転生したら新兵だったので、前世の失敗を避けたい

@tomokage_satoru

第1話 新兵アーデル、前線へ送られる

――砲撃の音で、私は目を覚ました。


 天幕の天井は薄く、朝の冷気が皮膚に染みる。

 目をこすって手を見ると、そこにあるのは細く白い少女の手だった。


(……まただ。夢じゃない。私は本当に、転生したんだ)


 前世──“黒鉄帝国”を率いた独裁者、アドラ・カイザー。

 世界を戦火に沈め、最後は敗北して処刑された男。


 その記憶が、まだ頭の片隅にこびりついている。


 だが、今の私はアーデル・ラインハート。十七歳の新兵だ。

 ただの、どこにでもいる少女兵。前世のような力は何も持っていない。


(もう、同じ失敗は繰り返さない。

 戦争に溺れず、野心も持たず、静かに生きるんだ。

 後方勤務を目指して……誰にも迷惑をかけずに)


「アーデル新兵、点呼だ! さっさと支度しろ!」


 隊長の怒鳴り声に、慌てて荷物をまとめる。

 テントを出ると、若い兵士たちが列を作っていた。


 その中で、同じ班のルーカスが手を振る。


「おはよう、アーデル。今日、前線行きの命令が出るらしいぞ」


「……本気で言ってるのか?」


「新兵中隊の半分が補充に回されるって。俺たちも当番だろ」


 胸がざわつく。

 私は、戦争を操っていた側の人間だった。

 だが、現場の恐怖など一度も知らなかった。


(後方勤務を目指すどころじゃない……)


 午前の訓練が終わるころ、命令が来た。


 私とルーカスを含む二十名は、即日、前線の第四防衛線へ輸送されるという。


 荷物をまとめ、トラックに押し込まれる。

 狭い荷台で、兵士たちの顔は引きつっていた。


「……アーデル、正直、怖いよな」


「当たり前だ。怖くて当然だ」


 私は素直に答えた。

 前世の傲慢な私なら、こんな言葉は吐けなかった。


 だが、今は違う。

 人間として。新兵として。

 目の前の“死”に震えるしかない。


 トラックが揺れる。砲声が次第に近くなる。


(この音……覚えている。

 前線が崩れているときの砲撃の密度だ)


 ただの新兵では理解できない“戦場の兆候”が、記憶の奥で警鐘を鳴らす。


「アーデル? 何か聞こえるのか?」


「……嫌な予感がする」


 言った直後、トラックが急停止した。

 怒号。遠くで銃声。


 隊長が荷台を開け、叫ぶ。


「全員降車! 敵が突破している! 散開しろッ!」


(最悪だ。補充前に前線が崩れている)


 混乱する隊列の中、私はルーカスの襟首を掴んだ。


「頭を下げろ! 走れ、塹壕まで!」


「ア、アーデル!? なんでそんな冷静……!」


「冷静なんかじゃない。知ってるだけだ。

 こういうとき、どう動けば死なないか……前に経験した」


 走りながら呟くと、ルーカスは青ざめた。


「前に? そんな経験、俺たち新兵は──」


(言えるわけがない。

 “前世で、何万人も戦場に送り出した側だった”なんて)


 塹壕に飛び込み、私は状況を確認した。

 敵の砲兵がこちらの位置を完全に捉えている。

 歩兵の突破も早い。

 味方の火線は乱れ、指揮が取れていない。


(……ダメだ。ここ、もう長く持たない)


 私が分析した結論は、残酷なほど現実的だった。


「アーデル! どうすればいい!?」


「後退路を確保するしかない。ここで死ぬ気はないだろ!」


 怒鳴ると、ルーカスは必死にうなずいた。


(後方勤務どころじゃない。

 まず、生き延びる。それが第一だ)


 だが、そのとき──背後から声がした。


「アーデル新兵、さっきの判断……どうやった?」


 隊長が険しい顔でこちらを見ていた。


「新兵の勘じゃない。お前……何者だ?」


 問いが、私の心臓を強く刺した。


(……最悪だ。怪しまれた。

 前世の記憶なんて、説明できるわけがないのに)


 そして、最悪の追い打ちが届く。


「隊長! 司令部から通達!

 “アーデル・ラインハート新兵を、戦術補佐として後方指揮所に送れ”って!」


「戦術補佐……新兵を? 何を考えてるんだ司令部は」


(……いやだ。後方は望んでいたが、こんな形で目立ちたくない!)


 だが命令は絶対だ。

 私は嫌でも、戦場の中心へと引きずり込まれていく。


 ──前世を捨てたはずの私が、また戦争に利用されようとしていた。

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