう」
「でも危険過ぎる! 隊長は隊長かもだけど、まだ一年と経ってないじゃないか! 今回は経験のある人に任せたり、もっと増員してもらうようにとかあるだろ!?」
それでも結末を知っているテオは、今からでも遠征をやめるよう訴え続ける。声を張り上げ、怒鳴りつけるようにだった。
「テオドア。以前にも申したでしょう?」
と、エレノアラは眉を潜める
「ジェラールお兄様やエルフレッドお兄様の代わりは存在しません。それに兵を多く率いてしまえば、それだけ守りが手薄になります。たとえ危険だとしても、誰かがやらねばならぬのです」
「君の代わりだっていないじゃないか! 君は騎士である前に王女なんだぞ!?」
「私にとっては王女である前に騎士です!! そして此度の遠征は私自身が望んだもの!! 私エレノアラ・フィン・タイタニアという一人の騎士が、悪しき邪神をこの手で払うという武勲を打ち立てる為にも!!」
「ぶ、武勲だって!?」
その発言を前にして、テオは失望に包まれる。
思えば、どうして王女でありながら自ら剣を手にしたのか、ちゃんと聞いてみたことがなかった。
それが自分に出来ることだったから。世を乱す悪を見過ごせなかったから。そんなとこだろうと踏んでいたのだが――
「き、君は武勲を立てる為に騎士になったっていうのか!? そんなくだらないものの為に!?」
「くだらないとはなんですか!? 騎士とは国の為に仕え、国はその働きに恩賞を与えるもの!! そして働きを証明するものは武勲において他ありません!!」
「――――」
と、エレノアラに怒鳴り返される。
テオは愕然として、もう声も出ない。正義感が強いのと裏腹に、目立ちたがりなところがあるのは知っていた。
しかしまさかここまでだとは。よもや自分だけは死なないと思っているのだろうか? 僕がいなければ、何百個命があっても足りやしなかったというのに。
「それにしてもテオドア……貴方らしくもない。もしや、遠征が怖いのですか?」
そんなテオに何を思ったのか、エレノアラは一転して気遣うようになる。
「そうであれば無理に付いてこいとは申しません。危険なのは確かですし、命が惜しいのは誰もが同じこと。大丈夫、そうすることを選んだとしても、私は決して貴方を――」
「馬鹿エレナ」
「えっ?」
だがそれはまったくの見当違いだった。 テオは伸ばされた手をぱしんと払い、くるりと踵を返す。
ぐつぐつと腸が煮えるような一方で、何処か俯瞰する自分もいた。これ以上何を言ったところで無駄で、やはりエレノアラを口で説得なんて出来やしないと。
「明日」
だからテオは去り際に言い残す。
「もう一度ゆっくり話し合おう。ここじゃなくて、もう少し落ち着いて話せる場所で」
「テ、テオドア?」
「覚えてるよね? 小さい頃によく夜更かしをした場所。そこで待ってるから」
返事はなかったが、今の時間軸においてもあの頃までは変わらない。そして彼女が否定しない以上、きっと現れてくれる。
それを知ったが上で、テオは最後の手段に取り掛かろうとしていた。
エレノアラを強制的に――戦いから降ろさせる算段を。
***
作戦は単純で、酷く簡単なものだった。
誰もいない場所にエレノアラを誘い、そこで眠らせる。錬金術の手を借りてポーションを作る間でもない。飲み物に垂らす酒の量を幾分か増やすだけで、ちょっとやそっとで起きなくなることをテオは知っている。
それから簀巻きにした彼女を馬車に乗せ、南東のボーダルタール山脈を目指す。その間に幾つか関所はあるだろうが、積み荷を小麦や香辛料で一杯にした樽を並べれば、商人と疑われはしない。一番奥の樽に王女が詰め込まれているだなんて、きっと兵士は夢にも思わない。
ボーダルタール山脈は他国のプラキアへと繋がっている。
道中はそれなりに厳しい旅となるだろうが、これまで相手にしてきた怪物と比べれば、なんということはない。
それにプラキアにまで辿り着いてしまえば、もう王女誘拐の追っ手を気にしなくて済む。後はどうにかして身分を偽り、人目の付かない場所に家を建て、そこでじっと災厄をやり過ごす。
……最後の方はかなりアドリブ気味で、ガバガバなことはテオにも分かっているが、それでもまぁ時間はあるのだ。少なくとも何年かはリムヴェッヘン、ないしはタイタニア国内で祟り神は暴れることだろう。
「よし……」
テオは購入した馬車を王都から少し離れた、今はもう使われていない家畜小屋へと隠す。前の持ち主が商売を辞めてしまったとのことで、誰も後を継がぬまま放置されている。
テオがそのことを知っているのは、前回の時間軸でよく寝泊りしていたからだ。
