第二章 十四幕

 ティリアスの眼前には黒い大地と草が無秩序に生え、曲がりくねった木々の聳え立つ風景が広がっていた。

 今まで自分が暮らしていた場所とはまったく違う世界。空には車や人は存在せず、ただひたすら広がる青い空だけが広がっていた。

 デザブ大陸。

 惑星フェニックスにあって、機械が殆ど存在しない大陸。ここに住む生物は魔族と呼ばれる種族であり、人間は有機無機機械に問わず存在しないのだ。デザブ大陸を訪れる人間はフェニックス帝国から許可を得た者しか立ち入りを許されず、殆どは政府関係者や軍の上層部だ。

 基地のゲートを背に、ティリアスは大きく深呼吸をし、デザブ大陸特有の空気を肺に取り込む。

 新鮮な空気。しかし今までの空気とは異なり少し重苦しさがある。

 デザブ大陸は移住してきた魔族らによって開拓された大陸であった。数千年も昔に魔族らは魔界と呼ばれる場所、現在ではティリアス達の住む宇宙とは別の宇宙から来訪し、この大陸で暮らすことを当時のフェニックス帝国女帝より許されたのだ。

 その後、魔人の女たちはこの大陸を自分達で開拓し、現在に至る。デザブ大陸は二人の魔人が取り仕切っていた。

 ティリアスはデザブ大陸の遥か彼方の空を見上げた。

 視線の先、空の遥か彼方には球体の光が無数に存在する。

 かつて天使戦争での激戦の結果、他惑星侵略派天使達が封印された場所。ティリアス達不死鳥族らの祖先の敵が未だ存在する空間。

 このデザブ大陸はその最前線となる場所であった。

 

「姿を戻そうっと」

 

 アスモデウスは普人族の姿から魔神の姿。青い肌に金色の瞳をもつ露出度の高い妖女の姿へと変わると大きく背伸びをする。

 

「うん、私はこの姿のほうがいいな。タルちゃんはどうするの」

「私はこのままでいいさ」

 

 タルタロスはアスモデウスへ短く返すとティリアスを見上げる。

 

「行くか、姫」

「はい、行きましょう」

 

 ティリアスは後ろから付いてきている荷物運搬用無人機を撫でると歩みをはじめた。



 

 デザブ大陸の道は今までの大陸と異なり、舗装されていない。草がなぎ倒され、道のようにされているだけだ。

 ティリアスはこの道をハイヒールのパンプスで歩いていく。歩行速度は今までの大陸とさして変わりがない。

 パンプスが大地を踏みしめるたび、少しずつ土汚れが付着していくがティリアスは気にも留めない。

 ティリアスはふと気配を感じ、歩く速度を徐々に緩めていく。

 魔物に見られている。

 この大陸には魔物が生息している。性質は動物と変わりないものの、その姿は多種多用に渡り、相手がなんであろうと襲い掛かる獰猛さをもっている。かつては各惑星で人間達から脅威と見なされていたが、技術の進歩した現在は大した脅威ではなくなり容易に駆除ができるようになった。

 

「来て……」

 

 ティリアスは足を止め、小さく呟き荷物運搬用無人機を呼ぶとコテツを鞘ごと外した。

 来る。

 自分を見ている存在の殺気が膨れ上がるのを感じティリアスは右手で鞘を握り、左手でコテツの柄を握る。

『センサー確認完了。数は十です。戦闘システム起動します』

 オディールの冷たい声と共にティリアスの眼前に複数のホログデイスが出現する。

 

 名称:ティリアス。

 武装:XPHKA1-01コテツ。

 

 

 敵性勢力。

 名称:ヴォールブ×10体。

 武装:無し。

 


 草むらから獰猛な声で二匹のヴォールブと呼ばれる、体毛に包まれた狼のような魔物が姿を現わす。狼より一回り程身体は大きく、爪と牙は鋭い。人型有機知的生命体ならパワードスーツがなければ一撃で致命傷を負いかねない。

 敵はティリアスを挟み込むように襲い掛かった。

 鞘から機械の白刃が放たれる。

 ティリアスは右から来たヴォールブの一体に狙いを定め、逆袈裟にコテツを振るい、身体を斬り落とすと、仲間が殺されても怯まずティリアスの隙を狙うかのように反対側から跳躍し牙を突き立てようとしてくる。

 左腕を降ろし、左足を一歩後ろに引き、右足は逆に一歩前へ出すとヴォールブの攻撃を避ける。

 目が合った。ヴォールブの濁った瞳とティリアスの真紅の瞳。捕食者と非捕食者。

 ティリアスがコテツを真っ直ぐ垂直にヴォールブの胴体に突き刺そうとした瞬間、コテツから伝わる違和感を感じた。

 何かがコテツの動きを邪魔しようしたのだ。

 魔法? どうして?

