その部屋に棲舞うモノ

稲葉 すず

その部屋に棲舞うモノ

第1話 不動産屋の斎藤

 不動産屋に勤める斎藤にとって、それは本当に苦肉の策だった。苦渋の決断でもあった。新宿駅から徒歩で十五分圏内のマンションは、ひと月当たりの賃料が最低でも二十万はする。いや、ワンルームとかだと十万くらいでご案内も出来るが、斎藤が今問題にしている部屋は二十万よりは三十万に近い部屋だった。それでも、人は契約を希望した。


 それがまあ何と言うか、その部屋だけ人が居つかないのだ。


 その部屋で自殺があったわけではない。孤独死をした人物もいない。何なら人が死んだことはない。近隣で自殺があった……ことはあるけれど、上下の階だとか道路を挟んだ向かいというわけではない。というかその条件ならほかの部屋だって同じである。


 ただ、その部屋だけがヒトが居つかないのである。


 204号室。一年契約が持ってくれればいい方で、直近は四か月の滞在だった。確か長期出張が入ったとかで引き払っていった。年単位の長期出張なら、まあ仕方ないとは思う。その前は五か月。結婚するとの事だった。単身向けじゃないんだから、ここで一緒に住めばいいのに。その前の三か月で出ていった人は、確か郷里の親御さんの都合で田舎に帰るとかだったし、その前の二か月の人は何だったか。


 全員が全員、この部屋に何かあるから、と出ていったわけではない。確かちゃんと理由があった。職場の異動率が高かった気はする。最初の頃はちゃんとメモをしていたけれど、こうも続くと嫌になってしまっていた。


 同じマンションに住んでいる大家さんは、なんとも微妙な顔をしている。気持ちはよくわかるし、二人揃って、何なら同じフロアの住人と一緒に微妙な顔をしている。


 さて、困った。本当に困った。

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