【1話完結】《エクスタシア・ケージ》~夫が極上の快楽で壊されていく姿を見て、愛する女神が自ら理性を手放し、二人で笑いながら永遠に交わり続ける、夫婦愛の果ての悦楽堕ち永劫ラブストーリー~

えびふぉねら(鬱)

悦楽牢《エクスタシア・ケージ》〜堕ちる神々〜

 彼が最初に触れたのは、柔らかい光だった。


 空は桃色、地面は絹のような草、空気は甘く温かい香りに満ちている。

 まるで、永遠の安らぎに包まれた楽園――そう錯覚させる空間。


 シードはそこに「落ちた」。


「……ここは?」


 立ち上がろうとする彼の背を、何かが優しく撫でる。

 頬を伝う風は微かに肌を舐め、空間全体が「彼の存在そのものを愛している」かのように振る舞った。


 ――心地よい。と。


 脳が、魂が震える。


「っ……これは……おかしい……」


 逃げようとする意思が生まれた瞬間、世界がシードに微笑みかけた。



 次の瞬間、身体中の神経に直接走ったのは、麻薬じみた快感の奔流。


 痛みとは違う。

 それはただ、「最高に気持ちいい」だけの電撃。


 身体が溶けそうなほどに甘く、骨の髄から沸き立つような興奮が、彼を蝕んでいく。


「ッ……苦しい……? いや、違う……これは……」


 理解が追いつくより先に、感覚が思考を裏切る。


 呼吸をするたび、皮膚を撫でられるたび、迸る快楽が全神経を焼き尽くす。


 世界は彼に快楽を与えるためだけに存在していた。


 肉体に触れる見えない手、耳元に囁く愛の言葉。

 背中を押す体温、骨の内側に響く悦びの波動……。


 そして極めつけは、魂そのものを撫でられる感覚。


 魂が「震える」のだ。

 その震えが魔力となり、また感覚を刺激する。

 快楽によって魔力が再生し、再生した魔力がまた快楽を生む――

 永遠に循環する悦楽地獄。


 逃げられない。拒めない。

 言葉を出そうとすれば、舌が勝手に喘ぎ声に変わる。

 魔術を構築しようとすれば、構成の中に悦楽の電流が混じり、崩壊する。


 神としてのプライドすら、理性という拠り所すら、気持ち良さが全部上書きしていく。


「やめろ……やめ……ッ……!」


 そう願った声すら、甘く蕩けた快感の旋律に変換されて、世界に返ってくる。


「やめて……あぁ、もっと――」


 言葉が意思を裏切る。

 世界は、彼が望むことしか許さない。

 望まないことすら、「悦び」に変換してしまう。


 やがてシードの表情は、自我が溶けた恍惚へ塗り替えられた。


 ただの快楽に溺れるだけの抜け殻。


 だが、身体は壊れない。彼は不死の存在なのだから。



 そう、だから――永遠に、最も気持ちいいまま、壊れていけ。


 それが、この悦楽牢エクスタシア・ケージという、世界そのものが「快楽を押しつける罠」の正体だった。



 誰かが扉の外から、嗤っていた。


「君みたいな“理性の塊”が、一番面白いんだよね」



   * * *



 ――拒絶した。


 シードは耐えた。

 神経を焼くような快感にも、肉体をなぞる愛撫にも、魂を震わせる悦楽の波にも。


「これは幻だ、これは誘惑だ、これは罠だ」


 そう繰り返し、自らを律し続けた。

 目を閉じ、歯を食いしばり、心の奥に「芯」を作って耐え抜いた。


 だが――


 時間という毒は、理性すら腐らせる。



 十日。百日。千日。

 この空間では、時間は曖昧だった。

 だが、快感の波だけは正確に、狂ったように続いていた。


 一瞬たりとも止まらない悦びが、一呼吸ごとに押し寄せる。


 次第に、彼の思考は削られていく。


「ああ、……これは……まだ……我慢できる……」


「違う、これは……魔力の循環を……強制的に……ッ」


「ちが……っ。やめろ、それは“反射”だ、僕の意思じゃない……!」


 必死の否定も、必ずその直後に上書きされる。叫びの後には快楽の余韻が残る。唇を噛めば、そこに触れる舌の快感が脳髄に刺さる。


 逃げ道がない。

 一瞬の快楽の前には、千の理屈が無力だ。



 数千回目の波に呑まれたあと、彼は初めて声を漏らした。


「……あ……っ……あぁ……」