 ヴォールブは魔法を使えない。魔法を使える個体が出現した事例は確認されていない。にもかかわらずこの個体には補助魔法がかけられいているのだ。

 でも……。

 ティリアスは頭に浮かんだ疑問を消し、そのままヴォールブの急所にコテツを突き刺し即死させる。

 傷口から黒い血を流しながら小さく痙攣を繰り返すヴォールブ。腕から手へ生暖かい血が伝わり、ティリアスが着る不死鳥祭のワンピースを汚す。

 コテツを逆さまにし、先ほどまで動いていた遺体を地面におろし、得物を鞘へ納めると鞘を左手に持ち替え、柄に右手を添える。

 ティリアスは生を失った二匹のヴォールブを眺めながら息を吐く。

 この二匹は斥候だわ。次に八匹同時に来るはず。

 ヴォールブは集団で狩りを行う習性をもつ。

 群れ社会で暮らすヴォールブは最初に一匹もくしは二匹で襲撃し獲物の様子を伺う。獲物の対応で残りの本体が襲い掛かり、食料を確保するのだ。今でも草むらに身を隠し自分を見張っているのだろう。未だ殺気の気配は減らない。

 自分達より強いのなら狩りを諦めるはずなのに逃げないの?

 ヴォールブは狩りの対象が自分達より強い時は素直に群れを率いて逃げるのだ。一瞬で二匹を殺したティリアスの強さは明らかに自分達以上にも関わらずヴォールブ達は逃走する気配をみせない。

『ティリアス様。魔法の反応が複数あります。防御魔法と補助魔法がヴォールブにかけられています』

 冷声にてオディールはティリアスへ現状のヴォールブの状態を伝える。

 

「一匹には補助魔法がかけられていましたね……」

 

 ティリアスはコテツの引き金に指をかける。いつでも陽電子を刀身へ纏わせられるように。

 先ほどヴォールブを斬る際に抵抗があったのは補助魔法により皮膚や毛皮の強度が硬化されていたからだ。補助魔法は対象の身体に流れるマナへ自分のマナを干渉させ、身体能力を強化する魔法である。肉体を強化する単純だが効果的なこの魔法は昔から使われており、現在でも兵士の着用するパワードスーツの内部を循環させ運用されている。

 欠点はマナを保有する有機知的生命体にしか効果がないことだろう。

 しかし、どこまで魔法をかけても陽電子なら強力な熱で容易に断ち切れる。

 ティリアスは鞘からコテツを再び抜き放つと同時に引き金を引き、コテツに陽電子を纏わせる。

 輝き放つ刀を右手で構えるティリアスへヴォールブ達は襲い掛かった。


 


「対陽電子バリア……?」

 

 道から離れ、草むらに立つティリアスは血に濡れたコテツを手にくぐもった声を出す。

 八匹のうち一匹にコテツで斬りかかったティリアスの一撃。陽電子の刃で切り殺されるはずだったヴォールブは、陽電子ではなくコテツの機械刃に切り伏せられ、地に伏し絶命している。

 周囲からは七匹のヴォールブが勢いよく駆け寄ってきている。

 陽電子を纏わせたコテツで斬ったはずが、陽電子はバリアによって中和されてしまった。

 先ほどの補助魔法といい、陽電子兵器対策のバリアといい明らかに自分の行動を意識したヴォールブへの支援の心当たりは一つしかない。

 お母様……。

 これをできるのはパルフェぐらいしかいない。そして命令を下せる者は二人おり、一人は確実にあり得ない。ならば、あとはレディオルトしかいないだろう。レディオルトは女帝、直接命じられれば逆らえるのは第二女帝らか翼女帝ぐらいだ。

 

『ティリアス様、レディオルト陛下からもっと力を出すようにと』

 

 オディールの声を耳に入れながら、同行している魔神らを見る。助けるを求めるわけではなく、様子を見るために。

 アスモデウスは不敵な笑みを浮かべ、タルタロスは無表情だ。

 全員、共犯なのね……。

 コテツを下に卸し、無防備のティリアスへ三匹のヴォールブが跳躍し、頭から襲い掛かる。群れのうち三匹の仲間を手にかけた相手の武器は降りたままだ。

 絶好の機会。その牙を突き立てれば少女の柔らかな肉は引き裂ける。ヴォールブ達はそう考えたに違いない。

 ヴォールブらの牙がティリアスの身体へ突き立てられそうになる瞬間、不可視の障壁が阻む。

 弾き飛ばされ、三匹のヴォールブらは後ろに飛び跳ね、唸り声をあげる。

 

「オディールさんは何も知らなかったのですよね」

『はい……ティリアス様にはなんとお詫びすれば……』

「謝らないでください。惑星フェニックスの情報はお母様とフィーに掌握されていますので、仕方がありませんよ」

 

 ヴォールブらに襲撃をされながらティリアスはオディールと談笑のような会話を行う。

 ティリアスが展開している防御魔法は昔から使われている技術である。

 原理はマナにより壁を作り出し、マナを保有している物体の干渉を阻むことだ。ヴォールブは有機生命体、ならばその攻撃は防げる。その強度は町中で雨が降った際に使った時より遥かに強固でいくらパルフェの補助魔法が掛かっていようと、そうそう簡単には破れない。

 不審に思ったのか後方に控えるヴォールブの残り四匹が警戒しながらティリアスへ近づいてくる。

 ティリアスは静かにコテツを鞘へ戻し、オディールを右手で撫でる。

 

「頑張りましょう。オディールさん」

『もちろんです、ティリアス様』

 

