第4話 初めて“兵士として”戦う

本部付“戦術観測員”――名目は立派だが、実際には監視官付きの半人前だ。

 それでも私は、戦場へ戻ることになった。


「アーデル新兵、動きはどうだ?」


 監視官となったヤーコム少尉が、横目で私を見てくる。

 彼は医療兵出身らしく、無駄に冷静だ。


「歩けます。まだ……大丈夫です」


(本当は胃が痛い。足も震えてる。

 でも、ここで弱音を吐いたら“前世”と同じだ)


 私が戦場から逃げただけで、どうなる?

 前線で死ぬのは、ルーカスたちだ。


(私は……違う。

 “命令する側の都合”だけで戦場を見ていた前世の私とは違う)


 だからこそ、逃げられない。



 戦場へ戻ると、第二防衛線の再構築が始まっていた。

 死体の運搬、負傷兵の悲鳴、焦げた土の匂い……あらゆる現実が胸に突き刺さる。


 そのとき、遠くから声がした。


「アーデル! 生きてたのか!」


 ルーカスが駆け寄ってきた。顔に土がつき、目は赤い。


「よかった……! 本当に……もう駄目かと思った」


「ルーカス……」


 私は言葉が詰まった。

 前世では、こんな兵士たちの顔を一度も見なかった。


(私は……こんな“人間”を、何万人も……)


「アーデル?」

「なんでもない。ただ……生きててよかったと、思っただけ」


 ルーカスの目が、わずかに緩んだ。


(前世の私は、戦争を数字でしか見ていなかった。

 でも今は……一人でも死なせたくないと思ってしまう)



 その日の午後、偵察任務が下される。

 第三小隊とともに、前線の森を進んだ。


 銃声が一発。

 地面に伏せろという声が飛ぶより早く、私はルーカスの肩を押し倒した。


 続く二発の射撃が、私たちの頭上をかすめた。


「アーデル!? 今の……!」


「狙撃だ。距離は……八十から百。木の陰だと思う」


 前世で戦術図を見続けただけの私が、初めて“自分の命に関わる一瞬”を体感した。


(これが……現場で戦うということか。

 これほど怖い、これほど速い……)


 だが同時に、頭が冴える感覚があった。


(狙撃手の位置、射線、風……感覚で読める。

 いや、これは前世の経験じゃない。

 今世で、初めて“戦場に立った”からこそ得たものだ)


「ヤーコム少尉、狙撃位置を指定できます」


「やってみろ。お前の“勘”とやらを見せてもらおう」


 私は深呼吸し、指を向けた。


「あの倒木の影。ここからだと見えにくい角度ですが……射線がそこを通ってます」


 少尉が無言で合図する。

 第三小隊の二名が側面から回り込み――抑圧射撃。


 短い交戦のあと、狙撃手は沈黙した。


「……当たったな。お前の判断が」


(これが……私の“現世の経験値”だ)


 震えは止まらない。

 怖い。怖いに決まっている。


 それでも、胸の奥で何かが変わるのを感じた。


(私は……前世の記憶だけじゃない。

 今、ここで戦って──自分自身が“兵士として”成長している)



 前線に戻ると、ルーカスが目を丸くした。


「すごいじゃないか、アーデル……狙撃手の位置までわかるなんて!」


「……偶然よ。感が働いただけ」


「その“感”が命を救うんだよ」


 その言葉が、心に刺さった。


(そうだ……私は、もう逃げない。

 前世の罪を悔やむだけじゃなく、

 “今の自分ができること”で仲間を守る)


 その瞬間、ひとつの誓いが生まれた。


(私は、兵士として強くなる。

 前世の亡霊ではなく、今世のアーデルとして)


 森の向こうで、また砲声が響いた。

 戦場はまだ終わらない。


 だが私は、もう震えているだけの新兵ではなかった。

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