第3話 訳も分からず、戦闘に巻き込まれる。
眩しい光が引いていくと、俺は舗装の割れた道路の上に倒れ込んでいた。
夜の雨はまだ降り続いていて、肌を刺す冷たさが現実感を呼び戻す。
「っ……ここ……どこだ……?」
倉庫も、祖父の家もない。
代わりに街灯だけが頼りなく光る、人気のない裏通り。
さっきまでの光景が、頭の中でまだ渦巻いている。
腕の中に抱えていたはずのエルは、ぐったりと沈んだまま。
胸の紋だけが弱く瞬いている。
「エル……聞こえるか……?」
頬に触れると、指先に柔らかな温度が残っていた。
それが生きている証拠だと分かっていても、
この静かさが不安を増幅させる。
「……ゆうとさん……」
かすかな声が喉の奥で震える。
でもその語尾は、いつもの“です”がつかない。
ただ力が足りなくて声が崩れているだけ――そんな感じだった。
「無理に喋るな。まずは、どこか……雨のしのげる場所へ」
道路の先に、小さな古い公園が見えた。
ベンチと屋根だけの休憩所。
明かりはついていないが、雨宿りくらいはできる。
ゆっくりとエルを抱き上げて歩く。
その途中で、胸紋が数秒おきに弱く脈打っているのが見えた。
「……やっぱり、何かに攻撃されてたんだよな……」
思い出す。
倉庫に現れたあの黒い影。
ニャースケが身を挺して守ってくれた瞬間。
そして――光。
エルの胸の紋が大きく弾けたあの光は、
俺たちをここへ“飛ばした”のかもしれない。
考えても答えは出ない。
今はとにかくエルを休ませるしかない。
休憩所に入り、ベンチにそっと寝かせる。
濡れた髪を手で払うと、エルの体が少しだけ震えた。
「……ごめん……なさい……です……」
弱い声。だが、その語尾だけはしっかり“です”になっていた。
生きてる。
そう思えて、胸の奥がじんと熱くなる。
「いいよ。謝るなって。……俺がいるから」
外では雨の音だけが響いていた。
エルは目を閉じたまま、小さく息をしている。
その胸紋が弱く光るたび、雨音のリズムと重なるように脈打った。
「……エル、本当に無茶しすぎだよ」
声をかけても反応は薄い。
だが、耳元でふっと温かい吐息が漏れる。
「……ゆうとさん……こわかった……です……」
その一言に胸が痛む。
あんな状況でも俺を気遣っていたのかと思うと、
情けないほど言葉が続かなかった。
「大丈夫。今は安全だから」
そう答えた瞬間、エルの眉がわずかに寄った。
「……安全じゃ……ない、です……」
「え?」
エルの手が震えながら俺の腕を掴む。
その細い指の力が、必死に警告を伝えようとしていた。
「追って……きます……
あの……影……です……」
胸が冷たくなる。
あの黒い影は、光で吹き飛ばしただけで倒せたわけじゃない。
「ここまで来るってことか……?」
エルはゆっくりと首を横に振った。
「……違う、です……
ゆうとさん……の近くを……探す、です……」
俺を?
どういう意味だ。
問おうとしたとき、
ベンチの横に置いたニャースケの残骸が――かすかに光った。
「……ニャースケ?」
動くはずのない残骸から、途切れた電子音が漏れる。
「……ユ……ト……き……け……ニャ……」
壊れたボディの内部で、赤い警告ランプが一瞬だけ点滅した。
「待て、何が――」
その時だった。
公園の奥、闇の向こうで“ざり……”と何かが地面を擦る音がした。
雨音とは違う、重たく湿った音。
エルの体がぴくりと跳ねた。
「きた……です……!」
心臓が一気に跳ね上がる。
「……っ、隠れろ!」
ベンチの下にエルを庇いながら身を伏せる。
背中に冷たい雨風が吹き込み、息が白く揺れた。
闇の奥で、赤い光点がひとつ――ゆっくりと浮かび上がる。
あの影だ。
「くそ……!」
後退ろうとする俺を、エルの手が掴んだ。
「ゆうとさん……にげちゃ……だめ、です……
わたし……が、まもる……です……」
震えているのに、それでも俺の前に立とうとする。
「無茶言うな! 今のエルじゃ――」
「いま、だけ……ちょっと……できます、です……!」
胸紋が一瞬だけ強く光る。
その光は弱いけれど、確かな意思があった。
エルがゆっくりと立ち上がる。
影の赤い光点が、こちらへ向けて細く絞られた。
「来る……!」
雨の音が止んだ気がした。
直後――影が地面を裂いて飛び込んできた。
影が跳び込んできた瞬間、
地面が弾けるように割れ、濁った水しぶきが上がった。
エルが胸の前で両手を合わせる。
胸紋が淡く光り、その周囲に薄い膜のような光が展開する。
「ゆうとさん……さがって……ください、です……!」
影の先端がその光膜にぶつかり、火花のような粒子が散った。
しかし防ぎきれない。
膜はすぐにひび割れ、押し返されていく。
「エル! 無理だって、もう休んで――!」
「や、です……!
ゆうとさん……まもりたい、です……!」
光膜が砕けると同時に、影が再度跳ね上がった。
赤い光点がエルを狙う。
「危ない!!」
反射的にエルを抱き寄せる。
その一瞬、影の軌道がこちらへ向かってねじれる。
――来る。
逃げられない。
そう思った刹那、
エルの胸紋が強烈に脈動した。
「ゆうとさん……ごめん、です……!」
エルの体から飛び散る青白い粒子。
それは雨粒に触れた瞬間、光の線になって空気を裂いた。
影が弾かれて飛ぶ。
同時に、世界がぐにゃりと歪んだ。
視界の色が急速に抜け、
身体がどこかへ引きずられていく感覚。
「エル……っ!?」
抱きしめた腕の中のエルは、力なく俺にしがみついている。
「だいじょう……ぶ……です……
これ……は……
……ゆうとさん……を……」
最後の言葉は、音にならなかった。
光が爆ぜた。
身体が宙に浮き、足元の地面が遠ざかっていく。
まるで重力そのものが反転したかのように、
上も下も分からなくなる。
耳鳴り。圧迫感。光の渦。
そして、すべてがちぎれるように途切れた。
暗闇。
風も、雨も、音も消える。
俺が意識を保てた最後の瞬間、
エルの細い声が胸の奥で微かに震えた。
『……ゆうとさん……ごめん……です……』
そこで、本当にすべてが落ちた。
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