 魔物に襲われているこの状況でティリアスは穏やかな声音だ。一方のヴォールブらは障壁が邪魔で襲撃を行えないためか苛立つように大きな唸り声をあげている。

 

「エーテル展開」

 

 ティリアスの周囲に幻想的な無数の純白の球が浮かび上がる。それらは一瞬の間に光を集め、その姿を光を纏った粒へと変えた。

 

「エーテルフリージア」

 

 名をあげると眼前のヴォールブらに光の粒がマシンガンの弾のように掃射させた。

 その光景に対応できないまま、ティリアスの前に立った魔物たちは甲高く恐怖に染まった声をあげながらエーテルフリージアを撃ち込まれ続ける。

 圧倒的な物量を前にヴォールブらは逃げる事などできない。エーテルフリージアの猛射を受けた哀れな魔物らは全身を穿たれ、命を奪われていった。



 

 エーテル。

 かつて存在しえるのではないかと物理学で提唱された物質だった。その後は技術や学問の発達により、その存在を疑問視されていき、やがて存在しない物質というのが常識となった。

 ティリアスが使ったエーテルは否定された物質から命名されたのだ。

 これは惑星内に存在する素粒子マナと光子を組み合わせることで生成される人間らの作った粒子、人造粒子ともいえるものだった。

 発想自体は各属性の魔法を組み合わせて使う複合属性魔法が元になっていた。

 昔から続くマナを体内に取り込み放出する魔法、素粒子にプログラムを施し機械で操る素粒子制御言語、錬金術や化学を基礎とした素粒子を別の素粒子に作り変える素粒子変換技術。

 それらの集大成ともいえるのがこの人の手で粒子を作り出す人造粒子だった。

 マナを構成するスピンと光子のスピンを同期させ、既存の粒子とは異なる粒子を人為的に生み出す人造粒子。これがエーテルの正体だった。

 ただこのエーテルには致命的な欠点が存在した。それは第三者がエーテルを作成できないことだ。

 理論が確立され、まったく同じ条件下なら誰しも使えるのが技術として常識だが、このエーテルはティリアスしか使えないのだ。

 かつて惑星セトニアにて各惑星の技術者らの前で実演して見せたことがあった。理論を確立させたにも関わらず他の人間はおろか機械による人造粒子エーテルの生成は不可能だった。時空を操るパルフェですらこのエーテルは作り出せない。

 唯一ティリアスだけが使えると持て囃されるたが、同時に再現できない技術として烙印を押されてしまった。

 ティリアスはヴォールブらの遺体を見ながら小さく息を吐いた。

 エーテルフリージアと呼ばれる人造粒子を使った攻撃を受けたヴォールブ達は血液を流さず、身体を抉られた状態で転がり、やがて灰のように消えていった。

 魔物じゃない……。

 

「やあやあ姫ちゃん。見事だね」

 

 豊かな乳房を揺らしながらアスモデウスはティリアスの元に近づく。タルタロスはその後ろからついてきた。

 

「これは魔物ではありませんね」

「そうだよ」

 

 アスモデウスはティリアスの問いに即答する。

 灰になって消える魔物は一切確認されていない。魔物は死亡すると動物のように死体が残る。ケールの両親がそうだったように。

 

『構成している物質はヴォールブと全く同じでした。このような事ができるとは』

「機械でもわからないことがあるんだねぇ」

 

 小馬鹿にしたような口調のアスモデウス。

 

『人工知能にも不可能はあります』

 

 冷たい声で答えるオディール。

 魔神と人工知能にタルタロスが割って入る。

 

「ホルムといったか? 姫が今まで戦ってきたあいつと同じ要領で作ってみたのだよ」

 

 タルタロスは左の手の平に光を佇ませてティリアスの疑問へ答えはじめた。

 

「私達には材料と言った物は不必要だからな。このようにして生み出し、姫へ嗾けたのだ」

 

 言い終えたタルタロスの前に一匹のヴォールブが出現した。

 ヴォールブはティリアスへ唸り声をあげて、今にも飛び掛かろうとしている。

 そんなヴォールブへ対し、タルタロスが右手を向ける。

 鮮やかで美しい光。彩光が迸った刹那、ヴォールブはその場から消滅する。

 

『今のは発見された粒子のいずれにも該当しない粒子』

 

 素粒子を操り、素粒子を作り変え、人為的に粒子を作り出せる現代の技術でも未だ発見がされない粒子。

 この宇宙にはそのような物も存在した。

 エーテルもまた存在は認知され技術が確証されているが、生み出せるのがティリアスのみしかいないため近いともいえる。

 違いは上位存在のタルタロスが無造作に使う一方、ティリアスのものは人間が技術を確立しているか否かだ。

 

「これからはああいうのが相手になるから姫ちゃん。覚悟してね」

 

 変わらぬ明るい声のアスモデウスへティリアスは無言でうなずく。

 ここからは何が起こるか分からないわね……。

 情報戦を得意とするレディオルトとフィリチスの二人に情報遮断をされては分が悪すぎる。後手に回り詳細な情報を知ることができない。加えてアスモデウスやタルタロスが魔物を生み出してくるのならいつ魔物と戦闘になるかわかったものではない。