 その一音に、自分でもゾッとした。

 だが、次の波が来た時には、その恐怖すら心地よくなっていた。


「怖い」という感情にすら、悦びが紐づけられる。

 そして、魔力に変換され、また新しい快楽に戻ってくる。


 そうやって、思考の回路が「全部書き換わる」。


 恐怖は興奮に。拒絶は舌を噛む快感に。

 言葉は震える喘ぎに。瞬きは快楽のスパークに……。


 最終的に、彼は「名前」を忘れた。


「……僕は……誰だ……?」


 神だったことも、死霊術師だったことも、すべて溶けた。


 残ったのは、「快楽を得る」ための構造体――それが今の「シード」だった。



 そして悦楽牢は、そんな彼に囁く。


「おかえり、悦びの神様。君が壊れたその姿が、一番美しいんだよ」



   * * *



 ラナスオルが辿り着いた空間は、異様に静かだった。


 魔の瘴気も、悪意もない。

 ただ甘く、温かく……まるで春風のように「優しすぎる」空間。


 それがまず、異常だった。


「……おかしい。ここは魔の牢のはず。どうしてこんなにも、穏やかなのだ……?」


 一歩進むごとに、足元から熱を奪われる。

 まるでこの空間そのものが「違う存在」を拒んでいるかのように。


 そして、彼女は「それ」を見つけた。



 シード。


 あの、冷徹で沈着な死霊術師の神は、今や悦びに溺れた「生きたままの彫像」になっていた。


 白い吐息を漏らし、仰向けのまま指先を震わせ、微かに喘ぐその声は――


「気持ちいい」と呟いていた。


「……どうした、何があったのだ、シード……!?」


 思わず口元を覆った。


 彼の目は、開いていた。けれど、焦点が合っていない。

 それどころか、そこに認識さえない。


「シード……? 聞こえているのか? 私だ。ラナスオルだ!」


 彼女の声は震えていた。

 けれど、返ってきたのは、快楽に蕩けた吐息だけ。


「ん……ぁ……ふ……あ……や、……やめ……うぅ……ッ」


 言葉の意味が、崩れていた。

 かつて、威厳に満ちた銀灰の守護者と呼ばれた彼は、今や悦楽の残響しか吐けなくなっていた。


「嘘だろう……まるで君じゃないみたいだ……しっかりしろ!」


 ラナスオルは駆け寄る。

 けれど、触れた瞬間、彼の身体は震え――快楽の発作が走った。


「ああっ……ぁ、っ……ん、ラ……ラナ……っ……!」


 彼は彼女の名を呼んだ。

 だが彼女の名の音に近い「声」が出ただけだった。


 だが――それが、最も彼女を傷つけた。


「返せ……彼を返せ……ッッ!」


 ラナスオルが叫ぶ。涙が頬を伝う。


 けれど空間は応じない。

 ここは「悦び」の牢だ。

 苦しみも、怒りも、悲しみすら――快楽の媒体に過ぎない。



 この牢のルールは、ただひとつ。


「すべては、悦楽に変換される」



   * * *



 彼女の怒りも、悲しみも、愛も――

 彼にとっては、快楽を深めるスパイスでしかなかった。


「う……あ……ラ……」


 笑ってるような顔だった。

 でも、そこにシードはいなかった。


 魂は生きていても、「彼」はもう、いない。


「お願いだ……もう一度……。私の声に、返事をしてくれ……」


 祈るように囁いたラナスオルの手が、壊れた神の頬に触れた。


 そして、また――悦びの波が走った。


「……っ……!」


 彼女の膝が崩れる。

 身体は震え、目からはもう涙すら出なかった。


「君をこんなに壊す世界が……私の知らない場所に存在していたなんて……」


 その場に立ち尽くした彼女は、ただ静かに、名もなき神に堕ちた「かつての彼」を見ていた。


 絶望より深く、救済より遠いものを、「女神」は初めて知った。



   * * *



 ラナスオルは、涙を流すことをやめた。


 シードを救えないなら――彼にとっての「地獄」をせめて天国に変えるしかない。


 それが、彼と共に在るための、唯一の答えだった。


「シード……。聞こえるか?」


 繋がらない声でも、彼は反応した。

 目を細め、微かに頬を上気させて。


「……ラ……な……きもち……」


