第21話 お前さん思ったよりヤな奴だな
現在の僕の毎日の収入は小銀貨四、五枚だ。この収入は減らしたくない。
そう考えると、上流区画に行って一輪車の運搬回数が減る分、一台当たりの単価を上げてもらう方向になる。
今は一輪車一台につき銅貨五枚だ。
仮に一日五回運ぶところが一日一回しか運べなくなってしまうとすると少なくとも五倍の単価にしてもらわないと割に合わない。
その他にネズミ狩りの収入も減るので、あわせて思い切って十倍だ。
一輪車一台分のヘドロを浚って捨てて銅貨五十枚の報酬にしてもらおう。五千円である。
僕はたまたまジョシュの家にお世話になっているけれども普通の探索者は安くてもどこかの宿に泊まる。宿代ぐらいは稼げなければ一人前の探索者とは言えないだろう。
そう考えると倍はほしい。一日あたり銀貨一枚だ。一万円。
前世知識が僕に囁いた。
日給たったの一万円かよ。
確かに年三百日働いても年収三百万円だ。
本来であればギルドの指名依頼を受ける程の探索者が年収三百万円ということはありえない。せめて一千万円はほしい。
日給三万円としても銀貨三枚。
駆け引き上手は相手に欲しい金額の倍を吹っかけて半額に叩かせて目標は確保するという話を聞いた覚えがある。
だとしたら銀貨六枚。いっそ切りよく小金貨一枚だ。三分の一に叩かれても目標値だ。
「一輪車一台につき小金貨一枚はほしいところですね」
試しに言ってみた。
「お、欲がないな」
トニーは即答でオッケイの気配だ。解体所で解体と査定を担当しているからお金のやりとりには免疫があるようだ。日給十万円の探索者など、ざらにいるのだろう。お金はあるところにはあるものだ。
「じゃ、それでいいな?」
トニーは僕が承知すると思っている。
こういう場合に使ってみたい、使うべき言葉が僕の前世知識の中にあった。
「だが、ことわる」
トニーが呆気にとられたような顔で僕を見た。
「お陰様で生活はできる様になりましたし今の暮らしで僕は十分です」
他の探索者が命懸けでゴブリンを百匹倒して漸く得るような金額を一輪車一杯のドブ浚いなんかで僕が手に入れていいわけがないだろう。
ただのドブ浚いが探索者ギルドから指名依頼を受けるとか、命を懸けている人間よりも稼ぎが良いとか、間違いなく
登録一か月の新人が探索者ギルドに贔屓をされたら古参の人ほど面白くないはずだ。下手をすれば僕だけではなくてジョシュや弟たちまで嫌がらせを受ける可能性がある。
君子危うきに近寄らず、だ。
そもそも僕がクレームの責任を取らされるような謂れはないし。
「え、金が欲しくないのか?」
「ほしいですよ。でも地道に働いた分だけで十分です。誰かに妬まれても困る。それに上流区画に行っちゃったら草刈りの時間がなくなります。ネズミですけど弟たちも近所の子供たちも焼き肉を喜んでくれているし。急にやめて空腹に耐えられなくなったらまた悪いことに手を出すかも知れない」
僕がふざけて断ったわけではないと知ってトニーの顔色が変わった。
「まだ草刈りを続けるつもりか?」
僕はトニーの顔をジトっと見つめた。
「やっぱり報酬を増やしてまで僕を上流区画に行かせたい理由は僕に草刈りの時間をとれなくするためですか? 本当は僕のせいでのギルドへのクレームなんてありませんよね? 多分ですけれどもドブ川の管理は道の草刈りも含めてギルドの仕事だ。ギルドの中でも解体所の担当ですか? それなのに、なぜ草刈りをさせたくないのか僕にはわからない」
トニーは、ちょっと驚いたような顔をした。僕を見る目が警戒するようにすがめられた。
警戒?
あれ?
「もしかしてトニーさんがドブ川をこんなにした最初の一人ですか?」
「な、な、な、なぜそう思う?」
驚き方があからさまです。
「探索者ギルドと解体所が領都の最下流にあるのは一番汚れる施設だし解体所から出た生ゴミをランカ川まで捨てに行きやすい場所だからですよね。領都がいつできたか知りませんけれども領都ができた時にはまだ壁外には人は住んでいなかったはずです。当然、今はドブ川になっている領都から流れ出す排水路も水路沿いの道もその頃は綺麗で、領主様は一番の利用者である探索者ギルドに壁外排水路の管理を割り振ったのではないかと考えられます。ここまであってます?」
「ああ」
苦々しい顔でトニーは答えた。
「で、なぜその仕事を今のギルドがやらなくなっちゃっているかというと一番ありそうな話はランカ川まで生ゴミを捨てに行く役目の職員が排水路の途中に放り込んで捨てるようになったからでしょう。忙しかったのか面倒になったのか何か他の理由があったのかはわかりませんけれども、もしかしたら壁外に大勢の人々が住むようになってその人たちが自分たちのゴミを排水路内に捨てるようになったから、わざわざランカ川まで真面目に捨てに行く行為が馬鹿らしくなったためかも知れません。その結果、領都から流れ出る排水路はゴミで流れを阻害されたドブ川となってしまい、排水路沿いの道も誰もランカ川まで行かなくなったため草に覆われて物理的に通れなくなって今に至ると。そういう想像をしたのですが」
トニーは僕の考えを嫌そうな顔で聞いている。
「ちなみに領都からギルドに排水路を掃除しろというお叱りがないのは単純に壁外の清掃に興味がないためだと思います。ここ一ヶ月くらい僕は壁外で暮していますが領都の役人は壁外と領都は別の街だという態度です。ギルドは物理的に忙しくて手が回らないから現状を放置しているのでしょう。でももし最初にドブ川にゴミを捨てた職員がトニーさんだったとしたら納得です。今さら部下たちに排水路の清掃をしろとは言えないですよね。むしろ今じゃドブ川であることが当たり前になりすぎていて部下の人たちも自分たちにドブ川を掃除するべき役目があるなんて知らないんじゃないですか?」
トニーは、しばらく何も言わずに僕の顔を見つめていた。
それから、ふいーと長く後を引く息を吐いた。
「お前さん思ったよりヤな奴だな。何でそんなことわかっちまうんだ?」
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