朝、君と

浅野じゅんぺい

朝、君と

朝の駅。

白い光がホームに落ち、街はまだ半分眠っている。


胸が少しざわつく。

理由はないのに、“今日は何かが起きる”と期待していた。


階段を小走りで上る彼女を見つけた瞬間、

胸の奥が跳ねる。


跳ねるマフラー、白い息、赤い頬──

見慣れた横顔が妙に意識される。

その瞬間、心臓の奥で何かが小さく弾ける感覚があった。


視線がぶつかる。


「おはよう」


その声が冬の空気を裂くように胸に響く。


沈黙が気まずくも、心地よくもある。

同じ光の中にいるだけで、胸が少し揺れる。

今日は何も特別じゃないのに、世界の輪郭が少しだけ鋭く感じられる。


ふと横顔が伏せられる。

まつげの影が揺れ、何かを隠しているのがわかる。


「眠れてない?」


「ううん…昨日ちょっとね」


声が震えて、胸がざわつく。


言葉だけじゃ足りず、自然とマフラーの端を直す。

驚いた顔、そして小さく笑う。

胸の奥がじんわり熱を帯び、呼吸が少し速くなる。


電車が滑り込む。


肩と肩の距離が近くて、心臓が跳ねる。

揺れた拍子、指先が触れかける。

触れてないのに、鼓動だけが触れたみたいに跳ねる。


「いる?」


ポケットから差し出すミント飴。

昨日の不安より、今を選ぼうとする気配がわかる。


「ありがとう」


彼女は目をそらす。胸がざわつく。

降り際、手を振る。


「また明日」


ただの挨拶なのに、胸が小さく揺れる。

その一言が、今日のすべての温度を決めた気がした。


人混みに消える背中を見送りながら思う。

もし視線が合っていなかったら、階段のタイミングがずれていたら、

この胸の波には気づけなかった。


まだ恋じゃない。

でも、それに似た何かが、確かに今日、小さく揺れた。


そして、このざわつきは、次に会うまで心の中に残るだろうと、ふと思う。

胸の奥に残った小さな波は、今後の時間を少しだけ特別にする。












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朝、君と 浅野じゅんぺい @junpeynovel

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