第17話 白豚君と親友君と幼馴染み君と。
――7月23日。夏休み8日目 21:45
「いやぁ、ビックリした」
スマートフォンのスピーカーから聞こえてくる呑気な声。我らが
VTuberチャンネル【
今や天の声の2人はチャンネル名物となった。そんな新汰Pは、すっかり回復したのか、快活な声を聞かせてくれるのは喜ばしい限り。
「ビックリしたのはこっちだよ。夏祭りの後に2人揃ってぶっ倒れるのどうかと思うよ?」
「すまん、すまん。つい浮かれちゃってさ」
はっはっはっと笑う。いや、笑ってないで寝ようよ。僕も明日、明比ちゃんとラジオ体操に行く約束をしたから寝ないとだけど。新汰と一緒にオンラインゲームの
そんなこんなで、スマートフォンで通話しながら新汰と
「でも、もう本当に熱はないから。白都のお粥が効いたんだな」
「お粥に解熱作用はないから」
むしろ、そんなお粥はイヤだ。それが本当なら僕が製薬会社にスカウトされる未来しかないじゃない!(ナイナイ)
「本当はこの絶交のシチュエーションで、俺は理彩たそに看病されたかった!」
「はいはい、ご馳走様! 僕で悪かったね!」
告白が成功し悪友達は
「ばーか。理彩たそとはまた時間を作るって」
「さいでっか」
「それより俺
「ほへ?」
僕は思わず目を丸くする。いや、そりゃそうだよね。晴れて恋人になった二人だ。デートとなれば、色々とお金も入り用になる。
「……でも、ラブホはまだ早いと思うよ新汰。物事には順序ってものが――」
「えっちなこと言うんじゃねぇよ!」
「
新汰、意外と真面目にVTuber活動をしてくれているのだった。外見チャラいけど、硬派。ま、新汰はそういうヤツだよね。一度始めたことはどっちかも蔑ろにしない。そんな新汰だから、男子連中のウケも良い。本当に良いヤツだって思う。怖い顔のお友達も多いけど――。
「……なぁ、白都?」
「ふへ?」
「お前、
「ぶふっ?!」
思わず、食べかけの挽き割り納豆甘辛山葵風味ポテトチップスチーズスペシャルタバスコブレンドを吹き出してしまった。刺激的な味が、僕の気管を刺激する。
「……げほっ。げほっ。ど、どこでその話を聞いたのさ?」
「都さんだよ。白都に看病してもらったから、そのお礼をと思って、連絡をいれた時に」
母さん、僕の個人情報保護について一度しっかりと話し合う必要がありそうだ。まぁ、別に隠すこともないけど。
僕が未だ咽せて目を白黒させていると、新汰が小さく息をついた。
「……大丈夫なのかよ?」
「な、なにが?」
僕は新汰の言いたいことが分からない。
「だって、あの一匹狼、優しくないだろ? いっつも声をかけても睨んでくるじゃんか。理彩たそとも話していたんだけどさ、白都が虐められていないか心配で――」
「なに、それ」
僕は思わず苦笑を漏らす。
「……白都?」
音声通話で顔が見えない。
ゲームのチャットも文字だけ。よくよく考えると、いつも近くにいる新汰でも、僕の感情を図れない。僕自身、自分の感情が良く分からなくて――そして、ようやく納得する。
(……あぁ、そうか。僕は怒っているのか)
自分だって最初、そうやって舞夏のことを見ていたクセに。
――安西舞夏は一匹狼さんで発情狼。だから
聞いた。その噂は僕だって耳にした。でも――。
『ハク――』
恥ずかしそうに、僕の名前を呼ぶ舞夏。
一生懸命、食堂で手伝う舞夏。
照れながら、僕のシャツの裾を引っ張る舞夏。
何より、愛しの義兄を『にぃに』って寝言で呼ぶ舞夏。
そこに、噂の
だから――。
「ねぇ、新汰?」
「あん?」
「新汰は、その噂。その目で確かめたの?」
どの口が言う。一番、信じていなかったのはこの僕だ。
「い、いや……」
「そう」
ゲームのなかでは、僕も新汰も必死に銃を撃ち合う。バリバリバリバリ、銃声が響く。いつも聞く耳慣れた効果音なのに、なんて嘘くさいんだろうって思ってしまう。
現在、プレイヤーは残り10名。このままいけば優勝も――というタイミングで、僕と新汰は同時に撃たれた。
ぽかんと、ゲーム画面を見やる。
僕を撃ったユーザーは、スナイパーエンジェル。新汰を
