第25話 彼氏彼女

 初夏の日差しで汗ばむ六月中旬の日曜日。俺は瑛理子先輩とデートしていた。

 もちろん本当のデートではない。彼氏彼女のフリをした嘘デートなのだが……。


「せ、先輩、近くないですか?」


 俺の腕に抱きついている瑛理子先輩に声をかけてみた。

 今日は夏日とあってか、お互いに薄着なのだ。

 肌と肌が触れ合って、手汗……いや普通に汗が出まくっているのだが。

 これじゃお互いの汗を交換しているみたいじゃないか!


「も、問題ないわ。これくらいしないと鷹司たかつかささんを騙せないわよ」


 瑛理子先輩はそう言うが、無理をしているのか顔が真っ赤だ。


「抱きつくのは鷹司さんに会ってからでも良いのでは?」

「それじゃ遅いわよ。何処で見られているか分からないわ。気を抜けないわよ」

「ずっと気を張ってたら疲れますよ」

「うっ……」


 瑛理子先輩の腕から少しだけ力が抜けた。


「そうね……大崎君の言う通りだわ。ごめんなさい、あなたまで付き合わせてしまって」


 瑛理子先輩が目を伏せた。

 いつも思うけど、女王様っぽい瑛理子先輩が沈んでいるのはグッとくるものがある。

 こんな可愛い表情を見せられたら、男子の99.9%は恋に落ちそうだぞ。


「迷惑だなんて思ってませんよ。むしろ役得です」

「ふふっ、やっぱり大崎君って私が好きなのね」

「ち、違いますから!」

「本当かしら?」

「本当です! 瑛理子先輩だって男子が苦手なのに大丈夫なんですか?」

「えっ?」


 瑛理子先輩が首をかしげる。


「私って本当に男子が苦手なのかしら? 男子は私を苦手みたいだけど」

「気づいてなかったんですか? 男は近寄るなオーラを出してますよ」

「そうかしら?」


 キョトンとした顔の瑛理子先輩が俺を見つめる。

 やめろ、その目で見つめられると好きになっちゃいそうだ。


「あああぁ、近寄りがたいオーラを出しているのに、たまに可愛い仕草をするとか反則です。そんなギャップを見せられたら大抵の男は落ちますって」

「うふふっ、ギャップ萌えね♡」


 だから、そんな可愛い笑顔を見せないでくれぇええ! もう心臓がバクバクなんだけど!

 マジで瑛理子先輩は俺を落としにきてるのかよ!?



 ◆ ◇ ◆



 待ち合わせの喫茶店に着くと、すでに鷹司が待っているのが見えた。

 奥の席に陣取って、偉そうに足を組んでいる。


 綺麗な所作で歩いた瑛理子先輩は、スッと鷹司の前に立った。


「鷹司さん、待たせたかしら」

「遅い! キミから話があるって言ってきたのに、僕を待たせるんじゃない……って、何だお前は!」


 イライラした態度で顔を上げた鷹司だが、瑛理子先輩の横に俺が居るのを見て顔をしかめた。


「お、おい! 貴様ぁ、僕の瑛理子に何をしているんだ! は、離れろ! 腕を組むな!」


 俺と瑛理子先輩が腕を組んでいるのに激高する鷹司。しかし瑛理子先輩は、冷徹な一撃を加える。


「いつ私が鷹司さんのものになったのかしら? 私は大崎君とお付き合いしているのよ。それなのに、毎日のようにメールや電話をしてきて。迷惑だから話しかけてこないでって言ったはずよ」


 ガタッ!


 立ち上ろうとしていた鷹司が、ガクッと膝から崩れた。ワナワナと体を震わせながら。


「ぼ、僕は認めないぞ。瑛理子は僕のものだ。キミは理想のお嫁さんなんだ」

「あなたが認めないとか関係ないわ。私は身も心も……お、大崎君のものよ。んっ♡」


 ガクッ!


 身も心ものところで、鷹司が更に崩れた。顔が青ざめている。

 瑛理子先輩も頑張ったな。顔が真っ赤なのだが。

 しかし、理想のお嫁さんって何だよ?

 つい俺の口も緩む。


「あの、瑛理子先輩が理想のお嫁さんって面白いですね。この人、料理がド下手糞ですよ。ホットケーキが爆発する――ぐえっ」

「こらっ、大崎君! そういうのは言わなくていいの!」


 瑛理子先輩のツッコミが炸裂した。俺の脇腹に必殺の貫手ぬきてだ。


「いたっ、痛いです。前から思ってたけど、瑛理子先輩のツッコミは痛いです。手加減してください」

「う、うるさいわね。大崎君は、素直に調教されてれば良いのよ。ううっ♡」

「僕の目の前でイチャイチャするなぁああ!」


 鷹司がキレた。

 傍から見たらイチャイチャしているように見えたのだろうか。


「僕は認めない。僕は認めないぞ。そ、そうだ! 本当に付き合っているのか? 僕を諦めさせるために、付き合ってるフリをしているのかもしれないよな」


 やはりそこに気づいたか。ここは冷静に。


「付き合っているわよ! ラブラブよ!」


 冷静に行こうと思った矢先に、瑛理子先輩が前に出てしまった。

 ラブラブなのか?


「だったら証拠を見せてみろ! 付き合っているのなら見せられるはずだろ!」

「いいわ! 見せてあげる、私と大崎君がラブラブなのをね!」


 おいおい、ちょっと待て! 瑛理子先輩がムキになっているのだが!

 こういう場合、大抵はろくでもないことに!

 とりあえず話を変えないと。


「先ずは飲み物でも注文しませんか?」

「お前は黙っていろ! これは僕と瑛理子の問題だ!


 鷹司に怒鳴られた。余計に彼を興奮させただけだった。

 周囲の視線が集まって居たたまれないのだが。


「なら見せてもらおうか! そこの小僧と付き合っている証拠をな!」

「いいわ、見せてあげる!」


 ほら、こうなった! 言わんこっちゃない!

 どうせ鷹司が無理難題を吹っ掛けてきて、付き合ってないのがバレる展開だろ!


「なら、今ここでキスをしてみろ! 付き合っているならキスできるはずだよな!」


 やっぱりこうなった……って、き、きき、キスぅ!

 さすがにキスは無理だよな。もう嘘だとバラすしか……。


「いいわ、私と大崎君がキスするのを、そこで黙って見てなさい!」

「ちょ、先輩、正気ですか!」


 まさかの展開だよ!

 つい大声を出してしまい、更に周囲の視線が集まった。


「あの、先輩……」


 俺は瑛理子先輩の耳に顔を寄せる。


「先輩、キスしたことあるんですか?」

「ある訳ないでしょ」


 ですよねー!

 俺は小声で続ける。


「ファーストキスは大事にしてくださいよ。初めてが俺とで良いんですか?」

「べ、べつに……い、良いわ♡」


 良いのか!?


「いやいやいや、良くないですって。初めては好きな人としてくださいよ」

「うるさいわね。私が良いって言ってるのよ。大崎君こそキスしたことあるの?」

「無いですけど」


 何故だか瑛理子先輩が胸を撫でおろしている。


「そう、したことないんだ。望月さんとも」

「真美さんは、そういう関係じゃないです」

「そうなんだ。ふふっ♡ じゃあ私が大崎君の初めてね」


 超魅惑的な瑛理子先輩の瞳が俺をとらえる。まるで心を射抜かれたように捉えて離さない。


 ああ、何だその超絶綺麗な瞳は!

 大きく美しく印象的で、天地がひっくり返りそうなくらい魅惑的なのだが!

 そんな瑛理子先輩に見つめられたら、俺は…………。


「大崎君……いえ、俊君」


 俺と瑛理子先輩の顔が近づく。吸い込まれそうなほど綺麗な瑛理子先輩の瞳に、俺の目が釘付けだ。


「瑛理子先輩……」

「俊君……」


 ダメだ。もう抗えない。俺は瑛理子先輩と……。


 ガタンッ!


 俺と瑛理子先輩のくちびるが、あと1センチで接触するところだった。突然入ってきた誰かが、俺と瑛理子先輩の顔を引き離した。


「ダメぇええええええっ! 絶対ダメぇええええええええええ!」


 飛び込んできた女性の胸が揺れる。バルンバルンと推定Gカップくらいに。


「って、真美さん!?」


 その女性は真美さんだった。

 血相を変えた真美さんが、俺と瑛理子先輩の顔を両手で押さえ込んでいる。


「ど、どどど、どうしてここに真美さんが?」

「えっと、ぐ、偶然だよぉ」


 偶然ならしょうがないか。

 待て! その前に、俺たちがキスしようとしてたのを見られたんだよな?

 どうする!?


「その……凄い偶然ですね。真美さんも用事ですか?」

「えっと、その、ちょっと散歩で」

「散歩ですか」

「散歩のはずがないでしょ!」


 瑛理子先輩が割り込んできた。真美さんの手を振りほどきながら。


「望月さん! あなた、ストーキングはやめてくれないかしら?」

「やだなぁ、ストーキングなんてしてないよ」

「してるでしょ。いつもいつも私たちの前に現れて」

「だから偶然だよぉ」


 ああ、また真美さんと瑛理子先輩が険悪な雰囲気に!

 何で毎回こうなっちゃうんだ。二人とも良い人なのに。


「瑛理子先輩、とりあえず落ち着きましょう。真美さんだって偶然って言ってるじゃないですか」

「大崎君、あなた本当に分かってないわね。この鈍感主人公!」


 ええええぇ……。瑛理子先輩に鈍感主人公認定されたのだが。

 そりゃ、女心は難しくて分からないけどさ。


「もうこの際だから言っておくわ!」


 瑛理子先輩が俺を抱き寄せる。


「私と大崎君は付き合っているの! 鷹司さんも望月さんも邪魔しないでくれるかしら!」


 ガタッ!

 ガタッ!


 その時、二人が同時に膝から崩れた。


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