 現状の対処法は目の前のことから処理をしていくだけ。





 ヴォールブの襲撃を退けたティリアスは道から外れた岩場に腰を下ろし、自動販売機で購入した飲料水を口に含み、嚥下する。

 冷たい水が緊張した身体に心地よく感じる。

 流石に陽電子が防がれた時は内心動揺した。魔人らならいざしらず魔物に防がれるとは思ってもみなかったからだ。

 でも、魔物だから絶対に粒子兵器が通用するなんて過信よね。

 自分の中にある先入観が足を引っ張ったと反省する。

 ティリアスは水の口を閉めると荷物運搬用無人機に入れて、岩らから立ち上がる。

 

「姫、商店があるほうに向かうのだろう」

「はい、食料を買わないといけないので商店へ向かいます」

 

 ティリアスがスカートの臀部を軽く払っていると目の前にデザブ大陸の地図を表したホログデイスが出現する。

 

「ありがとうございます。オディールさん」

 

 ティリアスは右手人差し指で左指に嵌まるオディールを撫でる。

 複数の光点が存在している。ここに商店があるのだ。

 デザブ大陸には他の大陸とは異なり町といった概念はなく、この地を治める二人の辺境伯らが生活基盤の管理をしている。

 ティリアスは近くの光点に目をやりオディールに礼をいう。

 

「オディールさん。ありがとうございます。」

『いえ、当然のことです』

「姫ちゃんってここに来るときは馬車を使っていたよね? 歩きはきついと思うよ」

 

 オディールを光点をのぞき見しつつティリアスの翼を撫でまわしている。

 デザブ大陸の移動手段は車両ではなく、馬車を使い移動する。ティリアスが前に訪れた際には辺境伯の娘である令嬢が育て調教した魔物の馬が引く馬車で移動したのだ。

 

「そうですね。いつもカーミラ卿のご息女ベルマードさんの馬車に乗っていたので徒歩ははじめてです」

 

 ティリアスは微笑み、商店があるであろう光点へ向かい歩き始めようとしたした瞬間だった。

 地図のホログデイスが消え、代わりにデザブ大陸の空を映し出すホログデイスが出現し、オディールが言葉を発した。

 

『ティリアス様、魔物です』



 名称:ティリアス。

 武装:XPHKA1-01コテツ。

 

 

 敵性勢力。

 名称:バイウード×10体。

 武装:無し。



 ホロデイスに表示されたのは、三つ目をもつ鳥バイウードと呼ばれる魔物だ。バイウスは鋭い嘴と刃のような四本爪を持ち、体格も大きい飛行する魔物だ。

 先ほど交戦したヴォールブと同じく群れで獲物を狩る習性の肉食の魔物だった。

 

「オディールさん、距離を測って下さい。ピクミアでバイウードを墜とします」

 

 ティリアスは顔の右側に飛来するバイウードの距離が表示されると、小さく頷く。

 バイウード達が飛来する方を向き、ティリアスは自身の翼を大きく広げると目を閉じ、マナを取り込むため集中する。

 燐光がティリアスに集まり、やがてそれは一つの形に変化していく。

 それは輪だった。真ん中に穴が開いた光輝の輪がティリアスの頭のちょうど上に顕現する。

 天使。

 ティリアスの今の姿は美術品なので描かれる天使に酷似していた。

 ゆっくりと瞳を開けるティリアスの周囲に、六つの赤い輝きを放つ細長い円錐状に酷似した物体が現れる。

 

『バリオン及びポジトロンの生成及び融合完了。バロン発生による大気汚染の危険性はありません』

 

 バロンとはバリオンとポジトロンを融合させた人造粒子である。バリオンとポジトロン、双方がもつ陽子を結びつかせ、エーテル同様にスピンを同期させて作り上げる。

 かつてはバリオンやポジトロンはそのまま兵器として運用されていたが、素粒子を操る技術が発達した後、様々な研究が行われた結果、双方をただ使うのではなく融合させ人造粒子にしたほうが破壊力の向上が認められたため現在ではこの人造粒子バロンが使われている。

 当初はバリオンとポジトロンの融合時に膨大な中性子の発生が問題視されており、容易に仕えなかった。しかし中性子を制御することが可能となり軍事転用は容易となった。

 ティリアスはうっすらとバイウードの影を視認すると今から撃ち込もうとする名を口から紡いだ。

 

「行って、ピクミア」

 

 主の言葉に反応したのかピクミアと呼ばれた円錐状に酷似した六つの物体は音もたてずに、まるでミサイルのように飛翔し、バイウードへと向かっていく。

 瞬間、バイウードがいる空を赤い閃光が支配した。

 ティリアスの顔付近に展開されていたホログデイスには、バイウード達が絶叫を上げる。ピクミアの直撃を受け内部から破裂して個体、当たらなくとも閃光に包まれ一瞬で全身を焼け落とされる個体。

 ホログデイスには無惨な光景が映るが発射したティリアスは平然としている。

 殺すとはこういうこと……。

 バリオンとポジトロンを組み合わせたバリオンは強大なエネルギーを発生させ周囲の生物を含む物体を破砕することが可能となる。エーテルもそうだが人造粒子へは対応したバリアを使わなければ完全に攻撃を遮断できない。