「……新汰、ごめん。明日が早いから、僕はもう落ちるよ。ラジオ体操に行かなくいとだから」
「あ、あぁ。あのさ、白都――」
言いかけた新汰の言葉を聞かずに、僕はログアウトをタップしてしまう。
――ログアウトしました。
無機質なその文字が、ディスプレイにちらついて。と、そのタイミングでスマートフォンがぶるっと震える。メッセージの通知を告げた。
MAIKA:明日は私もラジオ体操行くからね! よろしく! ハクは寝坊しないように😽
舞夏の猫のスタンプにを見やりながら、思わず頬が緩んでしまう。
――お姉ちゃんは、朝が苦手だから。多分、無理だと思うな。
明比ちゃんに、そんな太鼓判を押されたお姉ちゃん。ぶすっと頬を膨らませる舞夏の顔を思い出し、思わず唇の端が綻んでしまう。
青春酢豚野郎:もちろん♪ 明比ちゃんにも鳴ちゃんにもお願いされたとあれば、ね。
程なくして舞夏から返信が返ってきた。今日、友達登録したとは思えないほど、レスポンスか早い。
MAIKA:そのユーザーネームは変更した方が良いと思うな。
テンション低く返され、しょんぼりとした僕は、程なくしてユーザーネーム【HAKUTON】に変更したのだった。
■■■
――7月24日。夏休み9日目 06:12。
寝坊しないと豪語した、昨日の僕を殴りたい。夜更かしし過ぎである。深夜ラジオをあの後、聞いてしまった僕はなんてバカなんだろう。ラジオ深夜急行は素晴らしい番組だが、今や後悔早朝急行だった。
トーストしたパンを囓りながら走る僕は、旧時代のラブコメヒロインだろうか。しかし、腹が減っては戦はできぬ。この夏を乗り切るために体重、99.8kgはなんしても維持したいところ。
この猛暑を乗り越える作戦は「ご飯はしっかり」これ必須――なんて思考を巡らしてる場合じゃなかった。ラジオ体操の会場である公園に到着。ストップ! ブレーキ! 急ブレーキ! あやうく、舞夏にぶつかりそうになった。
「寝坊したんでしょ、ハク」
クスクス、舞夏が笑う。動じない君が凄すぎる。さすが、
「汗だくじゃん」
そう言って、僕からあふれ出る汗を拭ってくれる君、いったい何処の天使なんだろう。
「……お姉ちゃんが起きてるのウソみたい」
明比ちゃんが信じられないと言わんばかりに、舞夏を見やる。普段、どれだけ寝起きが悪いのだろう。でも、そこはきっと乙女の秘密。後で明比ちゃんにこっそり聞くことにしよう。
「お兄ちゃん、おはよう」
鳴ちゃんの真っ直ぐな眼差しが、すでに肌を灼く太陽より眩しい。
「……ぉはよ」
そして、ぼそっと呟く孔君。
「おはようございます」
にっこり音哉君も笑う。
「白都さん、痕で一緒にキャッチボールしてもらって良いですか?」
昨日と違って晴れやかな笑顔。もちろん、断る理由なんかない。僕なんかで良ければ――そう言いかけた言葉は、美味く音にできず――視線が釘付けになる。
「よっ」
昨日、気まずいままログアウトした新汰までいて。今日一日、休んだ方が良いのでは――そう案じる余裕すら与えてもらえなかった。早速、猛烈アタックの安西
「お兄ちゃん、朝のぎゅ~!」
「ぐへっ?」
朝からちょっとパワフルすぎませんか?
「ふんっ」
そして少し機嫌が悪い、
でもね。ほら、君がそんな行動をするから、高天原君が勘違いをする。その視線、嫉妬で僕を焼き殺さんばかりで。
落ち着いて、高天原君。僕はそのラブコメ舞台に立つ役者にはなれないから。だから、本当に勘弁して欲しい。
(……とりあえず、落ち着け、樋ノ下白都。落ち着くんだっ、安芸白兎!)
甘い香りに、目眩を憶える。
これはただの柔軟剤の匂い。柔軟剤。じゅうなんざい、 jūnanzai……そう思うのに。ぴったりくっつく舞夏からも同じ香りがして――。
「
高天原君は作り物のような微笑みを、僕に向けて浮かべるのだった。
■■■
――7月24日。夏休み9日目 06:18。
ラジオ体操開始まで、あと12分。
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