第16話 千年を超える怨嗟


「ぐぅっ?!」


「エ、エレノアラ!!」


「かかっ!」


 すかさず血まみれの肢体は――祟り神はエレノアラの首を片手で掴み上げ、その顔を近くで見ると、酷くおかしそうに笑った。


「なんだなんだ!? 人のことをバケモン扱いしておいて!!」


 さっき貫いたはずの傷は、既に塞がっていた。

 祟り神は傑作とでも言わんばかりに、エレノアラの首を絞めつつ、満身創痍のテオ達に向かってニンマリと口元を歪める。


「こうして近くで見ると同じじゃねーか。てめえも、この女も――なぁ!!」


 そして、投擲した。

 まるでボールを投げるかのようにだ。

 それは気持ち的な意味だけでなく、彼にとっての軽さをも意味しており、


「があああ!?」


 人一人をボールのように投げて、テオに受け止めさせるということだ。

 当然ただでは済まない。エレノアラはテオがクッションになって死にはしなかったものの、代わりにテオのあばらが砕け散った。

 痛い。呼吸が出来ない。手足どころか指の一本すらも動かせない。


「この――!!」


 と、すかさずシャロンは前に出る。

 しかしボロボロの身体で、今更何が出来ようものか?

 抵抗出来たのは二手、三手くらいで、すぐさま殴り飛ばされてしまう。


「きゃっ――!!」


 ごろごろと、かつんかつんと音が立つ。

 前者は彼女が転がる姿。後者は硬い何かが落ちる音だった。

 その硬いものとはなんだ? それをテオは、それでもと立ち上がらんとする彼女の横顔を見て、すぐに理解する。


「ビ、ビビ!?」


 今は血濡れであっても、精巧な人形のような顔立ちは忘れない。

 ヴィヴィアン・フォン・タイタニア第三王女だ。テオを発見する度に監禁していた、感情が不鮮明で魔法が得意な、エレノアラの妹である。


「テオ、ドア。貴方とは、この顔で話したこと、あったっけ?」


「――――」


 驚きに染まるテオに対し、ヴィヴィアンは荒い息を吐きながら、不思議そうに言う。

 疑問はもっともだ。何故なら今の時間軸において、テオは彼女を避け続いていたのだから、そういう意味で言えばであろう。


「でも、そんなことは、もうどうでもいい」


 ヴィヴィアンは震えた足で堪えつつ、テオの胸の中で意識を失っているエレノアラに目を向ける。


「逃げて。ここは、私が食い止める、から」


「で、でも!!」


「いいの。だって、これは私の、ミス。影からお姉さまを支えようだなんて、そんな大層なことを願っておきながら、私が未熟な所為で――げほっ、げほっ!」


「ビビ!!」


 咳き込みにびちゃびちゃと鮮血が混じっている。

 それだけ致命傷を負っているのか、立っているだけでもやっとな状態だった。


「行って、テオドア。お姉さまと、一緒に」


「何を言ってるんだ! 君もだよ!!」


「も、もういい。私はもう、帰ってる、から」


「え?」


 そこでテオは気づく。

 祟り神に向かおうとしているヴィヴィアンの目が、酷く虚ろなことを。


「ああ、お父さま、ジェラールお兄さま……来てくださったの、ですね」


 当然のことながら、そこには国王も第一王子もいない。


「お二人は私が月影隊に入ること、反対なされて、いましたね。今になって思えば、確かに、無謀だったかも、しれません」


 ふらふらと、覚束ない足取りで歩を進める。


「ですが、私には、見えておりましたから。私にだけ見える、呪いが。それを解かないことには、決して私も、タイタニアも……だから」


「ふん。もう半分以上くたばってるじゃねーか」


 と、そんな彼女の頭部を祟り神が鷲掴みにする。

 もはや前すらも見えていないであろうヴィヴィアンは、されるがままだった。

 そしてテオは次の瞬間起こるであろう悲劇が見えてしまい、「やめろ」と叫びたかった。


「感情に、出すのは、苦手。でもお父さまや、お兄さまがそうであるように、私もこの国を、お姉さまのことを愛して――」


「くたばっとけ」


 しかしそれは言葉にならない。

 それよりも前に、テオの前に肉片が散った。力任せに握り潰され、原型のなくなったヴィヴィアンの頭部であったものだ。