 ティリアスが発射したピクミアは最大二十四の目標を補足し、六発同時発射可能だった。

 目視で捉え、撃ち込んだわけではない。ティリアスの視界にバイウードは現れていない。ピクミアは有視界戦闘、自分の目に頼らずとも相手の気配を感じた相手に発射すれば目標がジャミングなどで妨害しない限り必中するのだから。

 ピクミアは威力の調整が可能で、今回バイウードへ放ったものはエネルギーで敵の身体を破壊後、膨大な熱で体内の水分を瞬時に沸騰させ内部から自壊させるものだった。さらに直撃を避けたとしても、閃光と共に発生した熱は相手を溶かすほどだ。

 

『着弾時の大気汚染は見られません』

「観測ありがとうございました。オディールさん」

 

 ティリアスの頭の上に浮かんでいる光輪が消えていく。これは粒子で作り上げた粒子加速器だったのだ。

 ティリアスはマナ以外の素粒子を継続的に操るためには粒子加速器を必要としていた。展開はどういうわけか頭部のすぐ上に現れるのだ。

 ティリアスは広げていた翼を一度、大きく羽ばたかせると折り畳む。

 

「ちょっと……姫ちゃんが刀を片手に空を飛ぶ魔物と斬り合う姿が見たかったのに……」

 

 一部始終を見ていたアスモデウスは、ティリアスがコテツを振るいバイウードと戦う姿が見たかったのか、やや不満げだ。

 

「先制攻撃で一掃するほうが早いですから」

 

 ティリアスは微笑みでアスモデウスに返す。わざわざ、バイウードが得意とする空中で斬り合うより、こちらに向かってくる相手に長距離攻撃を敢行し一掃するのが常套手段であった。

 

「仮に接近されていたらどうしていたのだ?」

「対空戦で迎撃します。空を飛ぶことを禁じられていても、攻撃する手段はいくらでもありますので」

 

 タルタロスの尤もな問いにティリアスは即答する。

 空に浮かぶ恒星が徐々にだが、確実に落ち始めていた。

 



「魔法がこうなるとはね。思いもしなかったなー」

 

 魔物を二回倒し終え、かろうじて道らしき部分を歩くティリアスの背中からアスモデウスが人造粒子の話題を振ってくる。

 

「属性の異なる魔法を組み合わせると相乗効果を発揮するため、そこから着想を得たそうです。パルフェさんがそう教えてくれました」

 

 ティリアスは後ろを向かず歩きながらアスモデウスへ答える。左手には鞘に納められたコテツを握っている。他の大陸、他の惑星の大半は法により武器の携帯は認められていない。認められているのは治安維持を行う者たちだけだ。

 ただ、このデザブ大陸では武器の携帯は許可されている。理由は魔物の襲撃を自力で退けるため、そしていつ天使が復活して臨戦態勢をとれるようにするためだった。

 

「その通りだ。風と炎を組み合わせたりしていたな」

 

 ティリアスの隣を歩くタルタロスが右手に炎、左手に風を発生させこともなげに両方を組み合わせ炎風を作り出した。

 この技術も相当な訓練を積まなければできる代物ではない。現在では軍人、もしくは皇族や貴族らしか扱えないだろう。それほど困難で、日常生活を営む上では不必要な技術であった。

 

『マナを粒子に置き換え、組み合わせたのが人造粒子です』

「機械もできるんでしょう」

『私以外のEIAは使えます。ですが私はまだ性能が制限されているため使えません』

「へー力を抑えられているんだ」

 

 ティリアスは背中の翼を撫でられる感触を感じながらアスモデウスとオディールの会話を聞く。

 もし、アスモデウス様がオディールさんに何か言ったら止めないと。

 ティリアスはコテツが納められた鞘を無意識に握り締め、両者の話と、いつ魔神らが生み出した魔物もどきの襲撃に備える。

 

「あー姫ちゃん、警戒しないで。機械になにかいう気は無いからさ」

 

 ティリアスの内心を見抜くようにアスモデウスは笑う。

 

「……そうですか。それなら良かったです」

『ティリアス様、ありがとうございます』

 

 オディールはティリアスの気遣いに感謝の言葉を述べた。

 

「姫、人間の身で我々の真似事をしたのだ。身体のほうは大丈夫なのか」

「大丈夫です。エーテルとバロンは生成に慣れていますから」

 

 ティリアスはタルタロスへ笑みを返す。

 自分の身体に違和感は感じない。あの程度では疲労しないよう訓練を積んできたのだ。

 素粒子マナを操る魔法は他の素粒子を操ることにもつながるとパルフェから徹底的に基礎訓練から教わり、応用もできるようになった。

 

「そういえば姫ちゃんが使っていた人間の作った粒がすぐに消えたね」

「はい、人造粒子は生み出しても留まらずに分解されて元の粒子になります。時間調整は可能ですが使用者の負担になります」

 

 人造粒子は万能ではない。人間の手で造られた粒子は継続させ続けないと元の粒子に戻るのだ。エーテルならマナと光子に、バロンはバリオンとポジトロンにそれぞれ戻り、その効力を失ってしまう。人間の作り上げた粒子が既存の素粒子を押しのけるような真似はできなかった。

