第1話【モブは名前を覚えられない】

 僕らが突如迷い込んでしまったこのデスゲームは、僕らをバカにした内容で始まった。自分を凡人だと自覚する僕でも苛立ちを覚えるような、そんな、煽りスキルMAXのゲームから。


「では、挨拶がわりの第0ゲーム……自己紹介ゲームを始めましょう。『誰にも名前を覚えて貰えなかったら死亡』。生存率は60%ほどです」

「「「…………は?」」」

 

 高身長の金髪イケメン、ギフトはその美しく整った微笑と共に、何の躊躇も間違いも無さそうに、そう言った。彼の言葉に呼応するように、周囲の人間が動揺していくのを感じる。無論、僕もその1人。総勢1万人の参加者がたぶん、ほぼ全員……同じことを思ったと思う。


「おい! どういうことだ!」

「自己紹介で殺す気か!?」

「というか、早くスタッフ来いよ! ドッキリだろ!?」


 僕の周りの人間たちの言葉が、どこか他人事のように耳に届く。悲鳴や、怒りや、現実逃避。もう誰が何を言ってるか分からないレベルで声が聞こえて、改めて僕が、本当の意味でその他大勢であることを実感する。


「……ははは」


 まるで、デスゲーム漫画の世界みたいだ。皆が好き勝手言ってる時に、見せしめとして誰かが殺される、みたいな。ほら、あそこのガラの悪そうな男とか、かませ犬としてはピッタリじゃないか?


 僕は、自分が悪目立ちしていないその他大勢であるというのを良いことに、この現実を楽観的に解釈しては、そんなくだらない妄想を繰り広げた。


「はは、ははは……」


 理由も無く笑いが込み上げてくる。


 リアルデスゲーム? なんだそれ。なんかのテレビの企画かな? ……おもしろ。というか、有名企業がこんなことをやってるっていう状況事態が面白いわ。夢かな? ほっぺでもつねってみるかなー……。


 僕が凡人たる所以が詰まった、非常に浅い思考回路。愚かな現実逃避に事態の楽観視。そしてドッキリの発表を期待して主催者を見る、凡人らしい行動。


「…………」

 


 主催者を、見る。



 そんな何気ない行動をしてしまった僕らは、ほとんど同じタイミングで、大人しく黙り込むことしかできなくなった。


「……さて、ルール説明に進んでよろしいですか?」


 主催者の……、ギフトの瞳に、形容できない殺意が宿っていたからだ。


 その紅蓮の瞳にはおどろおどろしい暗闇が溶かされ、端正なその顔からは笑みが消えている。煌めく金髪からは危険な香りが漂っているような、そんな錯覚に支配される。きっと僕らが感じたそれは、強盗に脅されている時のそれとは違う。本当に拙い比喩で伝えようとするならそれは――……


「では、ルール説明を開始しますね」


 町を歩く一般人に踏み潰されないよう逃げ惑う、弱くて脆い……小さなアリだ。

 


 皆が、そのギフトの姿に、そして自身の置かれている状況を理解し息を呑んだ。声を発するなど、できるはずもなかった。こいつは、僕らを殺すことに一切の躊躇いが無い。話してもきっと分かり合えない、言うなれば「獣」だ。


 僕はようやく状況を理解したその絶望を燃料に、ピクピクと痙攣しそうな笑みを浮かべた。無論、笑顔なんかじゃない。もうどうしようもなくなった時に出る……言うなれば、諦観の笑み。

 


 ……ああ、これが天才か。本当の天才は、わざわざ見せしめで人を殺したり、強引に話を進めたりしない。


 わざわざ威嚇するまでもなく、僕らを支配できるんだ……。



♤♤♤


 

「俺の名前は『齋藤 龍之介』! 高校2年で、バスケ部の次期部長だ! よろしくな!!」


 

 小上がりのステージに立った1人の男が、堂々とした自己紹介を始めた。いかにも体育会系、といった雰囲気の高校生だけど、別に特筆べき特徴もない。


 ルール説明の後に、100人ごとのグループに分けられた僕らは、小体育館のような場所に移動してきた。参加者は確か1万人と言っていたはずだし、他にも99部屋ある……という解釈で良いのだろうか。