 そしてくたりと膝をつく四肢も見えた。顎から上が消失していて、二度と立ち上がることはない。


「あ、あ――ああああああああああああ!!」


 吐き気と痛みを堪え、テオがどうにか走り出せたのは奇跡に等しい。

 或いはショックがそれらを忘れさせていたのかもしれない。エレノアラを抱えながら、すぐにこの場を去ろうとして、


「逃がすわけねーだろ」


「がっ!?」


 あっけなく追いつかれてしまう。

 既に折れているアバラにもう一度蹴りを浴びせられ、テオは再び宙を舞った。

 ゴロゴロと転がる中、ゴキッと嫌な音が聞こえた。また何処かしらか骨が折れてしまったのかと思ったが、そうではない。少なくとも彼の体内から発したものではなかった。


「あ……あ……」


 それは抱えていたエレノアラのものだった。

 首があり得ない方向へと曲がっている。脊椎にまで至っていたのか、もう息もしていなかった。


「殺してやる……!!」


 そこでテオは生存より、相手への殺意を優先する。

 それは初めてのことだった。これまで何度もエレノアラの死を目撃してきた彼であったが――その大半は状況的なものか、魔物の本能によるものであり――手にかけた個人をこうまで憎むことはなかった。


「絶対に、殺してやる……! 僕は、お前を許さない……!!」


「殺してやる……ねえ?」


 そんなテオに向かって祟り神は言う。


「お前ごときにそれが出来るとでも?」


「絶対に、絶対にだ!! お前は知らないだろうけど、僕にはそれが出来るんだ!! 何度やり直す羽目になっても、お前だけは必ず――」


 それは死に戻り前提のこと。

 これまでも数百回だったが、そこから更に数千回、いや数万回繰り返そうとやり遂げて見せる。

 それだけの気概が、今のテオには込められていた。


「ああ、お前分かってねえんだ」


 しかしそんな憤怒をも、祟り神は鼻で笑ってみせる。


「お前が宣ってる自信を――俺が知ってるってことに」


「え?」


 にたりと笑う顔に、テオは言葉を失う。

 それは単なる挑発ではない。まるで全てお見通しであるかのようなそれは、


「時間を遡ればいつかは叶うだなんて、おめでたい考えだ」


「――――」


 本当に全てを見通していた。


「驚くほどのことか? 遡りの呪いとかいう悪趣味で、諸刃の剣みてえなソレ……あぁ、誰が使ってたのかは忘れちまったけど、その名の通りに呪いだ。それを祟り神とまで畏れられた俺が、どうして知らずにいる?」


 言われてみればそうだった。

 そもそもこの力は自称祟り神であるタナトスから授けられたものだ。そしてその力が呪いであることも、彼自身が口にしていたことだった。


「だがお前の企みは成就しない。そもそもお前と俺とでは、格が違うんだよ」


「か、格だって!? そんなもん知るか!! お前にだって隙はあるし、そこをどうにか突いてやれば――」


「それでどうにかならなかったんだろ? 今が何回目かは知らねーけど、その女を使ってみせて」


 と、祟り神は死体となったエレノアラを一瞥する。

 それもまたそうだった。完全に殺せたと思ったのに、彼は悠々と立ち上がってみせた。


「小僧、いいことを教えてやる」


「がっ!?」


 祟り神はテオの首を掴み、持ち上げながら言った。


「俺の本質は呪いだ。それも千年以上もの時を重ねている」


「か……あっ……」


「要するに、俺とお前らでは魂の強度が違うんだよ。どれだけ鍛えたところで、一世代限りのお前等じゃあ、俺を傷つけることすら叶わない。精々俺をびっくりさせるくらいで、俺を消すことなんて――夢のまた夢だってなあ!!」


「ぎっ!?」


 そうしてテオは意識を失う。首の骨を握り潰されたこともそうだが、そもそもが時間切れだったのだ。

 エレノアラは既に息を引き取った。だからテオは体内から爆破四散したのである。


 かくして、1582回目の最期である。

 しかし次のやり直しは何処から始めるべきか? 何処から始めたらこの場を打開できるか?

 テオは、どれだけ考えても思い浮かばなかった。



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