 人為的に粒子を作り出せるとはいうものの、既存の粒子を利用するのが限界であり、マナなど既存の素粒子を生み出すことはできない。

 タルタロス様は何もなくても魔物に酷似した生物を生み出したのに……。

 神、上位存在は無から有を生み出せるが人間は無から有を生み出せない。その事実を考えつつ歩くティリアスへオディールが話しかける。

『ティリアス様、そろそろ商店に着きます』

 一軒の大きな商店がティリアスの視界に入った。



 

「ティフォーリス殿下! このような場所にお越しいただけるなんて感激です!!」

 

 木製のカウンター越しに立つ色白を通り越し血色の悪い肌の女性が鋭く伸びた犬歯をみせながら歓喜の声をあげる。

 身に纏っているのはドレス。だがそれはティリアス達皇族や貴族が着る物とはデザインが大きく異なり、首から下を覆うように露出度は殆どなく、デザインはフリルやレースをふんだんに使っている。

 

「……嬉しいです。握手をしてください」

 

 女性と同じような肌の色とドレスを着ている少女は俯きながらおずおずと手を差し出してきた。

 

「はい、もちろんですよ」

 

 ティリアスは朗らかな笑顔で腰を落とすと、自分より頭一つ身長が低い少女と目線を合わせ、手を優しく包み込むように握る。

 

「ありがとうございます……」

 

 照れながら瞳孔が縦に細長い瞳を半分閉じながら礼を言う少女の口から女性同様鋭い犬歯が見える。

 彼女らは魔人の中でも吸血種と呼ばれる種族である。

 魔人と同じ人型有機知的生命体の吸血鬼種は雌雄があり、出産は男性と女性で性行為した後、女性側の胎盤から赤子が産まれる。

 種族の最大の特徴は普通の食事の他にその犬歯から他の種族、主に人型有機知的生命体の普人族や不死鳥族、魔人等へ噛みつき血液を吸う習慣がある。正確には血液に含まれるマナを吸い自分の物としており同族の吸血鬼種からは血を吸えなかった。吸血種は人間から血液を吸った後は謝礼として少額を提供していた。遥か昔は吸血種に噛まれると吸血種になる、吸血種に血を吸われると死んでしまう、細菌に寄る大規模なパンデミックの原因等と言われていたが根も葉もない噂だ。

 実際は吸血種が血を吸う際には犬歯から抗菌と麻酔を含む物質を発生させるのだ。これで相手の感染症を防ぎつつ麻酔のように痛みを感じさせないと研究結果が提出されていた。

 吸血も致死に至る量を吸わない。人型有機知的生命体の血液が欲するのに対象が死んでしまったら吸血種側からしても損をしてしまう。

 今では血液補給用パックが流通しており、それを吸うのが一般となっているが現在でも金銭を提供して血液を吸う吸血種もいる。

「お買い物ですか? 店の商品を好きなだけ持っていってください。お代は結構です」

「ティフォーリス殿下からお金はいただけません」

 

 吸血種の女性と少女は満面の笑みでティリアスを見ていた。

 彼女ら魔人にはティリアスにかけられている認識偽装魔法やオディールの認識妨害システムは効果が無かった。それだけ強大なマナを保有しているのだ。

 

「いえ、代金は支払いますので商品を選ばせていただきます」

「そんな……皇族の方からお代はいただけませんよ……」

 

 ティリアスは微笑みを讃えたまま内心思案する。

 どうしよう……。

 皇族はデザブ大陸に住む魔人たちから慕われていた。

 デザブ大陸全てに住まうことを許し、なおかつ重大な役割である天使の監視と迎撃の任を与え、この地を治める魔人たちの頂点に立つ者へ辺境伯、公爵と同等の身分を授けた。天使は魔人らにとっては仇敵ともいえる存在でフェニックス帝国の倒すべき存在。

 自分達を天使との最前線で戦える舞台に置いた皇族をデザブ大陸の魔人らは信奉ともいえるほど厚い信頼を寄せているのだ。

 

「……姫が言っているのだからお前たちは折れるべきだろう」

「そうそう。姫ちゃんが大好きなのは分かるけどここは譲歩しなよ」

 

 木の棚に所狭しとおかれた店の商品を物色しながらタルタロスとアスモデウスはティリアスへ助け船をだす。

 

「代金を受け取ってもらえないとわたしも困るのです。このお金は元々民の皆様から徴収した税です。このお金を買い物に使っても民へ戻る、それだけです。そしてわたしは皇族だからと言って無償で商品が欲しいわけではありません」

 

 ティリアスは店主の吸血種に告げた。

 確かに自分は皇族で、特別扱いを受けている。華やかなドレスを身に纏い、食事は料理長が作り、侍女が世話をしてくれる。しかしその生活を支えているのは誰か。

 民である。民が自分達を支えてくれているからこそ、この生活ができているのだ。

 それに旅の資金提供は受けているのだ。心遣いには感謝をするが今まで通り代金を支払うべきである。

 ん?

