第三話 碧い瞳


「さぁ、今日が君たちの初仕事だ。今日からしばらく私が教育係として付くからね!」


 そう言われたのは、もう一週間以上前のことだ。

 何とは言わないがでっかい美人ことデファレが、私たちにつきっきりで仕事のノウハウを教えてくれた。

 最初は二階で、超ベテランことフロス・アゲラタムという腰を壊していたお爺ちゃんに、夢を創るところを見せていただく。

 まず、スターチスのドライフラワーを優しく持つ。そして、核様に見せたい夢を祈る。段々白い光が強くなって…ほら出来た。

 …らしい。わかるか!

 因みにそれをたったの十秒でやってのけたお爺ちゃんが規格外だそうだ。デファレやとんがりさんでも一つの夢を創るのに最低でも三時間は精神を集中させないといけない。


 夢を創る仕組みはこうだ。

 スターチスは花言葉の通り、一輪一輪に人の記憶を宿している。その中でも、神の記憶を宿す花が幻影郭に咲き乱れる紫のスターチス。

 その記憶を引き出すために祈る。魅せたい物と伝えたいことを想像しながらひたすらに祈る。そうして、記憶とこの世界の片鱗を頭の中で、組み上げていくのだ。

 それを一つの夢としてスターチスに込めて、核様に奉納し、その夢を見てもらうことで夢は完成する。

 見方としては核の使いの魔法に近い物だと思った。でも、デファレによると魔法は神である核様の願いの力を借りたものであり、私たち夢創造人のスターチスの花から記憶を引き出すための祈りの力とはまた違うということだった。

 そもそもの話、祈りは記憶から夢を創るためだけに使える能力であり、魔法はもっと汎用性が高いらしい。


「まず、夢とはなにか。はい、ハイドくん!」


「核様だけが寝ているときに見るものです。時々未来を予知したり、悪い夢を見ることもあります。」


「正解!予知や悪夢を見るのはなんでだ!はい、ランジアくん。」


「え、えっと。予知が起こるのは、私たちが記憶から起こりそうなことを予測して夢にその要素を入れ込んだりするからです。夢は、私たちが入れ込んだ要素、柱を元に、核様の体に合うように創り上げられます。悪夢は、ああと…不安定な記憶がスターチスの中に埋め込まれてて、それが、えと…なんか反応するから!」


 「予知に関しては正解だが、悪夢に関しては惜しい!スターチスが不安定な記憶を宿していると、祈りがスターチスの中に入りずらくなるんだ。不安定な記憶と祈りは相性が悪いんだよ。でも、そのスターチスに祈りを込めてしまった以上は核の使いに渡さなければいけない。」 


「何故ですか?」


「それはね、幻影郭のスターチスが神の暮らす場所で生まれたからだよ。借りたものは返さなきゃ。」


「祈りって難しいですね…。」


 何気ない返答をしながら、考えていた。

 人間はやっぱり夢を見ない生き物なんだな、と。

 そして、夢を見るのは神様だけなのだ、と。


 夢を見る人間は…何者だ?


 祈りの練習が始まってまた一週間。


 私にはまだ祈りがうまく使えそうな兆候もない。いつも、白い光が薄く光っては大きくなる前にスターチスに吸い込まれて消えてしまう。


 一方ハイドは三日目で未熟ながらも短い夢を創ることに成功していた。よほど高い精神力と集中力を持っているのだろうとデファレは感心していた。普通と比べても随分と早い習得だったそうだ。


 今は幻影郭以外に育った別のスターチスを使って、祈りを使える時間が少しでも長くなるように練習している。

 別のスターチスも人の記憶を宿している。それは神のものではなく、その地に暮らす民のものだ。祈って、夢を創ったとしてもその夢を見る人はいない。練習にもってこいなのだ。

