第21話 安西家次男 VS 白豚君 Round4


「やっと飯が食えるっ」


 義父とうさんの歓喜の声。本当にごめんって思う。


「お前らな、いくら坊に懐いたとはいえ、限度があるだろう。あまり困らせるなよ?」


 それに関しては申し訳ないって思う。でも、人見知りをする鳴ちゃんは元より、元々、人付き合いの悪い姉さんまでデレさせた白都さんの才能は、本物だと思う。これまでずっと、姉さんと姉弟をやってきたが、ここまで溶けそうな顔になる姉さんを見たの、本当に初めてだった。


「それじゃ、いただき――」


 もう、待ちきれない父さんが手を合わせた瞬間だった。舞夏姉がくいっと、僕を見やる。


「音哉はお義父さんに、お願いすることがあるんじゃないの?」

「いや、食べてからで良いよ。ちゃんと聞いてくれるの分かっているし」


「なんだ、なんだ? 音哉が改まって言うってことは、よっぽど大事な話なんだろう。それは聞くぞ」


 そう言いながら、お腹をぐ~と鳴らす極悪アンアン。どこか、締まらないのが安蔵義父とうさんなのだった。




Take.2テイク・ツー



「……げっぷ。待たせたな、音哉。ちゃんと聞くから――げふっ」


 開口一番、ゲップ。威厳もクソもない、安蔵義父さんだった。待望の母さんの朝ごはんとなると、相好を崩す元プロレスラー、可愛すぎませんか? とはいえ、ご飯三杯、大盛りコース。食べ過ぎである。


 それにしても――すでに新婚の域は脱したというのに、安蔵義父さんの姿を見ながら、母さんは照れくさそう苦笑する。そんな母さんを見るの嫌いじゃないって最近、思えた。元父には、絶対に浮かべない素顔だって思うから。


 僕は呼吸を整える。

 友達とソフトボールがしたい。チームに入りたい。言うべきことは、ただそれだけ。それだけなのに、唇が乾く。姉さんを見れば、にっこり微笑む。白都さんの前でしか見せなかった笑顔を、僕にまで浮かべて。


(……違うか)


 そうじゃない。この短い時間の中で、白都さんが全部、僕ら家族のワダカマリを溶かしてしまった気がする。だから――って思うのは、ちょっとこじつけか。


 でも、以前に比べて、相談をすることに躊躇しなくなった気がする。まだまだ、家族というには、やけに遠慮をしてしまう不完全な僕らだけど。それでも、素直に言葉に出せる気がするんだ。


「あのね、義父とうさん――」

「音兄しゃん、おかわり?」


 鳴ちゃん?!


「それは、ちが――」


 僕が言うより早く、嬉々とご飯をつぐ母さん。あのね、ご飯を食べる量を白都さんや義父さん基準で考えたらダメだと思うんだ、僕は。


 ということで、仕切り直し。






Take.3テイク・スリー


「ソフトボール?」


 義父とうさんが、眉間に皺を寄せるのが見えた。


「……やっぱりダメだよね?」


 なけなしの勇気を振り絞った告白だったけれど、どうやら撃沈みたいだ。ああいうチームに入ったら、保護者の協力は必須。でも、食堂経営の義父さんと、インフルエンサーである母さん。その二人の時間をもらうことなんて、それは普通に考えたら不可能で。




 ――大丈夫。音哉君が、本当にやりたいことを、真剣にお願いしたら、絶対に届くよ。


 そう言ってくれたのは、白都さんだ。

 何の根拠があって、そう言えるんだろう。ほら、やっぱりダメだ。そんなの普段の義父さん達の忙しさを見ていたら、イヤでも分かるから――。


「あ、いや。ダメとか、そういう意味じゃねぇから。そこは勘違いするなよ?」


 安蔵父さんの言葉に、僕は目を大きく見開く。視線が、母さんと交差する。


「……ごめんなさい。私、音哉の気持ちは知っていました」


 母さんが俯く。違う、そうじゃない。母さんが、一番しんどい時に、ソフトボールを止める時が重なった。それが今に至っただけで。安蔵父さんのことも、母さんのことも責めようなんて、思っていなくて――。


 わしゃっ。

 大きな手が、僕の髪を撫でる。安蔵父さんの手が、こんなに大きかったなんて、思わなかった。


「違うから。美晴さんのことも、音哉のことも責めてねぇから。ただ、自分が思っていたいた以上に、音哉のことを知らなかったんだな、って。そこが俺的には悔しかったんだよ」

「そ、そんなことは――」


 頭の中がグチャグチャだ。今さらだけど、なんでそんなことが言えるの? そう問い返したら、白都さんは何を当たり前のことを、って言わんばかりに呆けて。それから笑顔で色塗った。


 ――だって、音哉君のお父さんとお母さんだよ。音哉君を応援したいに決まってるよ!