 ティリアスは首を傾げる。

 店主は小刻みに震え、さらに瞳が潤み始めてきたのだ。

 

「申し訳ありません、ティフォーリス殿下……私はティフォーリス殿下のお気持ちを察しておらず……」

「あ、あの……別にそこまでおおげさなことではありません。今までも食事や宿泊の費用は払ってきましたので皇族とはいえ特別扱いをせずにお金を支払わせてください」

「も、もちろんです! どうぞお好きな物を手に取っていってください!」



 

 

 商店は大きく、品ぞろえも日用雑貨から食料品まで必要となる物は全て揃っている。冷蔵庫や冷凍庫など機械を利用した技術を使っていないとはいえ、錬金技術や魔法技術は人間達と同水準まであるデザブ大陸なら、魔法によって雑菌を抑え生の食品をそのまま長期間保存できるのだ。商店にも雑菌が付着しないよう魔法に包まれた生の肉や魚が置いてあった。

 今までの大陸の商店と違い、外装と内装は全て木製の造りだが、微かに魔法の気配を感じた。

 このデザブ大陸には飲食店は経営していない。食料品などを手に入れるためにはこの店のように商店を探して買っていくしかないのだ。

 理由は天使の復活の際の物資補給拠点にできるようにとの考えからだった。商店には必ず地下に戦時用補給物資が備蓄してある。また、店にかけられている魔法も、普段は大した魔法ではなくとも天使が復活したとなれば強固な防御魔法に変わるのだ。

 ティリアスは店内にある食料品を物色する。店の外で待機している荷物運搬用無人機には緊急時の食料入っているがそれにたよるのは心もとない。

 これにしよう。

 小麦で製造されたパレではなく、ライ麦を使った黒く硬めな大きなパレを手に取り、さらに加工肉と燻製された魚、牛乳を発酵させたチーズなど長期保存がきく食品を手に取っていくとカウンターへ都度持っていく。

 あとは野菜を買っていこう。

 ティリアスは刻んだ野菜が詰められた瓶を見つけ、左手で瓶の底を支え、右手で側面を持つ。

 飲料水は買わない。水が豊富な場所へ向かうのだからそこで飲み水を汲めばよい。

 

「すいません。これで全部です」

「姫ちゃん。飲み物を買っていかなくていいの?」

 

 カウンターへ商品を置いたティリアスへアスモデウスが、酒瓶を片手に笑顔を浮かべている。

 

「あれは高いお酒ですか?」

「えぇ、この店で一番高い酒です。熟成期間は五十年のものですので……」

 

 店主の女性は犬歯をみせながらティリアスに説明するなか、オディールが言葉を発する。

『あの銘柄はエジゼ大陸の小麦で造られた蒸留酒です。最低価格は二十万ホオカからですね』

 

「そちらの指輪さんの言う通りです。値段は五十万ホオカです」

 

 吸血種の女性は人工知能のオディールに驚くことなく、ティリアスへ値段を伝えた。機械を使わないだけで存在は知っているのだ。

 見る見るうちにティリアスの表情が強張り、早歩きでアスモデウスへ近づくとすぐさま蒸留酒を手に取ると元の場所に置いた。

 

「アスモデウス様、買いませんよ」

「皇族なんだからもっとお金使おうよ。さっき、そこの吸血種にも言っていたじゃん。だから、高いお酒を買ってこのお店に還元しよう?」

 

 先ほどの会話の内容の隙に付け込もうとしていることは明白だ。このままでは一杯二千ホオカの酒を二十杯飲まれた時の光景が再現されてしまう。

 厭らしい笑みを浮かべるアスモデウス。

 そうはさせませんよ。

 ティリアスは酒が陳列されてある棚を視線で眺め、同じ酒を一本ずつ両手に持つ。先ほどの高級蒸留酒は横長の瓶に注がれていたが、今手にしている酒は縦に細長い。

 葡萄酒と蒸留酒。葡萄酒の値段は千ホオカ、蒸留酒は千五百ホオカだ。

 ティリアスはそれを手にしてカウンターに持っていく。

 

「ちょっと! 安酒はやめてよ姫ちゃん」

「この二本もお願いします。わたしは未成年ですので飲酒はしません。お酒は魔神の方々が召し上がります」

 

 アスモデウスの抗議を背中に受けつつ、ティリアスは会計の手続きに入ろうとする。他の大陸や惑星では未成年への酒類の販売は厳禁だ。違反すれば購入者と販売者の両者が罰せられる。

 ティリアスが口頭で店主に発言したのは自身が飲酒する目的ではないと説明する。本来なら許されないが、店内には年齢の概念のない魔神がいるため店主は商品を紙袋へ丁寧に入れていく。

 

「私、高いお酒が飲みたいの」

 

 肩にアスモデウスの手が置かれた瞬間、ティリアスは黒く艶やかな髪をたなびかせ振り向く。

 真紅の瞳でアスモデウスの金色の瞳を見る。

 

「高いお酒ですよ? この二本はこのお店で一番瓶の長さが高いです」

 

 可憐そうな唇から漏れたのは誰が聞いても屁理屈と言える内容だった。この状況ならどう解釈をしても酒の値段の話であり、酒瓶の底辺から頂点までの高さではない。

 

「値段に決まっているでしょう? 誰が聞いても酒の高低の話はしていないよ?」

 

 その事実を口にするアスモデウス。しかしティリアスは引かない。

 

「知りませんでした。アスモデウス様が値段の話をしているなんて」

 