 隣で祈りを込める真剣な顔のハイドを見ると、「羨ましい。私も早くっ!」といったライバル心が芽生えてくる。


「難しいのよ、祈りって。そもそもこれを使える能力のある人が少なすぎるのよ。」


 祈りのあまりの難しさに苦戦する私を見て、デファレは頭に手を当てて、慰めるように口にした。


     *** 


「どうしたらできると思う?祈りの感覚の説明聞いても皆擬音ばっかなんだもん。」


 ハイドにやり方を聞いてみる。まだできるようになったばかりであるから、感覚などを言葉にしやすいのではないだろうか。


「どうっていっても、擬音でしか説明のしようがないからなあ。魅せたいことと伝えたいことを思い浮かべたら、ドンってなってギューってしてずっとジリジリしてる。で、終わったと思ったらヒューみたいな。」


 机を挟んで座るハイドは腕をくんで本気で悩んでから、夢創造人の先輩たちと同じような言葉を呟く。

 私はまだ一つも夢を創れていない。ペアで一つの夢を創るといった課題も、結局は殆どハイドの力で終わってしまった。


「ハイドもか…。んぅ、美味しい!」


 子牛のもも肉を煮込んだ料理を口いっぱいに突っ込む。こんな高級肉、貧民街では食べたことがなかった。毎日美味しいお肉が食べられるというだけで夢創造人になった価値があると言えるかもしれない。


「…無理してない?」


「んー?してないよ。」


 私が怖い顔のままでいたのだろうか。ハイドは頬杖をついたまま首を傾げる。


「じゃあ、しかめっ面しない!可愛い顔が台無しになるよ。」


「チャっラいなぁ…。」


「っ、ひどい!心配しただけなのに…。」 


「あはは、ありがとう。」

 

 私の言葉を聞くとハイドは目を細めてゆっくりと微笑んだ。


「はい、よろしい。」


 くっ、イイヤツめ。

 ハイドはフォークとナイフを置くと、パンと手を叩く。


「気分転換しようか。ここの近くの街はね、全体が花でできてるんだって。そこの人たちは皆自分の誕生花をアクセサリーにして、身に付けてるんだ。体に誕生花の紋様が出てくる人もいるんだって。」  


「あぁ!聞いたことあるそれ。《フルーレス》のことでしょ花の魂が体に宿るとか、昔話に出てきた。稀に人に花の紋様が浮き上がり、それが紋様同士で結び付いたら、それが運命の人みたいな。ロマンチックだよねぇ。」


 私はロマンチックな物語が昔から結構好きだ。だから、純粋に好きな物語のを語ることできて嬉しかった。


「今もあの街行った夫婦とか恋人とか、友達とか紋様を自分で入れたりするんだとか。あ、その肉もらっていい?まだお腹すいてて。」


 半分ほど残っていた私の肉に期待のこもった視線を浴びせるハイド。私は肉とハイドの視線の間に手を入れ分断して、それを拒否した。

 

「駄目だよ。それは私の。」


「うへぇ…。成長期の男子にこの量は少ないって…。あ、とんがりさん!その肉少しだけ貰って良い?」


 夕食を食べに来たらしきとんがりさんにトレイの上の肉に期待を込めてハイドは近づいていく。野菜なども多少あるのだが見向きもしない。

 肉の量は結構あったはずだが、どんだけ食うんだろうか。

 ハイドは流れるようにとんがりさんに別の料理を貰いに行ったが、こんなことをしたのはここへきて初めてだった。普段は背を伸ばしてゆっくりと食事を摂っている。まさに、育ちの良い人。子供の頃から基礎として染みついた所作だ。

 数日前、私が気軽におかわりをしているのを少し羨ましそうに見ていたのを覚えている。もしかして、私に学んで…ここではおかわりとか、食べ物のシェアとかをしても大丈夫なのだと思ったのだろうか。

 やめて。私は庶民の子供、育ちがいいわけじゃないから少し申し訳なくなる。

 もやもやと口を動かしながら、私はとんがりさんと話すハイドを眺めていた。


「あぁ、いいよ。僕には多すぎるからね。」


 とんがりさん優しいな。


「やった。ありがとんがりさん!」


 ありがとんがりさん…。私もこれから積極的に使っていこう。

 もう、先ほどまで考えていた悩み事は脳内から消えていた。三分の一ほどの肉を貰って帰ってきたハイドは、席に着くと、少しだけ慎重に口を開いた。


「それで…、来週ぐらいにお休み申請して、一緒に行かないっ?」


「…ごめん、来週はちょっと近いかもしれない。きっといけない。」


「な、………り、理由を聞いて…も?」


 ハイドの悲しそうな顔からして、心が粉々になったように見える。ごめん、言い方間違えた。


「私まだ何も出来てないから。祈りの力を上手く使えてないから、それをしっかりできるようになりたい。」


「一週間後までに使えるようになる。それじゃダメ?期限を設けた方が頑張れるよ。」


 正直に言って出来るようになる気配がないことから私は自信を失っていた。


「そうかなぁ…。」


 「ご馳走様!ランジア、外行こ外!気分転換前の気分転換!」


 「ちょっと待ってよっ、私まだ食べ終わってないって。早くない⁉︎」


 残っていたお肉を口いっぱいに詰め込むと待っていたハイドの背中を少し力を込めて小突いた。


 「いっ、!」


 「はあひはばか!」


 「?」


 「早いわ馬鹿!」


 「えへへ…ごめんごめん。」


 何照れてんじゃ。喉に詰まるとこだったんだぞ。


 「ところでこの屋敷、崖上にあるでしょ?昨日、お風呂から帰るときにね、夕焼けがきれいなとこ見つけたんだ。今はそこに向かっています!」


 「ふーん。」


 元気づけようとしてくれているのだろう。その思いやりが伝わってくる。   

 私ゃあそんなことで気分が落ち込むほどやわじゃないよ、と虚勢を張りたい欲がでてきた。しかし、今回はそれを抑えてついていくことにする。

 甘えたい欲が勝ったとでも言うべきか。


「崖上だけあって、景色がよく見えるんだ。さっき話したフルーレスも、条件が良ければ見えるかもね。」


「えっ、見たい!」


「ついた!」


 幻影郭のスターチスの花畑を抜けた端の端。崖との境界を作る柵が壊れて、先へ行けるようになっていた。

 浅い木々を抜けると、何故か座れるように改造されている二つの切り株がある。


「これ、ハイドがやったの?」


「いや、俺が見つけたときにはこうなってた。古いみたいだし、昔いた夢創造人の人たちの穴場だったのかもね。」


「私みたいに祈りに力の発動と付与が習得できなくて落ち込んでたのを誰かに慰めてもらったりしてたかも。なんて…あ、フルーレスみえるよ!あの大きな百合!」


 https://kakuyomu.jp/users/ohanadaisuki-dess777/news/822139840467025239


 下に広がる大きく深いな森の向こう、霧がかかってぼやけてはいるが街の上に大きく聳える大きな白い百合の花のシルエットが見える。あれが私達の故郷トラネスと並んで、花の街と呼ばれるフルーレス。美しい白の街だ。

 フルーレスのもっと遠くには海が見える。夕陽が今まさに、海の向こうで輝きながら沈んでいくところであった。


「あーもう!夢なんてどうやって創るんだぁ!」


「それはまだ俺には説明できない。」


 困ったようにまた首を傾げる。悩むときのクセなのだろうか。ハイドはよく考えるときに同じようなポーズをしている。


「役に立たんなコノヤロ。」


「んん…。じゃー、頑張り期間が終わった後の為にご褒美をつくるとか。具体的に何を頑張るかは思い浮かばないけど。」


「そんなにフルーレスいきたい?」


「ランジアは、どうしたいって思うの?」


 ハイドが切り株から立って、しゃがみこみ、私の瞳を覗き込んだ。ハイドの瞳は、綺麗な碧だ。河に飛び込んだとき、水を透過した光と同じ色をしている。

 カールがかった髪が頬に垂れて、邪魔になりそうだ。


「っわ、何するんだよ!」


「え、えっあ、いや…髪の毛邪魔かなぁって…。ごめん…。」


 ハイドの髪の毛を払おうと頬に手を伸ばすと、ハイドが私の手を払い、勢いよく後ろに尻餅をついた。 崖の近くだったこともあり、心臓がおかしな浮遊感を覚える。恐る恐る目を開くと、ハイドは無事、地面に座り込んでいる。よかった、ホッとした。一瞬落ちたかと…焦ったぁ。

 驚いて目をやると頬に手を当てたまま、ハイドの息が少し荒くなっている。完全に、無意識だった。…何してるんだ、私。


「ごめん、ちょっとびびっただけだから。気にしないで。」


 胸を押さえて深呼吸をしてから、ハイドは歯を見せて微笑んでみせた。わざと作った笑顔にも、照れた笑顔にもどちらにも解釈できるような表情だった。

 長い間ゆっくりと会話を進めていたせいで、すっかり体が冷えてしまった。心なしか隣の人の耳元も血が集まって赤くなっている、ような気がする。

 春が来て気温が上がってきたとはいえ、日没後はまだ寒さが残っている。軽い上着を羽織るだけじゃなく、もっと暖かい格好をして来るべきだった。

 ハイドはいつの間にか結んでいた髪の毛をおろしていて、顔がよく見えない。肩についてしまいそうなくらいに長い。私よりも髪の毛が長いんじゃないだろうか。

 …切ればいいのに。


「寒くなってきたね。」


「もうちょっとだけ話してもいい?」


「何。」


「ランジアは夢をみたいって思ったことない?」

 

背筋が凍った。何を言ってるんだこの人は。

「夢は神様しか見ないものでしょう?」


「でも、《イスールお伽噺》には出てくるでしょ?」


 私たち人間は夢を見ない。

 でも、昔話や民話には当たり前のように夢を見ている少女や少年が登場する。睡眠中が虚無しかない現実の人間とは違う。私たちは夢を昔話でしか知らない、はずなのだ。

 それが世の常だ。

 私が抱えている秘密が『例外』であることを除けば。誰にも言えない。

 私が特異であることの証は祝福で青く光るだけじゃない。『夢を見ること』だ。

 ハイドは腕を真上にあげると全身を使ってんんーと伸びをした。


「夢見てみたいと思わない?俺、ずっと見てみたかったんだぁ…。」


 癖のついた髪の毛に隠れてハイドの表情はよく見えない。少しだけ口角が上がっているのは確認できた。


「私はぁ…、別に思わないかなぁ。」


 いつも見てるしな。


「そっか…。」


「あー、寒いなぁー。」


 話題を変えるためにわざとらしく言ってみた。別にそれ以外の狙いはなかったのだが、ハイドには罪悪感を感じさせてしまったようだった。


「…話付き合わせちゃってごめん。これ羽織ってていいから!」


 ハイドが防寒用に羽織っていたケープコートを私の肩にかけた。あったかい。

 

「ありがとー!流石、モテる男は違いますわ。」

 

「皮肉か!皮肉なのか?…っうぇ、っへっくしょい!」

 

 幻影郭へ逃げながらそんなからかいの声をかけると、すっかり寒そうな半袖姿になったハイドはハッとして追いかけてきた。…手で口を押さえて大きなくしゃみをしながら。

 

「……景色、綺麗だった。有難うね。」

 

「そーお?ならよかったけど。…っふ、うぇ、うっくわぁーい!!」

 

 追い付いてきたハイドは私の肩にかかったケープコートを整えながら、再び喜んでいるのか寒いのか紛らわしいくしゃみをした。

 ごめんって。流石に申し訳なくなってしまい、返そうとしたら今度は断られてしまった。

 

「コートは明日返して。」


「わかった。」

 

 コートに顔を埋めながら歩き、幻影郭の玄関口が見えてきたところで私は足を進めるスピードを落としてみた。特に意味はないのだけれど、そうした方がいい気がした。


 夢を見たい、かぁ。


 もし私の他に夢を見ることができる人に出会えたなら、何故人は夢を見ないのか、私は何故を夢を見るのかを知ることができるだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る