第7話 フラグ立ては止めて欲しい
オーク討伐当日。
テオは紅炎小隊の到着を待たず、朝焼けよりも前に現場へ訪れていた。
期を待つのは最初に潜んでいた民家の中だ。足音を立てずに二階へと上がり、持って来た道具を床に広げる。
弓が一つと矢が六本――たったそれだけだ。
ベストな状況なら誤射は三発まで許されるが、出来ることなら一本も無駄にはしたくない。折れたり傷ついたりしていないことを入念に確かめ終えると、後は息を殺し、耳を澄まし続けた。
「オーク共めが……覚悟なさい!!」
やがて遠くで声が響いたを境に、テオは立ち上がる。
開いた窓に向かって矢を番え、瞬きすらも堪えんばかりに全集中する。
程なくして――真っ赤な目をしたオーク。
窓の向こうにその姿が映っても焦りはしない。
「おい!」
だって相手はこちらを見ていない。
横を向いたままではただでさえ小さい的が小さすぎる。
呼び声に気づいたのか、オークが家の窓を覗き込もうと振り向いた瞬間――
「ふっ――!!」
「グオオオオオオオオオオ!?」
テオはその獰猛な瞳を射抜いた。
オークは悲鳴を上げ、身体を大きく仰け反らせる。
前回の時とは違う。相変わらず不意をついてのものだが、今の自分はオークにも傷を負わせることが出来る。絶望的にそびえていた壁の天辺に手をかけられたのだと、テオは確かな手応えを感じていた。
「オ、ギ……?」
そしてただ傷を負わせるだけには終わらない。
片目の喪失に悶え苦しんでいたオークはふらふらとよろけ、尻もちを付く。
オーク自身も奇妙に感じている筈だ。矢傷は確かに致命傷ではあるものの、即座に死に繋がるものではない。
だというのに、どうして足腰に力が入らないのかと。
「ガバッ…………!」
しかしもう遅い。
オークはぶくぶくと泡を吹きながら倒れる。二度と立ち上がることはないだろう。矢じりに塗られていた毒が、全身に回ったのだから。
それこそがあの日、テオがどうにか使えないかと用意していた、スールクの花の効能であった。
山中にて花開くそれは、見た目そのものは瑞々しい青色の花弁をしているが、非常に強い毒性を持っている。直接口に入れるのはもっての外で、すり潰したものを刃物に塗して暗殺に用いられた記録もある。
「……っと」
テオは窓から外に降り、動かなくなったオークから矢を抜いた。
使った矢が勿体ないというよりかは、証拠隠滅の為だ。血でべったりになってしまった同じ矢は、毒が薄まることもあって二度は使えない。
故に残るは五発。テオは次に現れるであろう場所に向かって駆け出した。
「我々の勝利です!!!!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオ!!」」」
巨体の躯があちこちに転がる中、紅炎小隊による歓喜の声が轟く。
それは死に戻り420度目(つまり今回は五回)のこと。思ったより試行回数が少なく済んだものだと、テオは物陰から見届ける。
実際にテオが仕留められたのは四体だけだった。
急所に当てられなかったり、深く刺せなかったり、まだまだ練習が足りていないと痛感せざるを得なかった。
しかしその分のフォローをエレナが担ってくれたと思うと――向こうはテオの存在には気づいていないものの――悪い気はしなかった。
「ふんっ、もっと苦しめば良かったものを」
「いや十分苦しんだって。あれから二百回以上だぞ?」
「貴様のツラがそう見えんのだ」
「あ、分かる?」
不意に現れたタナトスは面白くなさそうだった。
ニマニマと緩んだテオの、嬉しそうな顔が気に食わないのだろう。
「しかし覚えておけ。これも途中でしかないのだ。あの小娘の命を救いたいならば、これからも貴様は何度も何度も」
「はいはい分かってるって。望むところだ」
「本当に分かっておるのか……まったく」
そして不満一杯にしながら、すぐに消え去った。
確かにこれからもエレナの任務は続く。危なっかしい彼女をフォローする以上、数多もの死が待ち受けていることだろう。
「でも――」
されど、こうして高い壁を乗り越えることが出来たのだ。
だからきっとどうにかなる。そんな根拠のない安堵に包まれながら、一睡もしていなかった疲れもあってか、テオはしばしその場で目を閉じた。
***
「テオ! ほら早く!! こっちこっち!!」
「ちょ、ちょっと待ってよエレナ!!」
リードをぐいぐいと引っ張らんばかりの勢いのエレナに、テオは必死でついていく。
任務続きであった紅炎小隊に与えられた休暇である。その一日目からエレナは街にいたテオを見つけると、子供の頃のように遊びに連れ出したのだ。
テオは訓練が、武器の手入れが……という思いはあったものの、致し方がないという気持ちもあった。
というのも今の彼女は『王国騎士団紅炎小隊隊長』である。これまでのように忖度一杯であった『補佐代理見習い』という文字は取っ払われ、ちゃんとした役職を与えられている。
それはこれまでの戦果を評価されてのものだった。あと先日帰国したジェラール王子の口利きもあったという。
もう単なる王女の道楽とは呼ばせない。ちゃんと実力を持ってして分からせてやったのだと――そんなはしゃぎっぷりである(まぁ実際にはその間、彼女自身が分からせ続けられて、それを死に戻りしながら食い止めたテオの努力もあったのだが)。