あの時のテオはエレノアラを救う為ならと、細かいことは気にしていなかった。だから今になってみて、家畜の残り香がキツイと感じる。どうせ自分の家ではないにせよ、寝泊りするならもうちょっと掃除しろよって、かつての自分に言いたくなった。
その場から少し遠くを見れば、今晩の待ち合わせ地点も見える。
そこはかつて、よく二人で夜遊びをしていた場所だった。それは星の観察がしたいとかいう理由であったり、時間を忘れてくたくたになるまで遊んだ後だったり、お小言が嫌でプチ家出をした結果、なんてこともあった。
今の時間軸におけるテオとエレノアラの付き合いは、幼少期の一時に過ぎなかったが、こうして思い出してみると、そんな一時にだって無数の思い出が蘇る。
「…………」
テオは酒を用意するために街中へと戻る。作業をしている内に空が茜色に染まりつつあって、ノスタルジックが加速する。
今はもういない酒場の主人(息子へと商売を譲っている)は、子供好きであると同時に、子供を揶揄うのが好きな人だった。
どうみてもジュース100%だというのに、『大人でも卒倒するくらいにとびっきりのやつ』なんて言葉に騙され、ごくごくと胸を張りながら飲み干していた彼女を思い出す。
「…………」
毎日のように通った石造りの橋は、アスレチックの一つだった。
ドレスを着たまま手すりに上がって、とてとてと歩いていた彼女を思い出す。落ちれば地獄行きだとか、そんな感じのルールだった。
そうして調子に乗って走った挙句、地獄というより川に落ちるまでがセットであった。
「…………」
今は止まっている風車小屋の羽には、木炭によって描かれた落書きが今も残っている。
テオはやめろと言ったのに、とんだとばっちりだった。『王女だろうと悪戯坊主には構うものか』と、管理人から手痛い拳骨を貰った覚えがある。
そんな具合に――何処を見ても、何処を通っても、彼女との想い出が掘り起こされてしまう。
テオは一瞬迷いそうになる。
そんな想い出の人を、エレノアラの顔を曇らせて良いものかと。
「いや――」
しかし強く頭を振って、すぐに思い直す。
「武勲なんかで命を賭けさせるもんか。僕がどれだけ苦労したのか、知らない癖して……」
テオは自分に言い聞かせる。
これは他でもない彼女の為なんだと。
きっと最初は恨まれることだろう。訳も分からず誘拐されたことに、呪詛を吐かれるかもしれない。
でも最後には分かってくれる。やがてあの祟り神が暴れ出し、成す術もなく火の手が上がる様を見れば、僕の選択が正しかったことを理解してくれる。
だって僕はずっと、最初から君のことを思ってやってるんだ。
だから何百回と死んでも――その度に狂いそうな痛みに苛まれながらも――どうにか踏み止まれた。
それはエレノアラ、他でもない君のことを愛しているからだ。
そんなことは国王にも、君の兄上にも、ビビにだって真似は出来やしない。死ぬ気で守って見せるなんて言葉を吐けるやつは幾らでもいるだろうけど、本当に死んでまで守ってやれる奴が僕の他にいるか? いないだろう?
それにだ。
武勲だなんて――命と引き換えに思えば、なんと下らないものか。
そんなものは自分が死なないと思っているから願えるもの。死ねば名誉もクソもない。
自分の死と引き換えにしてでも勝ち取りたい名誉があるか? いいや、そんなものはない。一度でも死ねば分かる。あの痛みを知らないからこそ、エレノアラは豪語出来るんだ。
「……うん、絶対に」
などと心の中で盛大に吐き散らした末に、テオは独りポツリと呟く。
それは内心の不満であり、訴えであり、そして言い訳のようでもあった。
今も濁流のように押し寄せる想い出に対し、これは致し方のないことだと分かってもらうつもりで。
「――テオドア様」
が、その結果である。
どれだけ言い聞かせても迷う気持ちが、その足取りを逸らしてしまう。
テオは気づかぬ内に遠回りをしており、そうして思わぬ人物と顔を合わせてしまったのだ。
「休みと聞いたのに、随分と顔色が悪そうじゃありませんか。ちゃんと食べているのですか?」
フェアだった。
これまでの死に戻りにおいて、このタイミングで彼女と鉢合わせたことはなかった。
「ですが丁度良かったです。後でお伺いしようと思っていましたから」
更にそれは偶然ではなく、彼女自ら探し求めていたという。
確かにフェアがテオを気にしているのは、今回の時間軸において慣れたものであったが、少なくともこのタイミングではなかった。
なれば何が影響したのか?
何が原因で彼女にそうさせたのか?
「昨晩のエレノアラ様とのこと、お聞かせ頂けますね?」
有無を言わせぬ物言いを前にして、テオは自ら失策を悟った。
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