 しらを切る。先ほど金の話をしている以上値段の話に決まっているが、それを分かっていてなおティリアスは屁理屈をこねる。

 

「姫ちゃん。子供じゃないんだから屁理屈は良くないよ?」

「わたし、子供ですよ? 未成年です」

 

 続く言葉にアスモデウスは顔にひきっつた笑みを貼り付けた。

 確かに子供である。ティリアスの年齢は十二歳で不死鳥族としては未成年にあたる。

 

「ちょっと……姫ちゃん……この屁理屈の応酬をいつまで続ける気?」

 

 このまま続けてもティリアスとアスモデウス双方にとって埒があかない。

 そんなことはティリアス自身も理解していた。だからここまでだ。

 

「ティフォーリス殿下。お会計がでました」

「ありがとうございます」

 

 店主の声にティリアスは振り向き、自分の財布から現金を取り出していく。機械がない以上支払いは現金のみだ。

 そしてアスモデウスはティリアスの行動を理解して肩を落とす。

 

「ただの時間稼ぎか……」

 

 ここまでの会話は会計を済ませるための時間稼ぎだった。押し切られる危険性が高いと睨んだティリアスは屁理屈をこね続け、店主が会計を終えるまでひたすらアスモデウスを釘付けにし続けたのだ。

 

「ありがとうございました」

 

 ティリアスは礼を言い、店主から紙袋を二つ受け取る。酒が入った紙袋と食料品が入った紙袋は結構な重さであったが底を抜ける気配はない。紙袋も魔法で強度が上がっているからだ。

 

「私が酒のほうを持とう」

 

 今まで黙って店の端に立っていたタルタロスはティリアスへ近寄ると酒の入った紙袋を持った。

 

「ありがとうございます。タルタロス様」

 

 タルタロスへ礼を言っていると、左横から吸血種の少女が近寄り、商品をティリアスへ手渡す。

 

「ティフォーリス殿下、これ持って行ってください」

 

 吸血種の少女がフリルとレースがあしらわれた手袋の手の上には包装された黒い塊、チョックの菓子があった。

 

「お金を払いますよ」

「お代はいいから持って行ってください」

 

 チョックの菓子を渡そうとしてくる吸血種の少女のにこやかな笑みに、ティリアスは困惑する。

 皇族だから特別扱いを受けているということには慣れてはいる。それは当然のことなのだ。自分は皇族として生まれ皇族として生きる。そこに皇族の権力が付き纏うのは当たり前だ。たとえお忍びで一般の娘として行動していても皇族である以上逃れられない。

 わたしが皇族から特別に計らってくれているのかな。でもお金は払わないと。

 ティリアスがスカートのポケットにある財布へ手を伸ばす。

 

「いいんじゃない? それ貰っても」

 

 突如アスモデウスが二人の間に入ってくる。

 

「こいつら、産まれた時から嫌いな物は他人に媚びることだもの。相手の能力を見て仕える価値があるか見るからね。価値があれば死ぬまで付き従うけど、価値がなければその場で相手を殺すぐらいはするよ」

 

 吸血種が誇り高いとはティリアスも知っている。ストリウ城へ着く前に、フィリチスが操作するホルムと戦っていた中でカウンターを用いた戦い方をしたが、あれこそまさしく吸血種の戦い方であったのだ。ティリアスの戦闘技術は様々な人物から学んでおり、特にカウンターを用いた接近戦は辺境伯の一人カーミラから直々に教わったものだった。

 

「ティフォーリス殿下。ぜひ貰ってください」

 

 店主の吸血種の女性の願いが耳に届く。

 ティリアスは困惑気に横を見るとタルタロスは笑いを堪え、アスモデウスは不貞腐れている。

 好意を無視するのはよくない。

 ティリアスはそう感じ吸血種の少女の方を向くと、肘を曲げ視線を合わせる。

 

「ありがとうございます。貰っておきますね」

 

 ティリアスは両手で少女の手を包むとゆっくりとした動きでチョックの菓子を受け取った。




「ありがとうございました。ティフォーリス殿下。どうぞお気をつけて」

「ありがとうございました。ティフォーリス殿下」

「こちらこそありがとうございました。おかげで食べ物が手に入りました」

 

 店主と少女。母子の吸血種が店の外にわざわざ出て、笑顔で手を振りながら見送ってくれた。

 ティリアスもまた笑みを返し店をあとにする。

 ティリアスは荷物運搬用無人機に装着してあったコテツを外し、左手に握る。右手には先ほど買った食料品が入っている紙袋を持つ。

 食料は手に入った。後は、最後の所に向かうだけ。

 目的地へ向け、ティリアスの足は自然と早歩きになっていた。




「ティフォーリス殿下、凄く良い人だったね。母さん」

 

 ティリアスを見送った後、吸血種の少女は店の中の整理を始める。先ほど購入した商品の棚の空きを生めるように倉庫から新しい食品を運び、それぞれの棚に置いていく。

 

「えぇ……あのお方とカーミラ様が天使と戦う際に導いてくれるはずよ」

 

 店主の女性が、店の窓から見える風景。ティリアス達が向かったほうを見ながら、先ほどアスモデウスが触った高級酒の瓶を磨く。

 

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