第8話 出会い
「そうだ」ゆっくりと布団から顔を出す。
ビデオカメラに目を向ける。赤いランプが点いていた。
ビデオカメラを手に持ち、再生ボタンを押す。
小さな画面の中で曽根が胡坐をかいていた。
手にはスマホを持ち、じっと何かを見ているようだ。
すると、不意に後ろを振り向いた。
真顔で押し入れの方を見ている。
立ち上がろうというのか、いちど四つ這いになった――その瞬間、僕は目を疑った。
曽根は「ドサッ」という音とともに、仰向けに倒れ、もんどり返るように背中をのけ反らせた。
少しの間、その状態のまま苦しみ続け、今度は腹ばいにひっくり返る。
首を苦しそうに反らし、助けを求めるように手を伸ばす。
そして、いきなりぐったりと伸びてしまった。
時間が止まったかのように映像が動かなくなった。
だが、カウンターは時を刻み続けている。
しばらくすると、曽根はふいに立ちあがり、俯きながら部屋から出て行った。
玄関を置かれていたビデオカメラの映像も確認した。
そこには、歩いて通り過ぎる曽根の姿が、映っていた。
いよいよ混乱し、僕は再び布団に潜った。
すると、眠りが不意にやって来た。
僕は水に潜り込むように、すっと夢の中に入り込んだ。
「保……」母の声がする。
僕は跳ね起き、押し入れの方を見た。
母が座っていた。
「お、お母ちゃん……」いきなり涙が溢れてきた。
「久しぶりね」母は微笑んだ。
「なんで。――夢。これ、夢だよね」
「どうかしら」
母は微笑んだまま、小首を傾げた。
「どっちでもいいじゃない。こうして話が出来るんだから」
僕は黙って頷いた。
「仕事はどう?」
「うん、まあ……」
「また、いじめられているの?」
「うん、まあ……」
「そればっかりね―」
母はそう言って微笑む。
そして、僕の肩越しに声を掛けた。
「――こんな子なのよ。心配であの世にも行けないわ」
母の視線を追うが、誰もいない。
「誰と話してるの?」
「あんたには見えないのね。かわいいのに……」
また微笑んだ。
もう一度後ろを見たが、やはり何も見えなかった。
「小夜子ちゃんって言うそうよ。この部屋にずっと住んでいたんだって」
再び母を見た。
「あなたのこと、初めは殺そうと思ってたらしいんだけど、なんだかかわいそうに思えて、止めたんだって」
僕は急いで振り返った。――やはり、誰もいない。
「かわいそうっていうのも、たまにはいいことあるのね」
「なんだよ、それ……」不満を言うと、突然、何かが頭をはたいた。
「ほら、そんなこと言うから、小夜ちゃん、怒っちゃったじゃない。――殺
されちゃうよ」
そう言って母は、ウフフと笑った。
「いつからいたの?」
「この間から」
「もっと早く出てくればいいのに」
「小夜ちゃん、初めのうちは近寄らせてくれなかったのよ」
どういうことなのか、想像がつかない。
「こうしてあんたと話が出来るのは、小夜ちゃんのお陰なの」
母は僕の背中に、「ありがとう」と小さく言った。
「あんたに霊感でもあれば良かったんだけどね。そんなのないでしょ。もっとも、そんな力があったら、小夜ちゃんに殺されていたかもしれないけね」
僕は背筋を凍らせながら訊ねた。
「小夜子さんがいないと、どうして出てこれないの?」
「そういうことができるみたいなのよ。霊力ってやつかしら?――あら、いけない。迎えが来ているみたい。そろそろ行かなくっちゃ」
「え、え」慌てていると、母はスッと立ち上がって僕を見下ろした。
「頑張るのよ。頑張って生き続けて。幸せになるの。
大丈夫、あなただったらできる。
でもね。優しさは忘れないで。あなたの武器だからね」
母はそう言ってにっこりと笑った。
僕はなぜか動けず、ただ、涙だけが目からこぼれ落ちていった。
母は僕の後ろに目を移した。
「小夜ちゃん。悪いけど、この子ことをお願いします。本当に優しい子なの」
そう言って、後ろを見つめる。
「――そう、ありがとう」
母はそう言って頷き、そのままドアの向こうに消えていった。
突然、僕の背中がずしりと重くなり、僕の意識は暗闇に消えた。
朝目覚めると、いつもと変わらぬ日差しがカーテンの隙間からこぼれていた。
僕は腕を上げて背を伸ばし、あくびを一つかいた。
何故か身体が重い。
一瞬、何かが耳の奥で囁いた。
耳を澄ませてみる。
「……よろしくね」
女性の笑い声が奥の方で木霊した。
――夢じゃない……。
僕は背筋を凍らせた。
こうして、僕と小夜子の生活が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます