意志を継ぐもの
風月 雫
第1話
あの子達が成長した姿を……もっと見たかった――。
それも、もう――無理ね。
私は身体中、至る所から血を流し目の前の惨状に、剣を握る力も無く茫然と立ち尽くした。そして、そこに立っているのも、やっとだった。
私は、プランタニエ領の領主、夫のキリアン・プランタニエと王都から帰る途中、複数の魔物と遭遇した。
また、あの魔物と出会うなんて――。
忘れもしない。体が一つで頭が二つあり、紅と緑の目を持つ『双頭の大蛇』。その単頭の緑の瞳が1つ潰れているのは、昔、目の前で姉のヘスティアが大蛇の牙で殺された日、私が彼女の剣――聖剣で、その瞳を潰した。
私は、周りを見回した。キリアンや護衛に付いてきた騎士たちも皆、大蛇や他の魔物たちに殺されてしまった。どうして、またあの魔物に会うなんて。
また、私は大切な人を守り切れなかった。
そして、私の
この世界は『世界樹の守り人』、スティアを失うだけでなく、『春の祈りをする者』精霊人、キリアンまで失ってしまうなんて。
これから先、この世界はどうなるのだろうか――。
幼い我が子の笑顔を思い出す。私達の愛する子供達。
このままでは、私達の大切な子供達に苦労をかけさせてしまう。
けれど、もう私はどうすることも出来ない。生き残る力さえ残っていない。
私は天を仰いだ。どうか、神様。あの子たちを守ってください――。
私の頬に涙が伝う。
私は、私を愛してくれたキリアンに覆いかぶさるように倒れた。
キリアン、ごめんなさい。貴方を守り切れなくて。
そしてありがとう。私を愛してくれて。
貴方に会えて、私は幸せだった。
生まれ変われるなら、また貴方と一緒に――。
段々と意識が遠くなる中で、私を抱きかかえ、叫び呼ぶ声が聞こえる。
「奥様!! 奥様!! レティシア様!! しっかりして下さい!!」
この声は――聞き覚えがある。ジェイムズだわ。
生きていてくれたのね。良かった。誰か一人でも生き残ってくれて。
私は声を出すことも、体を動かすことも、もう出来ない。
ああ、お願い。貴方に託すわ。あの子達を守って。
ごめんなさい。
私の最愛の幼き子供達よ。
そして私、レティシア・プランタニエは24歳の生涯を閉じた。
太古の昔――。
この世界には精霊達が集う大樹が天を支えるように
精霊達は、樹の守り人を一人選び、そして四つの聖地へ精霊人を送った。
精霊人は、それぞれの聖地から精霊と共に四季と主とする祈りを捧げ、この世界の自然を豊かに、大樹はその四つの聖地とそこに繋がる世界を守ってきた。
樹の守り人は、樹の寿命が来ると珊瑚色と緑色――淡緑色を身に纏い、大樹の剣と共に白銀の魔力で祈りを捧げ、樹に新しい
しかし、やがて大樹は1000年の寿命を迎える――。
――7年前
私は、レティシア・シビル。17歳。
今まで共に戦って来た相棒を抱きしめていた。
それは、代々シビル家に引き継がれる聖剣。鞘は白銀で神秘的な小さな淡緑色の石が数個、縦に埋め込まれている。
結婚をしたら戦うことを辞めようと思っていた。夫のキリアンから『危ないから辞めてくれ』と言われ続けていたから。けれど、最近になってまた魔物が頻繁に出てくるようになって、また戦わなければならなくなった。
そんな現状に私は気鬱になる――。
けれど覚悟を決め、私は剣を鞘から抜く。ガードの中心に私と同じ髪色の珊瑚色の石が1個、埋め込まれている。
淡緑色と珊瑚色は我が家の家系の色だった。子はどちらかの色を持って生まれてくる。けれど姉のヘスティアは両方の色を持って生まれてきた。
髪は私と同じ珊瑚色。そして瞳が緑色。
両方の色を持って生まれてきたヘスティアは私より3歳年上の姉だった。
二つの色を持って生まれて来るのには理由があった。
両方を持って産まれてくる子は、『世界樹の守り人』として特別な子とされる。
ヘスティアは『世界樹の守り人』としてこの世界に生を受けたのだ。
そして、『世界樹の守り人』に与えられる聖剣を受け継ぐ正当な持ち主は彼女だった。
魔力量も私より多く、そして何より陽だまりのような温かい優しい心を持った自慢の姉だった。
この聖剣を受け継ぐ者は、この国の何処かにある聖樹、『世界樹の守り人』となる。
そして、ヘスティアは『世界樹の守り人』になるはずだった。
もうすぐ枯れる世界樹の寿命に備えて――。
1000年周期で訪れる樹の寿命が、およそあと30年程で来るとされ、樹が枯れる前に苗木になる枝を保管しておき、枯れる前にその枝を植え、育て守っていくのがヘスティアの役目だった。
それなのに世界樹を見つける前にヘスティアは5年前にあの魔物に殺されてしまった。いいえ、あれは私がいけなかったのだ。
私が12歳の時、世界樹の放つ結界から出てしまい魔物に襲われそうになった所を姉のヘスティアが助けようとして、彼女は私の目の前で亡くなった。
「レティシア! 危ない! 逃げて!」
「ね、ねえさ、さま……こ、こわい」
大きな口を開け、襲い掛かってくる魔物に私は一歩も動けなかった。そして姉のヘスティアは、怖気立ち動くことの出来なかった私をかばったのだ。
あの魔物は忘れもしない。双頭の大蛇だった。
あの後、自分でもどうなったのか、どうしてそんな事が出来たのか分からなかったけれど、大蛇の牙で血だらけになった姉が持っていた聖剣で、大蛇の一つの瞳を無我夢中で突き刺した。大蛇は暴れるようにして逃げて行った。
私は聖剣を片手に握りしめながら、姉の名前を何度も叫んだ。
「ヘスティア姉様! ヘスティア姉様……」
ヘスティアは、「無事で……良かった……」と呟き命を落とした。姉の命は、私より大切な命だったのに。
決して失ってはいけない命だったのに――。
私は真の聖剣の持ち主ではない。けれど、ヘスティアの志を受け継いで世界樹を探さなければならない。
それから私はこの聖剣と共に魔物退治をする事になった。
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