第4話 初めて“兵士として”戦う
本部付“戦術観測員”――名目は立派だが、実際には監視官付きの半人前だ。
それでも私は、戦場へ戻ることになった。
「アーデル新兵、動きはどうだ?」
監視官となったヤーコム少尉が、横目で私を見てくる。
彼は医療兵出身らしく、無駄に冷静だ。
「歩けます。まだ……大丈夫です」
(本当は胃が痛い。足も震えてる。
でも、ここで弱音を吐いたら“前世”と同じだ)
私が戦場から逃げただけで、どうなる?
前線で死ぬのは、ルーカスたちだ。
(私は……違う。
“命令する側の都合”だけで戦場を見ていた前世の私とは違う)
だからこそ、逃げられない。
◆
戦場へ戻ると、第二防衛線の再構築が始まっていた。
死体の運搬、負傷兵の悲鳴、焦げた土の匂い……あらゆる現実が胸に突き刺さる。
そのとき、遠くから声がした。
「アーデル! 生きてたのか!」
ルーカスが駆け寄ってきた。顔に土がつき、目は赤い。
「よかった……! 本当に……もう駄目かと思った」
「ルーカス……」
私は言葉が詰まった。
前世では、こんな兵士たちの顔を一度も見なかった。
(私は……こんな“人間”を、何万人も……)
「アーデル?」
「なんでもない。ただ……生きててよかったと、思っただけ」
ルーカスの目が、わずかに緩んだ。
(前世の私は、戦争を数字でしか見ていなかった。
でも今は……一人でも死なせたくないと思ってしまう)
◆
その日の午後、偵察任務が下される。
第三小隊とともに、前線の森を進んだ。
銃声が一発。
地面に伏せろという声が飛ぶより早く、私はルーカスの肩を押し倒した。
続く二発の射撃が、私たちの頭上をかすめた。
「アーデル!? 今の……!」
「狙撃だ。距離は……八十から百。木の陰だと思う」
前世で戦術図を見続けただけの私が、初めて“自分の命に関わる一瞬”を体感した。
(これが……現場で戦うということか。
これほど怖い、これほど速い……)
だが同時に、頭が冴える感覚があった。
(狙撃手の位置、射線、風……感覚で読める。
いや、これは前世の経験じゃない。
今世で、初めて“戦場に立った”からこそ得たものだ)
「ヤーコム少尉、狙撃位置を指定できます」
「やってみろ。お前の“勘”とやらを見せてもらおう」
私は深呼吸し、指を向けた。
「あの倒木の影。ここからだと見えにくい角度ですが……射線がそこを通ってます」
少尉が無言で合図する。
第三小隊の二名が側面から回り込み――抑圧射撃。
短い交戦のあと、狙撃手は沈黙した。
「……当たったな。お前の判断が」
(これが……私の“現世の経験値”だ)
震えは止まらない。
怖い。怖いに決まっている。
それでも、胸の奥で何かが変わるのを感じた。
(私は……前世の記憶だけじゃない。
今、ここで戦って──自分自身が“兵士として”成長している)
◆
前線に戻ると、ルーカスが目を丸くした。
「すごいじゃないか、アーデル……狙撃手の位置までわかるなんて!」
「……偶然よ。感が働いただけ」
「その“感”が命を救うんだよ」
その言葉が、心に刺さった。
(そうだ……私は、もう逃げない。
前世の罪を悔やむだけじゃなく、
“今の自分ができること”で仲間を守る)
その瞬間、ひとつの誓いが生まれた。
(私は、兵士として強くなる。
前世の亡霊ではなく、今世のアーデルとして)
森の向こうで、また砲声が響いた。
戦場はまだ終わらない。
だが私は、もう震えているだけの新兵ではなかった。
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