外伝 ハイド・ルフレスという名の青年の鍵付き日記 他

【ハイド・ルフレスという名の青年の鍵付き日記】

 

 あの日、俺はランジアの夢を見た。一一九四二章の夢。多分、その数で偶然ランジアが現在見ている夢に出会ったというだけの話でランジアはもっとたくさんの悲劇を見てきている。

 ランジアはこの世界の歴史を習わない方が良い。学びの吸収力が高い女性であるとはいえ、いやそうであるからこそ、歴史を知って過去の悲劇についてこれ以上知らない方が良い。

 俺の知る歴史では、ベステロフという街全体一夜にして燃え尽きたことがある。その事件は、ある少年一人によって引き起こされたものだと証言がある。その少年は反逆罪により死刑になった。そう最近の歴史書には記されている。僅か十年前の話だ。これによく似た光景を、俺はランジアの夢の中で目撃した。

 魔法みたいだと思った。それは、核の使い一人しか使えない特別な力のはずなのに。

 そして、俺たちがよく星を見に遊びに行く、崖の近くの切り株の光景も。クロッカスが咲き乱れるあの空間。何年も前の幻影郭の風景なのではないかと思う。今、あの場所にはあれほどのクロッカスは咲いていない。人の手が入らなければ美しいものは廃れる。周りから浮いて、一際目立って見えるものを綺麗だと感じる人にとって、クロッカスが咲いていることはまさに特別。人の手が加わったもの、だから夢の中ではあんなに美しく咲いていたのだ。俺があの場所を見つけるまで、長らく人は来ていなかったのだろう。

 おそらく実際に起こったことだ。現実に存在した場所が登場しているのだから。他の夢でも俺の知る歴史に酷似した悲劇を多く目撃した。


 そして、他によく夢に出てきた人物たちがいる。白髪の少女と少年。

 だとすれば、度々夢に登場した白髪の二人も実際に存在する。白髪の少年は弟だと話していたな…、だとすれば未来か。白髪の少年と少女はどの夢でも悲惨な道を辿っている。


 もし、ランジアの夢が実際の景色を投影するものだとしたら。

 大地の記憶を吸収して、過去から、未来の記憶を見ていたのだとしたら?


 こんなありえないことを考えて心配してしまうのだ。でも、そんな仮説でも実際に頭の中に生まれればそれからずっと脳内にまとわりついてくる。

 そんな疑念を頭の中に誕生させないためにも、ランジアは歴史を学ぶべきではない。

 

 ランジアは悲劇を夢だと割り切っていたから壊れずに優しい女性でいたのだと俺は考える。だからこそ俺は悲惨で地獄のような夢が現実の景色かもしれないなんて思ってほしくない。

 

 彼女は幸せな夢を見るべきだ。

 俺が創り続ければ良い。

 

 でも、何故人は夢を見ないのだろう。俺は、夢を見ないほうが異常に思えて仕方ない。でもこの仮説は…、うん。

 この日記は俺以外の誰も見ない。

 俺以外に誰も開けられない。

 書いておこう。

 

 人々の夢は奪われた。


 俺に何があったのか知る術はない。知りたくもない。

 だって、これは世界に関わることだろう?

 だったら、神に奉納するのが仕事なだけのたかが夢創造人が首を突っ込むべきことじゃない。俺は、近くの人に幸せでいて欲しいだけなのだ。ランジアに。アネモネに。そして、家族にも。


 もし、本当にランジアの夢が過去、未来に本当に起こったこと、これから起こることだとしたら…。それはまた考えることにする。


 この世界が誰かの夢だったら、都合がいいのに。

 未来のことだって夢の中でなら夢創造人は全てを書き換えることができる。


 なんて。俺が立てたこんなくだらない仮説で、長々と文字を書き連ねるなんて、らしくないな。

 過去の件も実際に知っている街と知っている場所、実際に起こった光景と酷似しているというだけの話。そんな偶然は何万も夢を見ていればあり得ることだ。御伽噺ではデジャヴといったか。

 うん。あり得ることだ。もう、終わりにしよう。 ―


   ***


 俺は日記帳を閉じると、ぐぐーっと伸びをして机に突っ伏した。

 「ハイドー。図書館かなぁ…。」

 廊下から自分を探す声が聞こえる。椅子が後ろに倒れるくらいの勢いで立つと、急いで日記に鍵をかけて目についた古書の奥にしまい込んで誤魔化すように扉へ向き直る。ちょうど扉が開いてランジアが入ってきたところだった。

 「図書館にいたんだ。何してたの?」

 「え、あはは…。ちょっと面白そうな本ないかなって思って見てただけだよ。」

 「ほんと?なんか怪しい…。」

 「ほーら、朝ごはん、行こっか。」

 きまづくなって目を逸らす。ランジアは目を細めて訝しげにこちらを眺めている。自分の頬に手が触れる。その後の動作を待たず、俺はランジアの背中を押して無理矢理図書館から出た。

 純粋にお腹が空いていたこともあり、まっすぐに食堂へ向かった。美味しいシレネさんの料理が待っている。ランジアは頬を膨らませて、背中を押されて歩きながら静かに口籠もっている。

 古書の奥深くに無造作に仕舞われた日記帳には、天井のステンドグラスを絵にした栞とランジアから贈られた夢の宿った赤いフウロの花が押し花として挟まれている。


 

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