第六章 少年少女の幸せな夢は
第十二話 花言葉
「今日の朝みたらね、アングレカムの花が咲いてたんだ!ランジアも観においで。」
どこかで見たことのある懐かしい場所、丘の上に立つ小さな家。外から聞こえた声を頼りに扉を開けると何種類もの綺麗な花がたくさん咲いている庭が広がっている。庭の片隅、アネモネとハイドが座り込んで白い花を眺めている。
「本当だ。白くて可愛い。」
名前も姿も見たことない花だ。でも綺麗な花である。周りを見渡すと他にも様々に綺麗な花が咲いている。オンシジューム、向日葵、ツバキ、ハーデンベルギアなど。
あれ。
知らない花ばかりのはずなのになんで私は名前を知っているのだろう。いいや、ハイドに花言葉を訊いてみよう。きっとハイドが選んだ花ならばロマンチックな意味があったりするのだろう。アネモネの背中に体重を乗せてアングレカムを眺め考える。アネモネが少し嫌がるそぶりを見せているのに声は明るい。ハイドもそれを見て微笑んでいる。落ち着くなぁ。
「ねえハイド、この庭の花の花言葉を教えてよ。」
―外暦八十一年五月五日 夢創造人の少年から少女へ贈られた夢―
目覚めの良い朝だった。布団の中で痛くなった胸を押さえ込む時間も無く、伸びをするとすぐに部屋を出た。まだ朝の四時半。普段ならとてもじゃないが起きていない時間帯。私は早足で廊下を駆け、作業場の隣にある小さな図書館の扉を開ける。ここに来たのは案内された時以外では初めてかもしれない。ハイドは良くここで本を読んでいるようだが、使う人はそんなに多くないというのが現状である。元々冊数がある図書館ではないし、利用者候補も夢創造人の五人とガーディアンの二人しかいない。誰かが趣味で集めた本が収納されているような、ここにいた夢創造人が持ち込んだ本の蓄積なのかもしれない。
まだ薄暗く淡い青の雰囲気の漂う図書館は普段利用している人がハイドだけということもあり少し埃っぽく、古書の匂いが漂っている。
今日は調べ物をしたくて来たのだ。図書の分類から自然科学のコーナーの植物学の棚を探して「季節の花の花言葉 著リヴィア・ルフレス」と書かれた本を抜き取る。夢で見た花の名前を索引で探してそれぞれのページを開く。
暫くして、私はバタンと本のページを力強く閉じた。窓から日の出の光が射し混んでくる。
「あんの…馬鹿。」
私は、元あった棚に分厚い本を押し込むと、紅潮する頬を押さえながら図書館を後にした。一人取り残された本から作業場のステンドグラスを写した栞が落ちたのに私は気づくことなく、図書館に人はいなくなり静かな空間が戻る。
「あ、ランジア。おはよう。」
図書館を出て廊下にしゃがみ込んで心を落ち着かせていると、今一番聴きたくなかった声が聞こえた。聴きたくないわけじゃないけど、じゃないけれど!
「…、良い夢をってこういう意味か…。」
ハイドの耳には聞き取れないだろう、私がどれほど困惑したか教えてやることは今後一切ない。
「ランジア、大丈夫?」
「大丈夫じゃな…、そっちこそ大丈夫⁉︎」
お前のせいだろと顔を上げると後ろで結ぶほどに長かったハイドの髪がバッサリとなくなっていることに驚愕した。普通の男性に比べたらまだ多少長い方ではあるが、瞳の色が両目とも髪に隠れずに出ているのは新鮮だ。
「へへ、気分転換だよ。それよりそんなとこで何してたの?図書館、調べ物?」
「ちょっ。」
図書館の扉を開けて中に入ろうとするハイドを急いで静止する。何故だ、後ろめたいことはないはずなのに、図書館に入って欲しくないという気持ちが芽生えた。腕を掴まれたハイドは少し考え込むとニヤァと悪戯っぽく笑ってこちらに向き直った。
「良い夢を見れたようで何より。」
「ッハイド!」
昨日見た夢はハイドが創ったもの。匂い袋の中に夢の創造後の祈りの力の気配が残っていた。
ハイドに言われるまでは私の独りよがりな妄想だと考えることもできたけど、こう言われてしまえば確信に変わらざるおえない。私がハイドをとっ捕まえようと足に力を入れた時にはもう廊下の曲がり角まで辿り着いて姿が見えなくなっていた。
引きずっている足でどうしてそこまで逃げるのが早いのだ。
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