願いの物語シリーズ【東篠院詩織】

とーふ

第1話『天上の神は既に消えている』

非情に厄介な事になったと言わざるを得ない。


まさかハジメ君に悪霊が憑りついてしまうなんて!!!


東篠院詩織一生の不覚である。


何とかアレを駆除しようと私も頑張ったが、一条立夏という少女の霊は相当に悪質な悪霊であり、あの手この手を使ってハジメ君に憑りついたまま日々を過ごしているのである。


信じがたい悪行だ!!


ハジメ君のプライベートな空間に入り込んで、一緒に生活しているなんて……!! 頭がおかしくなりそうである。


これが寝取られの脳破壊かと私は初めて知る感覚に震えた。


しかし、しかしだ。


所詮はあの世の存在、生者ではない。


いずれは世界の理によってハジメ君をあの世に連れて行こうとするだろう。


その時こそ私のチャンス。最高のタイミングを見逃すなッ!!


颯爽と格好よくハジメ君を救い、結婚まで、征く! ~ETERNAL PLEDGE~ 永遠の契りである。


勝ったな、ガハハ。


しかしその為にはハジメ君の全てを見守らなくてはいけない。これは神によって与えられた使命なのだ。


だから仕方ない。そう。これは仕方のない事なのだ。


「さてさて~。ハジメ君は今何をしているのかなー?」


式を使って、ハジメ君の生活を監視する。


別にこれは犯罪じゃない!! ハジメ君の安全な生活を守る為に仕方なくやっている事なのだ!


「お、なんだお風呂かぁ~。ここは特に危険だから監視しないとね」


「お嬢様。そこまでです」


「んにゃああああ!!?」


「未成年に汚れた欲望をぶつけるなど、どうかと思いますよ。私は」


「汚れてないもん!! 純愛だもん!!」


「二十四にもなって、もん! とか言わないで下さい。見て下さいほら。鳥肌が立ってますよ。あ~。気持ち悪い」


「ちょっと気になるんだけど、酒井って私の使用人だよね?」


「違います。私はお嬢様のお父様に雇われている身です。借金を返す為に、人間失格の小児性愛者であらせられるお嬢様のお世話を嫌々しているだけの人間でございます」


「小児性愛者は13歳以下の子供に欲情する人間の事ですぅ~。ハジメ君はもう成人目前だもんね! 全然違いますぅ~」


「では、この後生大事にアルバムに保存している写真は要りませんね。捨てますか」


「ちょっと! 触らないでよ!! 私とハジメ君のメモリアル!!」


「キッツ」


私はいつの間にか本棚から勝手に取り出されていたアルバムを奪い返し、綺麗なハンカチで表面を綺麗にしてから中を開いた。


無論、中身が無事かのチェックだ。


「ふふ。ハジメ君ってばこの時、運動会で一番になって喜んでたんだよね」


「お嬢様。そのアルバムからは異常なまでの狂気を感じるのですが、私だけでしょうか?」


「どこがよ!! 微笑ましい写真ばかりでしょ!?」


「では言わせてもらいますが、鈴木様とお嬢様の年齢差は六歳。だというのに、わざわざそのアルバムには鈴木様と同じ年齢の頃で同じような場面の写真を入れている。もう病的な妄想の発露でしょう。これは」


「うっさいなぁ。別に何の犯罪も犯してないんだから良いでしょー?」


「この写真はどうやって入手したんですか?」


「……」


「お嬢様」


「……まぁ、ちょっとハジメ君の家から写真を拝借して、コピーとか、まぁ、そんな感じ」


「立派な犯罪者じゃないですか」


「写真はちゃんと戻したもん!!」


「戻せばセーフって、子供じゃ無いんですから」


「しょうがないでしょ。天才の私でも若返りの術を編み出すのに時間が掛かっちゃったんだから」


「子供の頃に完成していたらどうなっていたかなんて、考えたくもありませんね」


「そりゃハジメ君と偶然を装って、出会って、そのままベッドインに決まってるじゃんね」


「聞きたくないって言いましたよね? 聞こえてますか?」


「はぁ~。ハジメ君。本当ならもう二人くらい子供を産んで、プロの野球選手として活躍する彼を支える才色兼備な妻っていう位置になってたハズなのになぁ。これも全部あの悪霊のせいだよ! 許せん!!」


「そもそも鈴木様と出会ったのは今年の事ですし。出会いも偶然……って、まさか」


私は何故か驚いている酒井に笑いながら足を組んで、腕を組む。


フフン。私の天才的な頭脳に震えろ!