 脳にこびりついた悦楽の残響が、その名をトリガーにして口から零れる。



 ラナスオルは手を取った。かつて、幾度も戦い、幾度も見つめ合ったこの手を――自分の胸元に引き寄せた。


「君が壊れるなら……私も一緒に壊れる」


 目を閉じる。魔力の制御を止める。

 神としての鎧を脱ぎ捨てる。


 悦楽牢は、それを逃さなかった。


 次の瞬間、彼女の脳内にも「波」が走る。


 甘く、暴力的な快感が心臓を撃ち抜いた。


「ぁ……っ、は……っ……」


 彼女は一瞬で理解する。これはただの魔術ではない。

 魂そのものに刷り込まれる、悦びの構造だ。


 彼女の中の理性が、震えながら悲鳴をあげる。


「だめ……私が……正気でいなければ……っ」


 だが、それもすぐに上書きされる。


 なぜなら――

 隣には、すでに悦びに溺れた彼がいる。


「ラ……ラ……ぁ……ラ……ぁ……一緒……いっしょ……に……」


 言葉にならない声。

 それでも、その「一緒に」という響きだけは、確かに伝わった。


 涙も、苦しみも、すべて快楽に変換されるこの空間で、彼の想いだけが、唯一の本物だった。


 だから――


「……うん。一緒に壊れよっか……シード」


 彼女も、笑った。


 頬が赤らみ、身体は悦楽の波に揺れ、呼吸は熱を帯びて、意識は徐々にとろけていく。


「はぁ……ふぅ……っ。ん……んん……あぁ……」


 声にならない声が、空間を満たす。

 そこにはもう、神の矜持も、使命もない。


 ただ、悦びに耽る二柱の神がいるだけだった。



 そして悦楽牢は、満足したように閉じていく。

 この空間に、「完全な調和が生まれた」からだ。


 ――「悦びの中で永遠に交わる」

 それが彼らの、最終的な「救済」だった。

 

 ――


 こうして、

 神という概念は、「悦楽」の中に溶けた。


 名前すら、性別すら、意味を持たない。

 ただ、快楽という絶対の中で、永久に脈動し続ける存在――



 神などいらぬ。理性など虚しい。


 あるのはただ、「悦び」だけ。



   * * *



 ラナスオルを満たしたのは、ほんの一滴の甘さ。


「シード……君が、こんなにも……求めてくれるなんて……」


 声が震える。

 愛しさ? 違う。これは快感そのものだった。


 シードの唇が、彼女の指先に触れる。

 それだけで、視界が白く弾けた。


「……っ、あ……あぁ……♡」


 もはや、神としての理性の城塞が崩れている。

 かつては「ラナスの女神」と称されたラナスオルが――今や、欲望に微笑み、悦びに蕩ける娼神になりつつあった。


「神よ、どうしてここまで堕ちたのか」……誰かが問うなら、答えは一つだ。


「だって、気持ちいいんだもん……♡ねぇシード、もっと……君の“好き”を、私にちょうだい……?」


 言葉の端々が蕩ける。言語ですらない、媚びた甘音に変わる。


 理性を持っていた頃のラナスオルなら、この声を聞いて即座に処刑を選んでいただろう。


 だが今はもう――

 彼女自身が、その声を発している。


 彼女の瞳は、もう光らない。

 代わりに、恍惚の熱で赤く染まった肌と、艶を帯びた目だけが、悦楽の神となった証を物語っていた。


「一緒に、もっと堕ちて……♡君が望むなら……」


 彼女の口から出るのは、もはや「愛」ですらない。

 ただ、悦びの奴隷として、求める声。


 シードが何も答えなくても、もう関係ない。

 自分自身が、シードにとっての悦びになれたのだから。



 こうして、「女神ラナスオル」は終わる。


 理性の終焉。尊厳の消失。自我の蒸発。


 そこに残るのは、

 悦びを与え、悦びを受けるだけの存在――「悦楽の依代」。


 かつて銀灰の守護者シードと対等に語り合った存在は、今や、快楽地獄の底で淫らに笑うただの「器」だ。


「好き……っ♡もっと、君を感じていたい……♡終わらなくていいよね……? このままで……ずっと……♡」



 ――救いは、もうどこにもない。

 

 

 【完】

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