平穏で暖かな家庭・・・・・・である、はずだった。
一人の弁護士であり、夫であり、父である人物の失踪から、物語に黒い影が差します。
ページを追うごとに、絡みつくように深まっていく、破滅の匂い。
夥しい負の連鎖を抱えながら、現実を生きる彼ら、彼女たちは、
結末へと進んでいきます。
本書に通底するのは、著者様が「ずっと考えているテーマ」であるとのこと。
卓越した心理描写、構成、洞察力。
すべてを駆使したうえで描かれた暴力のドグマと、
圧倒的なその力の前になお立つ(立つしかないともいえますが)人々の姿に、
人間というとても長い間悲しい学習をする生き物の業と、可能性を感じました。
ストーリーの深みや内容の重さに比して、文章は無駄がなく、
けれど滑らかに進んでいきます。
読みやすく、重い。それでも、いいお話を読ませていただいた、充足の気持ちです。
人を描くことの難しさと未来を、一書き手として学ばせていただいたこともまた、
付言したく思います。
ある日突然、夫が失踪した。
そんな風に始まった物語。
まず思うのは、落ち着いていて、激しく動揺しない主人公への違和感。
夫を探そうとするし、心配もしているけれど、感情を強く波立たせない彼女がどこか歪に見えて気になります。
彼女はなぜ、こんなに静かなのだろうか?
勉強が出来て、母を気遣う優しい息子。
高圧的で言動に容赦のない義父。
息子の失踪よりも、夫の言動を気にする義母。
知らなかった夫の浮気と仕事上のトラブル。
淡々と語られる物語は、静かでいてどこか固く張り詰めていて、登場人物の心の機微をつぶさに描写しています。
夫を探す内見えてくる隠されていた真実は、読者の心にどう映るでしょうか。
私は、誰もが落ちるかもしれない闇と、愛情と再生を描いた物語だと思います。
お薦め致します。
この作者様が、人間の心のダークサイドにスポットライトを当てるような作品を描かれるときにはいつも、
卓越した描写力と、心の機微を掬い取るような筆致に圧倒されます。
この物語も読んでいただければ、冒頭から圧倒されると思います。
鎌倉の春の朝の風景が繊細に紡がれ、緑の匂いまで立ち上るようです。
それなのに。
その美しさの裏側にじわりと忍び寄る不穏、夫の不在がもたらす確実な違和、主人公の心のざわめき
物語をさらに鮮やかに彩る「ザ・鎌倉夫人」な義母像、典型的なアッパークラスの子供(のように見える。これからどう変わっていくかわからないから)落ち着いた雰囲気の息子像。
これらのサブキャラクターが鮮やかだからこそ、物語の不穏さが、さらに濃く色づきます。
自然描写と心情が呼応する形で見事に表現されているので、気がつけば物語の中に没入してしまう自分に気がつきます。
きっと皆様も私と同じような感想を持つのではないかと、私は思います。
美しく、穏やかで、静かなのに確実に不穏、優しさの中に影が差す、そんな極上のヒューマンドラマの予感がします。
ぜひ、多くの方にこの物語世界に触れてほしいと強く思います。