「あ、あの、エレノアラ様ですよね? その、頑張ってください!」
「エレノアラ様! これうちの果物なんですけど、良かったらどうぞ!!」
「エレノアラ様! あんたは俺達の希望だ!! モンスターなんかに負けないでくだせえ!!」
そしてそれは民衆の心の変化にも表れている。こうして街中を歩いているだけで、次々にエレナは声をかけられる。
なにせ破竹の勢いで、彼らの生活を困らせていたモンスターを撃退してみせたのだ。
もっとも少し前までは馬鹿王女。近年稀に見ないアホ。鷹から鳶。
蛮族の中でという意味では王。脳筋ゴリラ。シャレコウベでワイン飲んでそう。
おもしれーだけの女。終身名誉くっ殺。声と態度のデカさはレジェンダリー。
などなど――ある程度事実であるとは言え――現国王その一族が温厚であることに甘えて、時代が時代なら即刻ギロチン送りな評価であったのだが。
「そ、そんなに褒められても、恥ずかしいといいますか」
「胸を張りなよエレナ。君はそれだけのことをしたんだから」
そんな蔑称が中心であった彼女も、今ではちゃんと認められつつある。
それはずっと一緒にいて、彼女の良いところを沢山知っているテオからしても鼻が高い。都合534回の死に戻りをしてきた甲斐があるというものだ。
おまけに顔を赤くしているエレナも度々見られて、楽しい休暇だと思っていた。
「遠征に赴くことになりました」
しかし――そんな楽しい時間は何時までも続かない。
「リムヴェッヘンです。ジェラールお兄様が案じられておられたように、やはりあそこは魔物の巣窟と化しているそうです」
「最初はジェラールお兄様か、エルフレッドお兄様が直々に兵をあげるつもりだったそうですが……お二人はタイタニアにとって大事なお方。万が一があってはなりません」
「ですので私が志願致しました。この剣で必ずや闇を払ってみせると」
二週間ほどあった休暇の最後は、何時もと同じく、二人っきりのキャンプだった。
ぱちぱちと焚火の炎に照らされた彼女は、王女らしい華美な服装でもなければ、無骨なフルプレートでもない。お忍びということで村娘風の恰好をしてはいるものの、それが彼女本来のボディラインを浮き彫りにしている。
まるで深窓のお嬢様のようでいて、実態は明るく健康的な姿に、テオはこの二週間で何度惚れ直したか分からない。
「しばしですが、お別れになりますね」
ポツリと寂しそうにエレナは言った。少なくとも半年以上は会えなくなると分かっているが故だ。
しかし彼女の立身出世を考えると悪い話ではない。自らが志願したとは言え、大任を任せられるのは、それだけ彼女が信頼されている証だ。
なにせ彼女はただの一度も敗走していない。向かった戦場の全てを勝利で終わらせてきた。他でもないテオがそうさせてきたのだから。
「大丈夫――きっと何の心配もいらない」
「え?」
「僕は待ってる。君が元気に帰ってくるのをずっと」
と、テオは言い返した。
現在死に戻り534回目……遠征が終わる頃には、何回になってるかは分からない。
いずれにせよ、やることは変わらなかった。
彼女が遠くに行くなら同行するのみだ。そうして降りかかる火の粉を振り払い、やがては火の粉の方が諦めるまで。
「っ……!」
「エレナ?」
するとエレナはどうした?
口を開こうとしては、閉じては俯くと言った、奇妙な動作を繰り返す。
さすがの彼女でも遠征は怖いのだろうか? その恐怖を緩めてあげようと、テオはその肩に手を伸ばそうとして、
「その」
違ったと知る。
エレンはおずおずと、上目遣いにテオを見ている。
互いの身長はちょっぴりエレナの方が大きいから、それだけ遠慮がちということだ。
「こ、この遠征が、無事に終われた暁に、なんですけど」
「う、うん」
エレナの様子につられて、テオもまたどもってしまう。
「もしもテオが、嫌じゃなければなんですけど」
「う、うん」
テオは茫然と相槌を繰り返す。
いつもはシャキシャキとしている彼女らしくないと思いつつ。
「そ、その」
「そ、その?」
「…………」
「エレナ?」
「い、いえ、これは帰ってからにしましょう。今話してしまっては、サプライズになりませんし」
「――――」
いや言わないんかーい、とテオはずっこけそうになった。
というか、その下りもフラグであった。無事に帰れたら結婚しようみたいなアレだ。
実際に王族と結婚するだなんてことはあり得ないけど、相変わらずフラグを立てることには余念がないと、テオは呆れて果ててしまった(本人は無意識なのだろうが)。
「きょ、今日はこの辺りにしておきましょう。話の続きはまた、私が帰ってきた後にでも」
「う、うん。おやすみエレナ」
そうして彼女は足早に去っていく。
結局何が言いたかったのか、何だか彼女らしくなかったぞ――などとは、テオはほんの一瞬しか思わない。
それよりも考えるリソースがあった。
どのように遠征に忍び込むかだ。陸路を使うならまだしも、他国となれば馬車や船もあり得る。
そこに如何にして忍び込めるか?
その難題に挑む為にも、テオはうんうんと唸りつつ、寝床への道を歩き始めた。
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