 何の揺らぎも見せずに言ったその言葉が、今になって僕の耳に響く。なんで、そんなことを、何も知らない白都さんが言えるの? 


 そう出かかった言葉を、僕は飲み込んだ。

 離婚して寂しい想いをしたのは、白都さんだって一緒だから。そんな言葉を投げつけるのは、あまりにデリカシーがなさすぎる。





 ――僕は母さんに応援してもらっているからね。





 白都さんの笑顔が、こびりついて離れない。安芸白兎を活動できている理由を垣間見た気がして。でも、それ以上に自分の感情が、脆く崩れていく。


「で……でも。絶対に、父さん達の迷惑に……」

「子どもが迷惑とか、考えるなよ! むしろもっと頼れって!」


 ぎゅっと抱きしめられる。安蔵父さんの髭が痛い。でもイヤとは思わなかった。孔君がずずずっと味噌汁を啜るのみ響く。それが有難いって思う。


「あのさ、音哉。俺、球技は苦手なんだけど」

「……へ?」


 僕は安蔵父さんに抱きしめられながら、目をパチクリさせる。


「……その。キャッチボールしないか?」


 僕は目を大きく見開く。安蔵父さんの胸のなかで、彼の顔を見ることはできないけれど。


「良いなぁ。俺も便乗しようかな」


 孔君が珍しく言葉を盛らす。


「孔はインドア派だろ?」

「そうなんだけどね。白兎たそが嗜んでいると聞いたら、【兎団チビウサ】としては、やりたいじゃん?」

「ごめん、音哉。孔は何を言ってるんだ?」


 安芸白兎を知るリスナーだからこそ知る隠語スラング。でも、これどう説明したら良いの?


「じゃぁ、私はハクとキャッチボールしよう!」


 ふふんと上機嫌に姉さんが言う。


「舞夏姉っ、それは抜け駆けにも程がある!」

「だって、私のハクだもんっ」


 これでもかってくらい、上機嫌に姉さんは微笑む。今までにないくらい、食卓が本当に賑やかで。




 ことん。

 僕と安蔵父さんの前に、ご飯が置かれた。


「はい、おかわりね」


 気を利かせたのは、明比ちゃんでした。


「いらないよ?!」

「いらねぇ!」

「いらないの?」


 ここでシュンと俯くの、母さんズルいって!


「ハクなら、むしろ喜んで食べてくれるけどね」


 姉さんの満幅の信頼、重いよ。重すぎる。そして、安西食堂満漢全席と聞いて嬉々とする人と一緒にしないで欲しい。全メニュー制覇とかって、どれぐらいエグいのさ。


「男には退けない戦いがあるんだっ、音哉」


 安蔵父さん。言っていることは格好良いけど、これタダのフードファイトだよ?


「このあと、【Take.4テイク・フォー】なの?」


 鳴ちゃん、意味も分からず参戦するの止めて。それにしても、食欲をそそる玉子味噌。これ、本当に朝から背徳の味だって思う。


 男二人、頷き合って。

 それから、白飯をかっこんだ。






■■■





「音哉だけ、ソフトボールの見学に行くの?」

「げっぷ」

「ちょっと、ゲップで返事しないでよ?」


 母さんがプンプン怒るが、おとこ二人の戦いっぷりを褒めて欲しい。


「……それで良いって思っていたんだけど、白都さんが僕も含めてお仕事だからって」

「でも、小学校まで遠いでしょ? 流石に鳴ちゃんと歩いてくのは、難しいんじゃない?」


「うん。僕もそう思う。でも、白都さんのお爺ちゃんが、車を出してくれるらしくて。もし試合で車が必要なら、その時も出すからって言ってくれ……て?」


 話をしながら、母さんと父さんがポカンと口を開ける。


「樋ノ下さんの……?」

「あれ、マズかった?」

「いや、悪いとかは全然ないんだけど……」


 また微妙な空気で、二人の間に流れる。


「お礼とかした方が良いよね」

「音無グループ傘下の樋ノ下だぞ? 受け取ってくれるわけないじゃん。娘と孫に激甘だもん、あの爺さん。理由はそこだけだろ?」


 へ?

 僕も――そして姉さんも目をパチクリさせる。父さん達が狼狽えた理由は、一時間後、判明することになる。


 安西食堂の前に駐車した、場違いな。そして、恭しくお辞儀をする、執事然のような壮年の男性。車の中から、照れくさそうに手を振る白都さん。そして、さも当たり前のように座る新汰さんを前にして――。






 店の前に飾ってある風鈴が、涼し気にちりんと鳴ったのだった。

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