 そんなことを考えているうちに彼の自己紹介は終わり、齋藤……内藤? さんは席に戻って行った。


「……俺の特技は……で……」

「私は、幼い頃にピアノを……」


 ブツブツと、色んな人が自己紹介の練習をしてるのが目に入る。面接試験を控えた学生みたいな緊張感で、この小体育館の雰囲気は、正直最悪だ。まあ、かくいう僕も、自己紹介の練習に勤しむ1人。何を言うか、どう伝えるか。


 ふと視線を上げてみれば、そこには黄色と黒の警告色で書かれた、超・巨大な張り紙がある。


【名前を覚えて貰えなかったら即死亡!】


 ……そう、僕らの生死を分ける、ルールが書かれた呪いの紙が。


「私は大家族で……」

「「「……」」」


  

 ギフトが僕らに提示した「自己紹介ゲーム」のルールは以下の3つだ。


 1つ、持ち時間は1人30秒で、自己紹介では何をしても良いが、「お互いに名前を覚え合う」取引は禁止

 2つ、名字・名前・あだ名のどれかを「1人以上に」覚えて貰えればクリア

 3つ、相手の自己紹介に対して質問があれば、誰に対しても1回だけ質問できる



 ……正直、行けると思った。もっと言うなら、舐めていた。ルールを説明された瞬間は、本当に純粋に安心したんだ。「なんだ、簡単じゃん」って。


 誰かに名前を覚えてもらうなんて、別に難しい話じゃない。あだ名でもいいなら尚更そうだし、まあ、死ぬことは無いだろう、と。


「私は……」

「僕は〇〇で……」


 そう、自己紹介なんてヌルゲーだ。だいたい、記憶力が良い奴が1人か2人は居るはずだから。そう、思っていた。

 

 でも、今はもうその余裕は無い。


 必死に「覚えてもらう自己紹介」を考えては、これじゃない、あれじゃないと考えてしまう。何を言うべきか。あだ名か、本名か? 1発芸で注目を浴びるか? それとも……?


「俺はあの超有名な――……」


 いいや、違う、違う!!


 僕はパニックになりそうな頭をぐしゃぐしゃと掻き乱し、情けない視線を周囲に振りまいた。誰とも視線が通うことは無い。周りの人間は皆俯いて、配られたホワイトボードに何かを書き込んでいる。さしずめ、覚えやすいあだ名とか、そういう類のものだろう。


 自己紹介、自己紹介、自己紹介。

 皆、自分のことに夢中。


 ああもう終わりだ。


「い、1発芸しまーす!」

「「「…………」」」


 僕は絶望した気持ちで視線を落とした。だって、もうどうしようもないから。


 自己紹介なんて、考えるだけ無駄だ。だって、僕含めこの場所に居る100人は、誰も他人の自己紹介を聴いていないじゃないか…………。聞いてくれる人が居ない自己紹介なんて……こんなの、絶対に無理ゲーだ。


 そう考えている間にも、どんどん僕の出番が近づいてくる。配られた21番という整理券に、再び焦りが湧いてくる。


 ああ、どうしよう、どうしよう、どうしよう!!

 どうやったら僕を認知してくれるんだ!? だいたい、こんな底辺のモブである僕に興味のあるやつなんかいるのか!?


 死にたくない……死にたくない……。

 死にたくない死にたくない死にたくないッ!!!


「っぁ、……はぁっ、ああぁ…………」


 冷静に保っていたい思考が、どんどん掻き乱されて苦しくなる。泣き出したい、叫びたい。大声を出して、もう狂いたい。


 感情に溺れるってこんな気持ちか、なんて、どこか客観的に自分を見つめる。


 誰か、誰か僕を見てくれ。嫌だ、僕は、死にたくない。お金なら出すから。ああでも…………ははっ、所持金3000円だし、取引禁止だった。


「次、20番の方〜」


 ……ああ、次は僕の番だ。


 もうどうでも良くなって、僕はステージを見つめた。この人も、どうせ誰にも聞いて貰えず…………。


「……あ、あれ…………嘘、だろ…………?」


 僕が自暴自棄に視線を向けた先には、信じられない奇跡が映り込んでいた。奇跡と言うには本当に薄い、いわばチャンスのようなものを。


 僕は同時に目を見開いて、自身の勝利を確信した。




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