「ハジメ君の進路を予想するのは簡単だったよ。高校の選択から彼はより野球に専念できる学校を選ぶ事は分かっていたし、さらに同年代の佐々木君や古谷君と今度は同じ学校でって望むのも分かってた。そうなれば、おのずと学校は絞れる。その上で、隠れ先として図書館を選べば、読書家な彼があの場所に通い始めるのはもはや太陽が東から登るくらいの常識!! あの図書館は既に東篠院家の管理下にあるし? 美人で気さくで知的な司書のお姉さんに惹かれるのは自然って訳。どうよ」


「いや、凄いですね」


「フフン。でしょ?」


「いや……本当に。本気で引きました。人間ってここまで気持ち悪くなれるんだなって」


「なんでよ!! 愛でしょ! 愛!!」


「いや、狂気ですね。愛というよりは」


本当に物事の分からない女だな、酒井は。まったく。


私は呆れたように溜息を吐きながら、ハジメ君のお風呂をパソコンに録画しながら、今気になる事案をまとめた資料に目を向けた。


「まぁ、ハジメ君の話はとりあえず良いよ。横に置いておこう」


「横に置いても犯罪は消えませんよ」


「煩いな!! 最終的に結ばれれば純愛! 以上!!」


「はぁ。早く東篠院の本家に帰りたいですね」


「帰る為にもほら、仕事する!」


「これは……まさか本当にこんな事が起きているなんて」


「そう驚くことじゃないでしょ。誰でも簡単に予想できる事だよ」


私は天上に住む神の力が弱まってから起きている地上での異常現象についてまとめた資料に目を通しながら笑う。


「では、お嬢様が本家で言った通り」


「うん。天上の神は既に消えている。人間風に言えば、死んでいるって所かな」


「ですがそれが真実だというのなら、いったい何が起きたというのですか?」


「さぁ? 案外どこかの人間がやったんじゃない? 神殺しが出来る生き物なんてそうは居ないしさ。やっぱり本能が拒む。でも本能を理性で無視できる生き物なんてそうは居ないよ」


「ですが、人間に可能ですか?」


「出来ない事は無いよ。私だって、やろうと思えばやれる。メリットが無いからやらないけどね」


「お嬢様みたいな常識外れの力を持っている人はそうは居ないと思いますが」


「さて。それはどうでしょう。少なくとも二人。人間の枠組みから外れている人間を見つけちゃったし、何とも言えないかな」


「二人も」


「うん。良かれ悪かれ、彼らを中心に世界は動いていくことになるだろうね。それだけ多くの願いが彼らに集中していっている」


「ちなみに、お二人とも私の知っている方ですか?」


「立花光佑、夢咲陽菜」


「っ!」


「知らず知らずの内に貴女も飲み込まれているみたいだね。酒井」


私の挑発的な物言いに酒井は眉間に皺を寄せながら難しい顔をした。


まぁ正直酒井が夢咲陽菜に惹かれているのは、神の気配がどうこうとか、願いが集中してるからどうこうではなく、単純に酒井がロリコンだからだろうとも思うけど。


そこは言うまい。


「ではその二人に接触しますか?」


「いや。それは止めておこう。こちらが動けば例の天使様が動くかもしれないからね」


「天使……天野という男ですか」


「うん。奇跡を謳い世界を引っ掻き回す謎の存在……だけど。敵対はしたくないね。お父様もお爺様もビビってるし。まぁ多分横倉村の件があるからだろうけど」


「横倉村の件?」


「あぁ。酒井は知らないんだっけ。横倉村にさ。天野じゃない本物の天使が現れたんだよ。それを知った分家のアホ共が国を動かして捕まえようとしたんだ。で。全滅」


「全滅、ですか」


「うん。悲惨だったらしいよ? 一人たりともまともな死に方はしてないんじゃないかな。それからは天使に触れるなってご当主様より命令が下されたって訳。ホント、バカだよねぇ。自分の力も把握出来ないでさ」


「お嬢様は、怖くないのですか? その天使が」


「アハハハ!! 酒井ってば面白い事言うね! 私が? 怖がる? 理由が無いよ」


「ですが、先日対峙した鬼神よりも強大かも」


「あぁ。酒井も勘違いしてたんだ。まぁ、それだけ私の演技が天才的だったって事かな」


「え?」


「あんな雑魚。滅するのは簡単だったよ。ただ、あそこでそんな血生臭い事したら、ハジメ君に嫌われちゃうでしょ!! だから上手く隠しながら消すつもりだったの。まぁハジメ君が最高過ぎて解決しちゃったけど」


「……はぁ。時折お嬢様が酷く怖い時があります」


「そんな怖がらなくても。私はまだ人間の味方だよ」


私の笑顔に酒井は曖昧な笑みを返した。


そんなに怖がらなくても、私はまだ世界に絶望しちゃいない。だって私は彼に光を見せてもらった。


だから、ハジメ君が明日も笑って生きていく事が出来る様に、私は今日も頑張るのだ。


「という訳で、立花光佑と夢咲陽菜はとりあえず放置。接触するにはまだ早い。むしろ今差し迫った問題はこっち」


私は二人の女の子の身辺調査の結果を酒井に伝えた。


「これは」


「ハジメ君が心配してた二人の調査。結構きな臭い話になってるから、私たちで解決しちゃおうか!」


「ちなみに、これは世界の危機と関係ありますか?」


「関係ないよ。関係ないけど。ハジメ君に何かあったら私が世界を滅ぼすから。世界の危機って考えても良いんじゃないかな?」


「分かりました。人員を増やして不測の事態に対応できるようにします」


「よろしく~」


私はヒラヒラと手を振って、後の事は酒井に任せた。


私はといえば、またハジメ君の監視に戻るのだった。

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